第3話 安全対策

 一学期最初の学力試験が終了し、学力上位の学生が生徒会のメンバーとなった。これはゲームと同じ流れだ。メンバーはウィリアム、レイミリア、アビゲイル、ジャック、トーマス、アーサー、ハリソンの7名である。学力順位トップはアビゲイルだったのだが、やはり学園が気をつかって生徒会長はウィリアムとなった。これはゲームでも主人公のレイミリアがどんなに好成績だったとしても、ウィリアムが生徒会長となるので、その流れを踏襲したものである。

 なお、アビゲイルは前世のゲーム知識で学力試験は満点だった。ミニゲームとして、試験の内容がランダムで出題されるので、何度もプレイしていると自然と回答を暗記してしまうのである。

 また、ジャックは成績は上位では無いが、ウィリアムの護衛をする立場なので、特例として生徒会メンバーとなった。

 この事で、成績が7位で本来は生徒会のメンバーになれるはずだったグレイスが、メンバーとして選出されなかったのである。

 ゲームの性質上、主人公のレイミリアと攻略対象の五人は固定で、残るひとつの席を他の学生で争うことになるのだが、本来ゲームでは生徒会メンバーに入れないアビゲイルが、前世知識によってトップの成績で生徒会メンバーになってしまったため、その他の生徒はメンバーにはなれなかったのだ。


 そうして生徒会メンバーとなったアビゲイルは、攻略対象たちと生徒会室でレイミリアが来るのを待っていた。

 実は教科書盗難の一件から、レイミリアはアビゲイルに懐いており、一向にウィリアムたち攻略対象に興味を示さないため、アビゲイルはこれは何ルートなのかと悩んでいた。毎日レイミリアと会話していても、それとなく気になる男性を聞いてみても


「今は気になる男性はいません」


 と返ってくるだけだった。


 レイミリアを待っているアビゲイルの耳に、生徒会室の外からレイミリアの悲鳴が飛び込む。


「きゃあ」


 レイミリアの悲鳴が聞こえたのでアビゲイルはその聞こえた方へと向かった。階段の下で倒れているレイミリアの姿を目で捉えた時には既に数名の学生が集まっていた。彼らは遠巻きに倒れたレイミリアを見ているだけだ。そして階段の上にはグレイスとその取り巻きたちがいた。

 アビゲイルはそれを見て状況を把握した。竜レイに出てくる階段突き落としのシーンと同じだったからである。階段突き落としとは、本来アビゲイルとその取り巻きが、レイミリアを怪我させようとして、階段を登っているレイミリアにわざとぶつかっていくというイベントである。

 本来はここで倒れているレイミリアに攻略対象たちが駆け寄るのであるが、その攻略対象たちの姿は見えなかった。代わりにアビゲイルが階段を駆け降りてレイミリアの元に向かった。


「大丈夫?」


 アビゲイルに訊かれてレイミリアは頷いた。彼女は竜星の加護を持った聖女であり、光魔法の属性で治癒魔法を得意としているので、自らの傷を魔法で治癒した。


「大丈夫です」


 そう答えるレイミリアを見て、グレイスの顔が鬼のようになる。噛みしめた奥歯は自らの力でその歯を砕く勢いだ。

 それをみておおよその事情は把握したアビゲイルであったが、レイミリアに改めて何があったのかを訊ねる。


「レイミリア、どうして怪我をしていたの?」


「私が生徒会室に行こうと階段を上っていたら、オリビアさんとぶつかってしまい、階段から落ちて足を挫いてしまったんです」


 それを聞いたアビゲイルは複雑な表情を見せた。


(本来は私が自らぶつかって、レイミリアを怪我させるはずだけど、グレイスの取り巻きであるオリビアがぶつかったのね。悪役令嬢ではなくその取り巻きがぶつかるとか、ゲームとは違った展開になっているわ。これはもしや、私の知らない隠しルートがあったとでもいうのかしら)


 そう考えたのである。

 しかし、レイミリアはそんなアビゲイルの内心を知る由もなく、自分のためにアビゲイルが怒ってくれていると勘違いしていた。

 元々悪役令嬢としてデザインされたアビゲイルである。その表情は常に敵意をむき出しにしているように取られやすい。


「アビゲイル様、私は大丈夫ですから」


 と、慌ててアビゲイルをなだめようとした。


「ふん、そちらからぶつかっておいて大丈夫もなにもないじゃない。先にこちらに謝罪するのが筋ではなくて?」


 レイミリアを睥睨するグレイスは悪意たっぷりに言い放つ。

 それを聞いたアビゲイルは本当に怒った。


「状況から考えて、レイミリアからぶつかっていくとは思えませんわ。どうしてぶつかったら怪我をする可能性が高い下から登っていくのに、おかしいでしょう」


 それを聞いたグレイスの眉がピクリと動いた。


「そこの平民が、平民のくせに道をあけないのが悪いと思いませんか?」


 言い返すグレイスは獰猛な肉食獣の気配を纏っていた。本来アビゲイルもグレイスも貴族の令嬢として感情を表に出さないような教育を受けているのだが、ことレイミリアに関しては二人とも感情を表にだしてしまう。

 アビゲイルには敦子の魂が乗り移っているというのはあるが、アビゲイルとして幼少の頃より受けた教育の知識もある。なので、普段は余程の事が無ければ感情を表に出さないのだが、こちらもをろちの気配を纏っていた。


「学園内に身分を持ち込むことは禁止だったはずよ」


「それならば竜星の乙女として特別扱いを受けているその女こそ真っ先に糾弾されるべきでしょう」


「レイミリアのどこが特別扱いだと?」


「竜星の乙女が成績下位だと面目が立たないから、おおかた試験の内容を事前に教えてもらっていたのでしょう。そうでもなければ平民が貴族よりも好成績をとるなんてありえませんわ」


「そんな理屈がとおるとでも?もっと明確な証拠を提示するべきだわ」


「明確な証拠というのであれば、今回平民がオリビアにぶつかってきたのも、そうでないと言い張る明確な証拠があるとでもいうのですか?」


 アビゲイルはその言葉に反論できず黙ってしまった。グレイスは悔しそうなアビゲイルの表情を見て勝ち誇ったように鼻で笑う。


「アビゲイル様、今後は気をつけますから」


 とレイミリアが気をつかってアビゲイルの背中から声をかける。


「いいえ、これは気を付けただけでは駄目なの」


 とアビゲイルが言ったので、レイミリアは暗い表情になる。その雰囲気を察知して、アビゲイルは振り向いてレイミリアの顔を見た。


「ごめんなさい。レイミリアを責めているわけではないの。誰でもぶつかってしまう可能性があるから、気を付けるだけではなく、根本的な対策をしなければということなのよ」


 アビゲイルは両手をレイミリアの双肩に置いた。

 それを聞いたグレイスは意地悪く


「そうね、またぶつかられたらたまったものではないわ。気を付けるなんて言葉だけで済まさないでほしいものね」


 と言い放つ。

 そこにウィリアムたちがやっと到着した。


「どうしたんだい、アビィ」


「レイミリアとオリビアが階段でぶつかって、レイミリアが落ちて怪我をしたの」


「そんなことが。レイミリア、大丈夫かい?」


 ウィリアムの問いにレイミリアは首をふる。


「たいした怪我ではありませんでした」


「それならよかった。気をつけないとね」


「はい」


 その会話にアビゲイルが割って入る。


「気を付けるだけでは駄目。キチンと対策をしないと」


 それを聞いたウィリアムは意外な顔をした。


「対策?」


「はい。気を付けるだけではなく、廊下を歩く時にぶつからない仕組みを作っていかないと、いずれまた再発します」


「仕組みといっても簡単に出来るようなものかな」


「それはこれからレイミリアとオリビアに聞き取りをしてみてからですね」


 そう言って、オリビアにもこちらに来るように促した。

 オリビアはグレイスの顔色をうかがうが、グレイスは行くように指示を出した。オリビアが階段を降りてきたところでアビゲイルの原因調査が始まる。


「まず、どうしてレイミリアとオリビアはぶつかってしまったのでしょうか?」


「それは平民がぶつかってきたから」


「そんなことは……」


 オリビアは主張を変えない。

 アビゲイルはそれもわかっていたので、そのまま聞き取りをすすめる。


「オリビアはどうしてレイミリアがぶつかってきそうなのに避けなかったの?」


「そんなの平民が避けるのが当然ですから」


「そう。つまりオリビアは相手が避けるとおもっていたから、自分から避けることはしなかったのね」


 アビゲイルは感情を出すことなく淡々と話を続けた。


「はい」


「つまり、問題はここにあって、避ける避けないは歩行者まかせになっていたの。さらに言えば、廊下を歩くときのルールはなく、今までもぶつかったり、ぶつかりそうになったインシデントは無数にあったと思うの。そこを対策しないといけないわね」


 と言って、ウィリアムの方をちらりと見る。

 それを受けてウィリアムは頷いた。


「生徒会として、学園内の廊下を歩く時のルールをつくろう」


 こうして生徒会長のウィリアムのもと、ルールの作成が行われた。実務を取り仕切ったのはアビゲイルであったが。

 アビゲイルは前世の知識を使用したからこそ、短時間でルールを作る事が出来た。ぶつかるというインシデントに対して、その真因がどこにあるのかを分析するのに使用したのはなぜなぜ分析である。

 これは五回

 そして出来上がったルールは


・廊下は階段も含めて右側通行

・相手を避ける時は右側に避ける


 というものであった。

 右側通行で正面から来る相手がいた場合、お互いに右に避ければ距離が離れる。これは飛行機の衝突を避けるための旋回でも採用されている手法だ。

 このルールが発布されると、グレイスたちがレイミリアにぶつかるという嫌がらせはぴたりと止まった。ぶつかるためにはルール違反をしなければならず、ぶつかるにしてもわざとぶつかったことが露見しやすく言い訳ができないためである。

 これ以降レイミリアは更にアビゲイルになついた。


「アビゲイル様、凄いです。学園内の廊下でぶつかる人がいなくなりました」


 生徒会室で紅茶を飲んでいたアビゲイルの隣に、遅れて来たレイミリアが座って声をかける。


「真の原因に到達できれば、対策をたてることなんて誰でも出来る事ですわ」


 と紅茶を飲むのを止めてレイミリアを見るアビゲイル。だが、その瞳の奥には困惑があった。


(これってどのルートなのかしら?レイミリアは攻略対象のとなりに座らず、私のところにばかりくるのだけれど)


「そんなご謙遜なさらなくても」


「いいえ、謙遜ではないわよ。考え方、思考のフローチャートを教えれば誰でも出来るようになることだから」


 アビゲイルのいう事は事実であり、工場で発生した問題については対策までの流れがつくられており、社員はそれに従って問題を解決していくのである。QCサークルや8Dレポートなどが有名であるが、その他にも問題解決のためのツールは用意されている。


 生徒会室内ではウィリアムが中心となって、予算の割り振りの見直しを行っていた。二学期以降の学園のイベントで、学園祭の予算比率があまりにも高く偏っているので、それを見直そうとなったのである。連日日が落ちるまで打ち合わせを行っているのだが、毎日レイミリアはアビゲイルのとなりに座っている。

 笑顔のレイミリアとは対照的に、アビゲイルの表情には疲れが見えた。それもそのはずで、彼女は自分の将来について悩んでいたのである。


(嫌われるよりも好かれる方がいいんだけど、どんなエンディングになるか見当がつかないから、やりたくなかったけど前世知識を使って追放されないような地位を築くしかないかしら)


 作り笑顔でレイミリアに微笑むが、アビゲイルは内心そう考えて次の手に出ようと思っていたのである。

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