第2話 チェックシート
「あれ、歴史の教科書が無い」
それはある日の休み時間でのことだった。教室で困った表情でカバンの中を確認するレイミリアの姿があった。それを見たアビゲイルが声をかける。
「どうかしたの?」
「はい。持ってきたと思った歴史の教科書が無いのです」
「間違いなく持ってきたの?寮の部屋に忘れてきた可能性はないの?」
レイミリアは学生寮で暮らしている。これは平民だけではなく、金銭的に苦しくて親が王都に邸宅を持っていない貴族の子女も学生寮で暮らしているのだ。尚、アビゲイルや攻略対象たちは王都にある邸宅から学園に通っている。
「昨日準備したと思いますけど、絶対とは言い切れません」
「そう。それなら今日は私の教科書を貸して差し上げますわ」
アビゲイルはそういって自分の教科書をレイミリアに差し出した。
「え、でもそうしたらアビゲイル様が授業で困るのではありませんか?」
「私はこの国の事なら既に頭に入ってますから、教科書は不要です。でも、教科書を貸す代償としてレイミリアには持ち物のチェックシートを作ってもらいますわ」
「チェックシートですか」
聞きなれぬ単語にレイミリアが戸惑いの表情を見せる。そんなレイミリアにアビゲイルは説明をした。
「チェックシートっていうのは忘れ防止のためのものよ。曜日ごとに持っていく教科書や教材をリスト化しておくの。それを見ながら準備をすれば忘れる事はないでしょ。あ、見ながら準備するだけじゃだめよ。ちゃんとカバンにいれたならその項目にチェックを入れるの。そうすれば後で見返したときに忘れたのかどうかわかるでしょう」
アビゲイルの言うチェックシートとは、豊田敦子が会社で使っていたものである。品質管理のツールとして、生産時に確認するべきことをリスト化し、実際に確認した結果を記入して保存しておくものである。これがあれば不具合が発生した時でも、確認漏れがあったのかなかったのかが一目瞭然となるのだ。
製造業に限らず、多くの職場で当たり前に使われているものであるが、竜レイの世界では一般的ではない。そして、レイミリアは尊敬のまなざしでアビゲイルを見るのであった。
「流石アビゲイル様です。私じゃそんなことは思いつきもしませんでした」
そう言われてアビゲイルもまんざらでもない気持ちになる。
そうしてレイミリアはアビゲイルに言われたように、曜日ごとの持ち物準備チェックシートを作成し、それを使って忘れ物がないように対策をしたのであった。
しかし、それから数日後
「あれ、無い」
休み時間にレイミリアが困った表情をしているのをまたアビゲイルが見かけた。
「どうかして?」
「あ、アビゲイル様。実は戦術概論の教科書がないんです」
それを聞いたアビゲイルはレイミリアに質問をする。
「チェックシートは使っているの?」
「はい。ここにこうして持ってきています。忘れた時ににその場で確認できるよにカバンの中にチェックシートもいれているんですよ。それで、チェックシートには間違いなくカバンの中に入れたチェックがしてあるんです。それに、この前の歴史の教科書も結局寮にもなくて」
アビゲイルはレイミリアからチェックシートを受け取ると、その記録内容を確認した。
「本当ね。たしかにチェックがしてあるわ。そうなると、誰かが盗んだのかしらね。そういえば今日もこの前も魔法実習で演習場に行ってて、帰ってきたら無くなっていたのよね」
アビゲイルは確認したチェックシートをレイミリアに返す。
「そうなんです。ただ、クラスメイトを疑うようなことはしたくなくて……」
レイミリアの表情が暗くなる。
「そうは言っても、教科書に足が生えて勝手にどこかに歩いていくわけではないでしょう。いいわ、犯人捜しは私がやるから」
アビゲイルは犯人の捜査を買って出た。
そもそも、これはアビゲイルが起こすはずのイベントであった。レイミリアへの嫌がらせでアビゲイルが取り巻きに命じて盗ませるというもので、最終的には断罪のネタの一つとして暴露される。
そんなイベントが発生するのを知っていたので、チェックシートを作成しておくようにレイミリアにアドバイスをしたのであった。
直ぐに翌日のホームルームで動きがある。アビゲイルは教壇に立つと、クラスの者に向かって話し始めた。
「レイミリアさんの教科書を盗んだ者がおります。教科書は国から無償で与えられますが、破損や紛失した場合の再購入は自費です。つまり、最初に与えられた教科書は国家、国王陛下から下賜されたといえましょう。これを盗んだとなれば、犯人の罪はどれだけ重くなることか」
アビゲイルが教室にいる生徒を見回すと、顔色が悪くなった女生徒がいた。ジョーンズ男爵家の長女であるアメリアだ。それをみてアビゲイルは今回の件を理解した。
(彼女は確かオズボーン侯爵令嬢のグレイスの取り巻きだったわね)
アビゲイルが今までのクラスメイトの情報を頭の中で整理する。これはゲームの知識ではなく、この政界で目覚めてから得た知識であった。なにせ、ゲームではアビゲイルを中心としたいじめグループ以外はモブキャラ扱いだったので、プレイヤー知識としては持ち合わせていなかった。
そして、いじめの役割が自分からグレイスに移ったことを把握する。グレイスは取り巻きのアメリアを使ってレイミリアの教科書を盗ませたのだ。
(結局、この世界は誰かがレイミリアをいじめなくてはならないようね。それが世界の選択かぁ)
アビゲイルはレイミリアに憐憫の眼差しを向けた。いじめる側を誰かが担うので、彼女はどこまで行ってもいじめられる役割がついてまわる。どのゲームの世界線を選択してもそうなるはずだ。
それから数日、レイミリアの所持品が盗まれることはなくなったが、代わりにアメリアが都合により退学することとなったと知らされた。アビゲイルの言葉で動揺して自白してしまいそうなアメリアを見て、グレイスがアメリアに退学するように指示を出したのだったが、そんなことはアビゲイルが知る由もなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます