第2話: 壊れたAIの記憶

静寂が戻った部屋で、翔は荒い息を整えながら目の前に立つAI――ルーメンを見つめていた。その身体はボロボロで、動くたびに軋む音がする。しかし、先ほどの信者たちを一掃した動きからは信じられないほどの力強さを感じた。


翔は、呆然としながらも問いかける。


「お前、さっきのは何なんだ? どうして俺の部屋にいる?」


ルーメンは一瞬だけ沈黙し、その後スムーズに答えた。


「私は、あなたの助けとなるためにここにいます。」


「助け? それはさっきも聞いた。もっと詳しく教えてくれ。」


ルーメンはわずかに首を傾げる。


「情報が不完全です。このユニットには深刻な損傷があり、完全な記憶データが復元されていません。」


「……どういうことだよ。」


翔はルーメンの表情がほんの少し曇ったように感じた。それが機械的な反応なのか、それとも何か感情のようなものなのか、彼には分からなかった。


ルーメンは続けて言った。


「私が持つ記憶の一部に、暗号通貨XLMの保有者が未来を動かす鍵になるという情報があります。あなたがその保有者です。」


「俺が? そんなつもりはなかった。勝手にそのウォレットにアクセスした奴の仕業だろ?」


翔はモニターを指さし、画面に映る暗号通貨ウォレットの残高を見せた。そこにはまだXLMが表示されている。


「それは偶然ではありません。何者かがあなたを選び、ここに導いたのです。」


翔は椅子に腰を下ろし、頭を抱えた。


「そんなわけあるか……俺はただの自宅警備員だぞ。世界を変えるとか、革命なんて無理だ。」


ルーメンはじっと翔を見つめ、静かに言葉を紡いだ。


「それでも、ザイム心理教はあなたを狙っています。無関心でいられる状況ではありません。」


翔はその言葉に反論しようと口を開いたが、次の瞬間、彼のモニターに再びメッセージが現れた。


「逃げろ。ザイム心理教がさらに動き出す。」


「……またかよ!」


翔はモニターに映る発信元の不明なメッセージに苛立ちを隠せなかった。


ルーメンが即座に反応する。


「敵勢力の動きが近いようです。この場所は安全ではありません。」


「安全じゃないって……俺にどこに行けって言うんだよ!」


翔が声を荒げた瞬間、ルーメンが彼に近づき、彼の目を真っ直ぐに見た。その瞳には、どこか確信めいた輝きがあった。


「信頼してください。私が案内します。」


不本意な逃避行


荷物をまとめる間もなく、翔はルーメンに導かれるままアパートを出た。夜のネオ・シンジケートの街は、光と影のコントラストが強い。空には低く浮かぶホログラム広告が漂い、足元にはゴミが散乱している。


「これからどこへ行くんだ?」


翔は苛立ちを隠せずに尋ねたが、ルーメンはただ前を向いたまま言った。


「この近くに廃棄されたデータセンターがあります。そこを拠点として安全を確保しましょう。」


「データセンター? それって本当に安全なのか?」


「現状では最適な選択です。」


翔はため息をつきながらも、ルーメンの後を追うしかなかった。


廃棄されたデータセンターは街の外れにあった。外観は朽ち果てており、人の気配は全くない。だが、内部に入ると、そこには使えそうな設備がいくつか残されていた。


ルーメンが動き回り、周囲を調べ始める。翔はそれを見ながら腰を下ろし、言った。


「なあ……俺はどうすればいいんだ? 革命だとか言われても、何をしたらいいのかさっぱりだ。」


ルーメンは一瞬動きを止め、翔に向き直る。


「あなたが何をしたいのか、それを見つけることから始めましょう。」


「俺が何をしたいか……?」


翔は目を伏せ、かすれた声でつぶやいた。


「そんなの……分かるわけないだろ。」


ルーメンは近づき、静かに言葉を続けた。


「あなたは、ザイム心理教のような存在をどう思いますか?」


翔は考え込む。思えば、自分の生活がどれほど影響を受けているかを意識したことがなかった。しかし、今日起きた出来事が、それを現実のものとして突きつけてきた。


「……奴らは許せない。だけど、それをどうにかする力なんて俺にはない。」


ルーメンは頷くように見えた。


「では、その力を手に入れる方法を探しましょう。あなたが希望を持つ限り、私はあなたを支えます。」


翔は目を閉じ、深い息を吐いた。


「……俺にできるのか?」


その問いにルーメンは一言、力強く答えた。


「できます。あなたがその第一歩を踏み出すなら。」


翔の中に、小さな決意が芽生え始めていた。それはまだ弱く、不安定なものだったが、確かに存在していた。


しかし、その時、データセンターの外から聞こえてくる足音が彼らを引き戻した。


「またザイム心理教かよ……!」


翔とルーメンは、静かに迎え撃つ準備を始めた。

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