第2話 村への帰還

 

「こいつの角は相当高かったはず。しばらくは路銀には困らなくて済むな」


 恐怖に目を見開かせた一角兎の首を一瞥しながら青年が声を弾ませる。そのまま手慣れた手つきで一角兎の皮や角を剥いでいく。残った肉は拳よりも少し大きい革袋につめ始める。


 肉の大きさに全く袋の大きさが釣り合っていない。

 しかし、不思議なことに大人三人分の重量はあろう一角兎の肉が小さな革袋に全て入った。


 それを青年は軽々と片手で持ち上げた。一体どういうことか。まるで入ったものが消えてしまっているかのようだった。


 全ての工程を無駄なく終わらせると青年は用が済んだとばかりに森の出口へ歩き始めた。どうやら青年は魔物を狩る冒険者のようだ。


 精霊の民の天敵とも言える魔物を駆逐しようと国や州の騎士団は戦いに明け暮れている。


 しかし、王国騎士団に入るためには一部の例外を除いて貴族家でなければならないし、地方の騎士団に入るには審査が必要であり人手が少ない。それに魔物を倒すことだけが騎士の仕事ではない。


 そんな状況によって数を減らさない魔物に頭を悩ました数代前の王によって作られた仕組みが冒険者だった。


 冒険者とは国や州など公的機関によって定められたギルドに属して、魔物を仕留めお金を受け取る者のことを言う。


 ギルドに入るための審査などは一切ない。性別も不問。年齢も十歳を上回っていればギルドには属せる。


 さらに魔物を倒せば倒すほど冒険者としての地位が上がっていく。冒険者のトップともなれば英雄という存在に近しい。力こそ正義、この言葉は体現したような組織であった。


 そんな対魔物専用の傭兵といえる冒険者にはいくつかの特権が与えられる。普通は州から別の州へと渡る際には税が課されるがそれが免除される。


 これは強力な魔物が現われた際などの緊急事態に腕の良い冒険者が一刻も早く現場に駆けつけられるよう、また現場までに負担を生じさせないようにという国の配慮だ。


 腕に覚えがある一般人を冒険者にして魔物を減らす、そんな意図を持って作られた制度だったが残念ながら機能しているとは言い難い。


 まず、腕に覚えがある者とは言っても騎士になれなかった者や街のチンピラが自由自在に魔法を操れる魔物を倒すこと自体が難しい。


 第三階級の魔法を使う魔物を倒すなど夢のまた夢。実情はなんとか第一階級レベルの魔物を複数人がかり倒すのが精一杯。


 むしろ倒せたら良い方で一生ものの怪我を負って逃げ帰る者も少なくない。最悪帰らぬ者も出てくる。


 そのため審査も無く貰えるギルドカード目当てに登録する冒険者(仮)が多い。しかし、一角兎を瞬殺してしまったことから青年は本物の冒険者のようだ。


 

「まぶしっ!」


 森を抜け、草花が生い茂る草原に出ると森の中の暗がりが嘘のように太陽が存在を主張している。まるで一気に夜から昼になったみたいだった。


 突然の明るさに目を細めながらも青年は草原を歩く。道も目印も何一つないのだが青年は迷うことなく一直線に進む。


 しばらく歩いているとやっと大きな街道に合流した。それと同時に青年の前方に煙が昇っているのが見えた。


 どうやら村があるようだ。ゴールが見えたからか、青年は足を速める。いよいよ村の入り口が見えた。村の周囲は森に囲まれており、まるで、森に呑み込まれているかのような村だった。


 二日ぶりの帰還に青年の心は躍った。数週間前に来たばかりの村だが、なんとなく懐かしさも感じる。


 青年は村の入り口にある木製の門を潜ろうとしたとき、ふと疑問の声をあげた。


 

「あれ?今日は門兵のおっさんがいないなあ。いつも居るはずなんだが、まったく、昼から酒でも飲んでるのかな。不用心な村だ」


 誰に問いかけるわけでもなく、呆れた様子で空に愚痴る。しかし、異変は門兵がいないだけではなかった。


 村の外れにぽつんとある寂れたギルドに向かう途中、青年は誰にも会わなかったのだ。


 

「おかしいな。いくらここが辺境のド田舎だとしてもこんなに人に会わないことなんかあるのか?まあ、流石にギルドに行けば誰かはいるだろうが……」


 青年の声には先ほどの呆れはなく疑問と不思議な状況に対する困惑が含まれていた。ギルドに行けば誰かはいるだろう――そんな青年の予想は大きく裏切られた。


 ギルドの扉を開け、魔物の買い取りをしてもらおうとしたのだが……誰もいなかった。


 いつもは態度がデカいチンピラのような風貌の冒険者が大声で騒ぎ、酒を呑んでいるロビーだけでなく、いつも受付に座っているメガネを掛けた気難しそうな職員もいなかった。


 

「おいおい、どうなってんだよ。誰かー!誰かいないのかー?」


 青年の呼びかけに答えるものもいない。少し黙って耳を澄ましてみても足音ひとつしない。


 そうして青年はギルドに誰もいないことを確信すると、しかたなくギルドから出て、村の中心へと歩き始めた。手がかりを探すため、歩きながら周囲の様子をじっくりと眺める。


「畑が荒らされている様子はないな。それに家も無事なようだし、死体もない……魔物の襲撃の可能性はゼロに等しいな。ったく、一体全体どうなってるんだ」


 青年の言うとおり、魔物や盗賊団の襲撃などが考えられる状況ではなかった。目に映るのはいつもの村の風景。


 王都から西に遠く離れた辺境の州の中でも田舎に位置する村らしく、大きな畑にあまり整備されていない道が続いている。


 そんな日常の風景に変わりはなく、それが青年の疑問を深めるばかりだった……。

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