眠る方舟

津麦縞居

第1話

 今朝、恋人が死んでいるのを見つけた。

 私が起きた時には、ベッドの下に落ちていた。

 病院で簡単な検視が行われたが、死因は不明のままだった。

 彼がベッドから落ちたから死んだのではない、ということは分かる。明け方まで、私の手を握りしめる温かさがあったのも覚えている。私の意識が無いほんの一瞬のうちに死んだのだ。

 

 昨日の夜、食後は二人でニュース番組を見た。中東の領土問題で紛争地域が拡大している、と。

 人間が傷付く姿を見る日常は怖い、と思った。言葉も理性も持っているのに、生死で結果を求めるなんて悲しい世界だな、とも思った。きっと私は、出身地域や国には一切の利益ももたらさずに死んでしまうのだろう。

 私が直感的に話した事を彼は繰り返して口に出した。反芻しているみたいだった。


 夕方、彼の死体が彼の実家に行った。家族のようなものである私も呼ばれた。

 鯨幕を張っている最中だったので、なにか手伝えないか、と問うと彼の姉が「奥さんの友人、って名乗っておいで」と言った。

 こぢんまりとした通夜を終えてから、私と彼の姉は二人で交代の寝ずの番をすることにした。

「アイツの事だから、ひょっこり起きたりして」

 彼の姉が言うので、私も一緒に笑った。笑ってみて、悲しくない事に気が付いた。もちろん嬉しくもないけれど。


 深夜二時。ゴトン、と棺桶の蓋がずれた。

「ちゃんと寝てなきゃ」

 変だな、と思いながらも蓋を戻そうとする……が、中から手が出てきて抵抗された。仕方ないので、蓋を取り去って、死体(であるはず)の彼を見た。

 ギョロっと開いた目が、はっきりと白黒で気持ち悪い。肌色も茶褐色に近く、髪のハリもない。

「……え、キモい」

 思わず声に出すと、彼が少し勢いをつけて、棺桶ごと横にゴロンと転がった。

「ヒ……ド……イ……」

 驚くほど掠れた囁き声が発せられ、こりゃ酷い悪夢だ、と思った。

 私がよく知っている彼は“愛すべきバカ”だ。この状況についても彼ならば『魔王と契約したよ!』と言ってくるかもしれない。

 我ながら、おかしな夢を見る。

「なんで動いてるの、火葬まで大人しくしてて」

「カ……ソ……う……」

 声に少し潤いが出た。

「やダ、コワい……」

 ますますどういう仕組みで声が出ているのか分からないが、彼らしくて面白い、と思った。

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眠る方舟 津麦縞居 @38ruhuru_ka

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