第3話 魔女狩り

 村人が消えた街を一人の男が漂う。青年がゆっくりと歩く道の横には一定の間隔で妖精の形を模した銅像が建てられている。


 整備されていない道とは対照的に銅像はまるで新品のような状態で置かれていた。


 オルタシア一世が精霊と契約を交わした後、建国されたここオルヘイム王国では精霊を崇める精霊教が国教として定められており、国の中心に位置する王都であっても国の西端に位置する田舎であっても変わらぬ影響力を持っている。


 この高そうな銅像も精霊教の連中が信者に造らせているのだろうか。そんなものを造る暇があるのなら、道を整備すればいいのにとここを通るたび毎回青年は思う。


 いくつもの銅像を横目に見ながら歩いていると、ふと、前方からざわざわとした音が聞こえた。


 一度立ち止まり、耳を澄ます。間違いない、人の声だった。音は村の中心にある広場から聞こえている。


 村人が消えたわけではないことが分かり、青年はほっと安心して息を吐く。そして広場に向かって一層足を速めた。


「なんだよ、みんないるじゃないか。しかし、こんなに集まってどうしたんだ……?」


 広場には案の定、村人が集まっていたのだが、予想外の光景がそこにはあった。驚くことに広場が大勢の村人で埋め尽くされていたのだ。


 その数を見るにおそらく全ての村人がこの場に来ているのだろう。村人たちは広場に円を作るように立っていた。


「おい、おっさん。なんでこんな時間にみんな集まっているんだ?祭りでもあるのかい?」


 青年は円の外れに立っていた顔見知りの門兵を見つけると、この状況の説明を求めた。


「ああ、ジンの坊主か。無事に帰ってきてよかったよ」


 年配の門兵は二日ぶりに顔を見せた青年の姿を見て、それまでの険しい顔つきにほんの少し嬉しさを見せた。


「それよりも、この状況はどうしたんだ?」


 ジンと呼ばれた青年は門兵に早く状況を説明しようと急かすように質問を簡潔に繰り返した。


「ああ、実はお前さんが村を出た次の日にたまたま騎士の方々がこの村に通りかかってね。北方の山で魔物を討伐した帰りらしい」

 

「こんな田舎に王国騎士が魔物退治に来た?珍しいこともあるもんだな」


 へえー、とジンは驚きを露わに目を見開いた。門兵も同意したように頷き話を続ける。


「この村には寄らず王都に帰還する予定だったのだけれど、ここ最近の雨で道が悪くてね。予定を変えて明日までこの村に滞在することにしたらしいのだが……」


 ここで門兵は口を閉ざした。どうやら言いづらい話になるらしい。

 それで何があったんだ、と青年は素早く先を促した。


「なんでも騎士の方々が言うにはこの村には魔女がいるらしい」


「は?魔女だと⁉」


 予想外の返答にジンは口を半開きにしたまま固まった。魔法使い――精霊の民にとって災厄の象徴であり、滅ぼすべき敵だ。


 しかし、こんな田舎に?しかも偶然立ち寄って魔法使いを見つけただと⁉

 

 ジンはとてもじゃないが門兵の話を信じることができなかった。それにジンが滞在した数週間の間、村は平穏そのもので村人の中に魔法使いが居るなど想像もできない。

 ジンは信じられないとばかりに勢いよく口を開いた。


「そんな馬鹿な!一体誰が魔法使いだと言うん――」


 門兵はうつむきがちにジンの疑問を遮った。


「……アリアだ」


「はああ⁉あり得ない!あんたそんな馬鹿な話を信じるのかよ?」


 ジンは門兵の答えに、より一層信じられないという表情を浮かべた。アリアというのは今年十六歳になるこの村の子供だ。


 小さい頃に両親を流行病で亡くし、孤児院で育った彼女は今は孤児院内で最年長として小さな子供の面倒を見てる。


 ジンも時々会話する仲だ。率先して挨拶をし、小さい子供たちをまとめあげる姿は立派というほかない。


 アリアは常々大きくなった孤児院を継いで彼女のような身寄りのない子供達を助けたいと口にしていた。


「アリアが人々を苦しめ、苛める魔女に見えるのかよ?寝言も大概にしろ」


 ジンは眉間にしわを寄せ、怒りにまかせて言葉を吐き出した。 


「もちろん俺だって信じちゃいないさ!いや、俺だけじゃない。この村に住んでいる奴、みんなだ!」


 ジンの非難の目にさらされながら門兵は苦しそうに呻いた。門兵だってアリアのことはよく知っている。


 それもジンよりもずっと長くだ。アリアが生まれた頃から見てきた門兵もアリアが魔女だとは信じていない。


 しかし、騎士というこの世界の守護者の主張を否定するなんて恐れ多い。騎士様が言うのだったら間違いない。


 仮に見知らぬ誰かが魔法使いだと訴えられていたらそう思って門兵も村人も疑うことなく信じていただろう。


 しかし、小さな頃から見守っていた子供が、それも真面目だと評判のアリアとなると話は変わる。一体どちらを信じたらいいのか……村人はみな悩んでいた。


 ジンも門兵の葛藤する心の内を読み取ったのか、それまでとは打って変わって押し黙った。


 魔法使いは精霊の民によって殺され、年々数を減らしていると言われている。しかし、処刑される魔法使いの数は比例して減るはずが、逆に年々増加し続けている。


 これはもしかして……ジンの中で悪い予感がした。


「おい、どこへ行くんだ!」


 門兵の言葉に返事せず、ジンは人混みの中へ突っ込んだ。そのまま輪の中心をめがけて一直線に進む。


 前に立つ住民たちを力づくでどかして進むと輪の中心が見えた。中心に騎士達が立っており一人の少女が騎士の前に突き出されいた。


 肩のあたりまで伸びた茶色い髪に、薄い緑色の目が騎士の前に突き出されている少女がアリアであることをジンに知らせていた。


 村人たちは距離をとって恐る恐る様子を見ている。そのため、輪の中心にぽっかりと大きな円ができていた。


 アリアの前にふんぞり返って立つ騎士が大きな態度と同じくらい偉そうに口を開いた。


「皆の者!昨晩、この女が南方の森にて魔法を使い魔獣を生み出す姿が目撃された!この者が魔女であることに疑いはない!よって、今より魔女の処刑を行う!」


 村中に響くような声で宣言に周囲からどよめきの声があがった。


「そんな!」

「あり得ない!」


 広場に集まった村人は口々にそう叫んだ。どうやら騎士よりもアリアを信じている者が多いようだ。


 そんな村人の反応に気を悪くしたのか騎士が先ほどよりも大きな声で、怒鳴るように叫んだ。


「ええい!黙れい!俺の決定は絶対だ!貴様らがなんと言おうとこの小娘は処刑する!」


 その言葉に村人は愕然とする。それもそのはずだ。


 こんな田舎に騎士が来ることなど今まで一回もなく、村人のほとんどは騎士に会ったこともなく、おとぎ話でしか聞いたことのない存在だった。


 そして、おとぎ話に出てくる騎士たちはみな格好良く魔物を倒し、苦しむ民のためなら命も惜しまない存在として聞かされていた。


 それがどうだ。実際に会った騎士の態度は暴虐かつ傲慢であり、とても話に出てくる騎士とは似ても似つかない。


 話せば騎士の方々の誤解も解けるだろう――そんな楽観的な考えを持っていた村人たちは愕然とした。


 あまりの横暴さに口を魚のようにパクパクとさせている者、アリアの命が風前の灯火であることをようやく実感して顔を青白くさせている者などもいる。


 村人が一様に口をつぐんだため、広場からはざわめきが消え静けさのみが漂った。

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