第5話 王国騎士

 傲慢な騎士は王国騎士団という部分をやけに強調して叫んだ。勿論これには理由がある。騎士団というのは大まかに二つに分かれるからだ。


 王国騎士団か地方騎士団かだ。王国騎士団は国に仕える騎士団であり、地方騎士団は州を治める貴族に仕える騎士団だ。


 地方騎士団は各州の警備や州に現われた魔物の討伐などを任務する。地方騎士団に入る際には厳しい入団が課され、それを突破した者が騎士になることができる。そのため地方騎士団員は子供たちの憧れや民の尊敬の対象となる。


 そんな地方騎士団と王国騎士団の最も大きな違いは王国騎士団になるための審査は存在しないという点だろう。王国騎士団には第一騎士団と第二騎士団にがある。


 審査はどちらの騎士団に入るか、それを確かめるだけにすぎない。なぜなら王国騎士団に入れるかどうかは生まれた時に既に決まっているのだから。


 王国騎士団に入るための条件は貴族家の生まれであること、その一点のみだ。貴族とはオルタシア一世の仲間達の子孫であり、精霊と契約を交わした精霊術師たちのことだ。


 つまり、精霊術を使える者たちは問答無用で王国騎士団員になることができる。一見不公平に見えるこの仕組みだが、文句を言う者などいない。


 なぜなら、精霊術はそれだけ強力だからだ。


 どれだけ鍛えた肉体を持っていようとも、優れた剣術を習得していたとしても精霊術の前では無力だ。呪文を唱え、杖を振るだけで空間から火球を出せる。


 そんな能力を有した者たちなど一般人では到底太刀打ちできない。そのため、精霊術師の多くは自らを鍛えることはしない。貴族に生まれたという幸運だけで、生まれた瞬間から圧倒的な力を得た彼らのほとんどが努力をしない。


 実際、アリアの前に立つ男はとても騎士とは思えないぐらい腹が出ていた。まだそれほど暑い気候ではないにも関わらず、肉ずいた顔は汗でテカテカと光っている。


 とても騎士を名乗れるような体型をしていないのだが、そんな男でも精霊術を扱えさえすれば、騎士になることを許される。


 例外として非常に高い戦闘能力を有している者も王国騎士団に推薦され、入団するケースもあるがそんなものは極一部の例外中の例外と言っていい。


 精霊術師だけで構成される王国騎士団はこの国の最高戦力だと言っても過言ではない。そんな王国騎士団も第一騎士団と第二騎士団に分けられる。 


 第一騎士団は国王に直接仕える騎士団であり、王国騎士団に入団した者の中でもさらに選抜された、選りすぐりの精鋭たちだけが入ることを許される騎士団である。


 それ以外の者たちは全員第二騎士団に配属され、そこから様々な部隊に編成されていく。

 豚男が第一騎士団か第二騎士団かどうかは分からないが、王国騎士団に配属されている。つまり、この豚男は自分が貴族であることを主張しているのだ。


「我がグートン家にかかれば、こんなしょぼくれた村を地図から消し去ることなどたやすいことよ!貴様らは一生住む家も見つからず、飢えに苦しむような生活を送りたいのか⁉」


 騎士は顔を真っ赤にして自分を非難する村人たちを脅した。


「なに⁉あいつグートン家出身なのか……」


 騎士の言葉を聞いて途端、ジンの横に立っていた男が呻くように言った。どうやら豚男の家はそこそこ有名らしい。ジンは心当たりがなかったため一人空に嘆いた男に聞いた。


「グートン家ってのはそんなに有名な家なのか?」


「ああ、悪い意味で有名な貴族だ……王国の南に領地を持っている侯爵家なんだが、重い税で民は飢えているにも関わらず自分たちは湯水のように金を使っていて評判は最悪だ。王国一酷い貴族なんて言われたりもしている」


「王国一酷い貴族ね……噂は本当のようだぞ」


 ジンは軽蔑した眼差しで喚いている豚を見た。怒りで本性を隠せなくなったローガーは村人の目など気にすることなく腰の刀を抜いた。


 ジンはそれを見て輪を抜けようと一歩前に出た。しかし、ジンがそれ以上前に進むよりも先に鋭い声が村に響いた。


「いい加減にしたらどうだ、ローガー!」


 そう言って前に出てきたのはローガーの後ろで様子を見ていた騎士の一人だった。


「副長としてお前の横暴をこれ以上見過ごすわけにはいかん」


 副長と名乗った騎士は驚くことに女だった。貴族に生まれてさえいれば騎士にはなるために性別が問題になることはないが、騎士の道に進む女性の数はあまり多くはない。


 背はジンよりも高いだろう。間違いなく、ローガーよりも頭一つ分たかい。


 第二騎士団に入るのは精霊術頼りの貴族のボンボンが多いので体格もひょろひょろな奴が多いのだが、鎧に身を包んでいながらも、何にも覆われていない腕は鍛えられた筋肉によってガッシリとしていた。


 女騎士は褐色の肌に白い髪を後ろに流している。がっしりとした体格に比べて驚くほど顔が小さい。左右対称になっているキリッとした目の真ん中にスッと鼻が位置している。まごうことなき美人だった。


 スッと伸びた背筋に臆することない口調が威圧感を感じさせる。


「おぉ……」


 その神々しい見た目に村人たちから感嘆の声が漏れ出た。ジンの口からも驚きの声が出たのだが、それは女騎士の見た目に見惚れたからではない。


 女騎士は腰に一振りの刀を携えているが、杖を背負っていなかった。杖はどれだけ短くても半身ほどの長さにはなるため騎士の背には杖がある場合がほとんどだ。


 杖のない騎士、つまりこの騎士は精霊術を使えない平民の身で騎士になったということだ。それも部隊の副隊長に選ばれるとは……。


 例外中の例外、戦闘の天才でなければ王国騎士団に平民はなれない――この話が本当なら女騎士は天賦の才を持った戦闘の達人だ。


「ふんっ、平民出身の汚らしいゴミが俺に意見するのか?」


「生まれの家は関係ない。私が平民出身であっても、この部隊ではお前より私の方が階級は上なんだ。大人しく引き下がりなさい」


 ちっ、副隊長の至極当然な主張を聞いてローガーは眉をしかめた。


 (え、コイツただの平騎士なのかよ⁉それなのになんでそんなに偉そうなんだ?)

 

衝撃の事実。ジンは思わず声をあげてつっこむところだった。


 ジンはローガーのあまりに尊大な態度にてっきり彼が部隊の隊長だと決めつけていたのだ。いや、この広場にいる村人は全員ジンと同じようにローガーを隊長だと思っていただろう。


 ローガーの態度には驚かされたがこれでこの場は収まるはず、ジンがそう思って安心したのもつかの間、ローガーが口を開いた。


「隊長!このゴミはそう言ってますが、本当にこの小娘を処刑せずとも良いのですか?」


「な……⁉」


 なんとローガーは女騎士を華麗に無視。隊長に向かって話はじめた。


 あまりにもセコい様子にジンや村人も呆れた表情を浮かべるしかない。


「その小娘が魔女であると証言している者もいるのです。仮にこの娘が魔女だとしたら、この村は、いや王国に甚大な被害が生じます疑いが少しでもあるなら処刑すべきです。その決断が村を、ひいては王国の未来を守ることに繋がるのです」


 ついさっき、俺にたてついたらこの村を滅ぼす、と言い放ったのと同じ口だとは思えないような言葉が口から出てきた。


 まるで、自分は王国を守るために言っているかのように話す姿にジンはムカついた。


「……しかし、そちらの女性が言うにはその証言者の言葉に信憑性があるとは思えんのだが……」


「その女が嘘を言っている可能性があります。いや、女だけではない。ここの村人たちはその小娘に騙されている可能性もあります。いや、きっとそうなのでしょう。魔法を使って村人たちを味方につけているに違いない」


 根拠のない暴論だった。ローガーの言い分に耐えかねて女騎士が口を開く。


「他人を操り自分に味方させる魔法が存在するなど聞いたことがない。お前の言い分など戯れ言にしか思えん」


「黙れ平民!俺はお前と会話しているのではない!」


 女騎士が口を挟んだがローガーは聞く耳を持たない。


「隊長……まさかグートン家の者ではなく平民の言うことを信じるのですか?」


 そして、怒りそのままに隊長に詰め寄った。グートン家という名前を出された瞬間、隊長の顔がこわばった。


 その時、ジンはただの平騎士であるローガがあそこまで大きな態度をとれる理由を知った。隊長は苦渋の表情を浮かべながら重く口を開いた。


「……分かった。王国騎士として我らは例え可能性がごく僅かであっても魔法使いである恐れがある者をそのままにしておく訳にはいかん……」


 その言葉を聞いたローガーと女騎士の表情は対照的だった。ローガーは歓喜の表情を、女騎士は絶望を顔に浮かべた。


「隊長の決断なら従わないわけにはいかんな。階級が上の者の決定に逆らうなど言語道断だ」


 女騎士を挑発すると同時にアリアの方を向いた。


「というわけだ。悪く思うなよ小娘」


「あ、あ、あぁ……」


 アリアは腰が抜けたのかその場に倒れ込み、震えた。声にならない声がアリアの恐怖を物語っていた。


 ローガーはそんなアリアを見て、底意地の悪い笑みを浮かべつつ腰の剣を振りかぶった。

 女騎士はそれに気づくと、剣を止めようと腰の刀に手をやった。しかし、もう既にローガーの剣はアリアの首めがけて振り下ろされていた。


 このままでは間に合わない。しかし、女騎士にできることは何もなかった。


「や、やめろー!」


 もうダメだ、広場の誰もがそう思った。アリアは祈るように目を瞑って自分の存在を消し去ろうとする剣と痛みに備えた。


 しかし、アリアの首に剣がかかることはなかった。代わりに広場にはカッキーン、と金属と金属が激しくぶつかったような音がこだました。


「やれやれ、王国の守護者たる騎士がこんな馬鹿どもの集まりだとは……豚が騎士を名乗らなきゃいけないほど人材不足なのかねえ」

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