第4話 嘘
見知った少女が処刑されそうになっている――そんな重苦しい空気を破るように輪の中から一人の老婆が飛び出して叫んだ。
「そんなはずありません騎士様!私がアリアを孤児院に預かって以来、アリアが魔法を使う姿など一度も見たことがございません」
老婆は懸命に騎士に語り掛ける。騎士がもつ正義の心へ。
「毎日精霊様に祈りを捧げ、幼い子供たちの面倒を見ているアリアが魔女など、天地がひっくり返ってもあり得ることではございません。どうかお考えを改めてください!」
孤児院の院長を務めている老婆は目に涙を浮かべ絶叫するように騎士の説得を試みた。
そんな老婆の姿に心を打たれたのかアリアの目にも涙が溜まった。
しかし、アリアの前に立つ騎士は不遜な態度を崩さず絶望の一言を発した。
「この小娘を生かしておくわけにはおけん。決定に変わりはない。それとも何か?この娘が魔法使いでない証拠でもあるのか?」
騎士は口元をニヤけさせながら、この状況を楽しんでいるかのような口調で老婆に言った。その態度に老婆だけでなく、村人の心にも怒りの炎が灯った。
「そもそも貴方はアリアが南方の森で魔物を生み出していたと言っておりましたが、そんなはずはございません」
老婆は断言する。
「あの森は昔から魔物が出ることで有名な森でございまして、この村に住む者が立ち寄ることなどあるはずがありません。アリア、一度でもあの森に立ち入ったことはありますか?」
「ありません。先生の言いつけを破ったことなどないです」
老婆はアリアに優しい口調で語りかけた。アリアも自身が魔女でないことを証明しようと震える声でなんとか言葉を絞り出す。
しかし、そんな二人の言葉など耳に入っていないのか騎士は冷たくあしらった。
「その娘は魔女なのだがら魔物が出ようが関係なかろう」
「そんな馬鹿な……」
騎士の取り付く島もない様子に老婆は絶句した。
「おい、あんた達いい加減にしろよ!」
騎士を取り囲む輪の中から大きな声をあげるものがいた。声をあげた中年のガッシリとした体型の男に視線が集中した。
「俺らはアリアが母親の腹の中に居た頃から知っている。そして断言できる。アリアは魔女ではないと。俺はアリアが魔法を使うとこなんざ見たこともねえ。みんなもそうだよなあ?」
勇敢な男の言葉に村人たちも首をたてに振る。
「そうだ、そうだー」
「アリアちゃんが魔女なんて絶対にあり得ないわ」
騎士の横柄な態度に腹を立てていた血気盛んな者たちが口々に声をあげ始めた。静寂に包まれていた広場が一転、喧噪に包まれた異様な雰囲気に変わった。
そんな村人の態度に顔を引くつらせながらも、騎士は大きな声を張り上げた。
「昔からの隣人を疑いたくない気持ちは俺も充分に分かる。ただな、こちらにはその小娘が魔法を使った所を見たという証人がいるのだ」
騎士の不穏な一言に場が凍り付いた。
「出てこいルドマン!」
「な……⁉ルドマンだと?」
騎士が呼んだ人物の名前を聞くや否や村人たちに動揺が広がった。そんな中騎士に呼ばれて輪の中から出てきたのは禿げ上がった頭に潰れたような形をしている鼻の男だった。極度の猫背のためか身長が低く、ネズミのような男だった。
彼は村長の一人息子であり、極度に甘やかされて育ったため村人の中では悪い意味で有名な男だった。
手を揉んで騎士に媚びるように出てきたルドマンを見て村人たちは一世に嫌な予感がした。騎士は血気盛んな村人たちを馬鹿にするように言った。
「お前が見たことをこの馬鹿共に聞かせてやれ」
「はい。俺は昨晩寝付けずに仕方なく村の中を散歩していました。そしたら、人の足音が聞こえたんです。こんな遅くに誰が?そう疑問に思ってそーっと足音の方へ歩いていくとなんとそこに居たのはアリアだったのです!」
やけに甲高い声でルドマンは村人へと語り掛ける。
「しかも、行くのが禁じられた南方の森へ向かうじゃありませんか!俺はアリアが何か良からぬことを企んでいるのではないかと思い後をつけました。するとアリアは森の奥深くに入っていったのです。俺は引き返すことも考えながらも、村のみんなのために勇気を出してアリアを追って森へ入りました」
村のためを思い、自分の身を顧みず行動した勇敢さを強調したいのだろう。ルドマンは胸を張って言葉を続ける。
「そして、俺の最悪の予感は的中してしまったのです。森に入ってしばらくした後アリアは何やら怪しい呪文を唱え出しました。木の陰から見ていると、何もいなかったはずのアリアの周りにはなんと一匹の小鬼がいたのです!俺は慌てて村に帰り、このことを騎士様に伝えました」
ルドマンはどこか芝居じみた口調で自分が昨夜見たことを語った。そして偉そうな騎士は満足げに頷き、固まっている老婆に話しかけた。
「これでもまだ、この小娘を庇うのかね?これ以上我らの神聖な任務を邪魔するというのなら貴女にも罰を下さなければならない」
老婆もアリアもあまりの衝撃に声を発することができなかった。村人たちもルドマンの言葉を丸ごと信頼したわけではないが、これ以上騎士の言葉を否定する根拠も持ち得ずに下を向いた。
今一度広まった重苦しい静寂は再度何者かによって破られた。口を開いたのは食堂を営む若い村人だった。
「あのー、ルドマンさんの主張は嘘ですよね?」
遠慮がちに、しかし確信を持って女性はルドマンを見た。
「は?何を根拠に……」
「だって昨晩、ルドマンさんは私のお店で酔い潰れていたではありませんか。あんな状態で村の外に、それも南方の森に行くなんて不可能ですよね?」
うつむいていた村人たちの目が一斉にルドマンに注がれた。
「そ、それは……」
ルドマンは口をもごもごとさせるばかりで言葉を紡ぐことができない。ルドマンは助けを求めるように騎士に視線を向けた。
「ルドマンの話が嘘な訳はない!酔っているにしてはルドマンの証言は驚くほど筋が通っている。それに、仮に酔っていたとしても夜遅くには酔いが醒めていても不思議ではない」
騎士の言葉は苦しい言い訳のように聞こえるが堂々とした態度は崩さなかった。しかし、そんな騎士の態度は女性が言った一言で崩れ去る。
「貴方、昨日アリアちゃんに言い寄ってましたよね?私見ましたよ。貴方がアリアちゃんに自分の部屋に来るように言って、断られていたのを」
その言葉に村人たちの視線はルドマンから騎士へと移った。
「おい、本当なのかよ!」
「騎士が腹いせに無実の民を処刑しようとしていたのか⁉」
村人たちの騎士に対する敬意などは既に失われていた。厳しい口調で騎士に問いかける。
騎士の顔からは先ほどまでの笑みは消え、庶民に自身が非難されているという現状に怒りを覚えただろう。顔の血管が浮き彫りになった。
騎士は憤怒し、自分に対する非難の声をかき消すほどの大声で叫んだ。
「ただの平民ごときが我ら王国騎士団に逆らうというのかあー!」
もはや騎士は己の醜さを隠すのをやめた。
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