乙女ゲームの悪役令嬢になっていたのだけど、前世知識を使って嫌がらせの再発防止をしていきます

工程能力1.33

第1話 竜星の乙女レイミリアの世界

【前書き】

忙しい時ほどくだらないことがポンポンと浮かんでくるもので。なろうで放置してたやつの続きを思いつきました。


【本文】

「お嬢様」


 と声をかけられたところで女性は目を覚ました。その目を覚ました女性は呼びかけていたメイドの格好をした若い女性を見て酷く戸惑う。


(お嬢様?ここはどこかのメイド喫茶だったかしら)


 記憶をたどるがそんなところで意識が途切れたという事実は無かった。そもそもメイド喫茶など一度も足を踏み入れたことがない。


「ごめん、今までの記憶がないんだけど。目を覚ますまでに何があったか教えてもらえないかしら。ここはなんていうお店?そこからお願い」


 彼女がそうお願いすると、メイドは酷くおびえた様子で恐る恐るといった感じではなしはじめる。


「ここは商店などではなく、ハワード公爵家の王都邸でございます。お嬢様が突如高熱をだされまして、三日ほど意識が戻らずふせっておられました」


 女性はハワード公爵家という単語に聞き覚えがあった。そして、それを聞いたことで鼻で笑う。


「ハワード公爵家?それって竜レイに登場する悪役令嬢の実家よね。そういう設定?」


 竜レイというのは『竜星の乙女レイミリア』というタイトルの乙女ゲームの略称である。女性はそのゲームをやりこんでいたのだった。

 その言葉を聞いてメイドの顔が凍り付いた。その表情から読み取れるのはこの世の終わりを見た雰囲気であった。それには理由があり、女性の笑った顔には一切の慈悲が感じられず、目の前の獲物を飲み込まんとするかがの目のようであったからであり、更にはその性格も冷酷無比であるからであった。

 そんな女性が悪役令嬢と自らを卑下するような言葉を口にした時、どんな表情。返答をすればいいのかわからなかったのである。そして、その答えを間違えれば命が無いであろうことは容易に想像出来た。

 が、女性の方はそんなことは全く考えておらず、目の前の若いメイドが固まっているのが不思議でならなかった。そして、周囲を見まわすという行動をとる。


「あれ、ゲームの背景と寸分たがわぬ配置ね。これって結構お金かかっているんじゃないかな」


 と、竜レイのプレイを思い出して口にした。次に目線をした方向に向ける。


「あれ、なんでこんなに胸が大きいの?」


 彼女は自分の豊かな胸のふくらみを見て戸惑った。目を覚ます前までは、ごくごく一般的なふくらみを持っていたのだが、今確認したふくらみはグラビアモデルのようなものであった。

 そして、混乱しながらも


(アビゲイルってこんな感じの胸の大きさだったような)


 と思い出していたのである。

 思考することコンマ数秒。部屋の景色と胸のふくらみから導き出された答えを確認するために、彼女はメイドに命令を出す。


「鏡を持ってきてもらえるかしら」


 それを聞いたメイドは固まった表情が解け、急いで部屋の外へと駆け出す。


「かしこまりました」


 そう言ってメイドが消えてから数分後、息を切らせたメイドが返ってきた。その手には人の顔程の大きさの鏡が握られていた。

 女性はそれをのぞき込むと、そこには長い金髪の顔の整った美しい女性がいた。

 だが、それは喜ばしい事ではなかった。そこに映る美女こそが、竜レイに登場する悪役令嬢アビゲイル・ウィステリア・ハワードそのひとだったからである。


「アビゲイル!」


 と叫んだことで、メイドがまた固まってしまった。

 女性はそんなことにはお構いなしに叫ぶ。


「なんで私が竜レイの悪役令嬢になっているのよ!!!!」


 それを聞いてメイドが泣き出してしまった。泣いたメイドを見た女性はそのことで少しだけ冷静になる。


「暫く一人にして欲しいの。出ていってもらえるかしら」


「かしこまりました」


 そう返答するメイドからは地獄で仏に会ったかのような安堵の雰囲気が感じ取れた。

 広い部屋に一人きりとなった女性は状況を整理する。


「よくわからないけど、目を覚ます前の最後の記憶は客先からの選別要求があって、社用車で客の工場に向かうところだったのよね。そこから先が思い出せない。そして私は散々やりこんできた竜レイの悪役令嬢悪役令嬢であるアビゲイルになっていたと。にわかには信じられないわね」


 女性は豊田敦子という日本人であり、部品工場で品質管理の仕事をしていた。未婚の実家暮らし。同居しているのは両親であった。乙女ゲームが好きで、平日は深夜までプレイすることもあったり、休日は一歩も家から出ないでゲーム三昧などということも何度かあった。

 そんな乙女ゲームの中でも特に『竜星の乙女レイミリア』がお気に入りだったのである。竜レイのストーリーはソレイユ王国という架空の国で、貴族の子女が通う学校に平民であるが光属性の魔法が使える主人公のレイミリアが入学して、攻略対象である王子やその取り巻きと一年間を過ごして、最後に告白を受けるというものである。いわゆるよくある乙女ゲームであり、お決まりの悪役令嬢が登場する。それがアビゲイル・ウィステリア・ハワードという第一王子ウィリアムの婚約者である公爵令嬢なのだ。彼女はウィリアムがレイミリアに気持ちが傾いていくのに嫉妬して、ことあるごとにレイミリアをいじめる。時には命を狙うようなこともして、最後は断罪されて追放となるのだ。


「なんでこんなことに……」


 とアビゲイルの記憶もたどってみるが、どうしてアビゲイルに豊田敦子の意識が乗り移ったのかがまったくわからなかった。代わりに日付の記憶が蘇る。


「私が最後に日付を確認したのが3月25日。そこから三日意識を失っていたなら今は27日か28日よね。そして4月1日が入学式。なんとか断罪は回避しないと。あの隠しルートなら公爵一家はみんな処刑になるんだけど、この世界はどのストーリーで進むのかしら?」


 敦子が心配しているのはゲームのエンディングがどのシナリオになるかということである。基本的には攻略対象のだれかとレイミリアが結ばれて、アビゲイルは悪事がばれて公爵家を追放されるのだが、隠しルートは公爵家一家が処刑されるというものなのだ。というのも、アビゲイルの母親は隣国のターセル帝国の皇女であり、王弟であるアビゲイルの父親に嫁いで来た。そして、ターセル帝国が父親のハワード公爵をそそのかしてソレイユ王国でクーデターを起こして、血筋を理由に軍事支援をして乗っ取ろうと画策したというのがレイミリアたちの活躍によって未然に防がれるというシナリオなのだ。この隠しルートは全キャラを攻略して、尚且つ攻略対象全員から告白されるハーレムエンド、だれからも告白されないバッドエンドも回収したうえで、攻略対象であるアビゲイルの義弟ハリソン・アプリコット・ハワードの好感度を最低にした状態で、彼以外の全員の好感度をMAXにしてクリアーしないといけないというかなりの難易度で、発売からしばらくはその存在が知られていなかった。しかし、海外のハッカーがゲームの画像データを引っこ抜いて確認したら、断頭台に固定されたアビゲイルの画像があったことで、このルートの存在が明らかになったのである。この一件で開発チームが叩かれて炎上したこともあり、プレイヤーの間ではよく知られた隠しルートなのだ。敦子、いやアビゲイルはそのルートになることを最も恐れた。何せ処刑されてしまうのだから。

 そして、彼女は乙女ゲームの世界に来てしまった事に納得し、最悪の事態を回避しようと心に誓ったのであった。


 そして学園の入学式当日を迎える。

 校舎の前でアビゲイルはウィリアム王子と会話をしていた。因みにそこには攻略対象である男子生徒が揃っていた。アビゲイルの婚約者である第一王子のウィリアム・ピオニー・コールリッジ。騎士団長の息子であるジャック・ブッシュクローバー・ヒュームと筆頭宮廷魔導士の息子であるトーマス・チェリー・ケネディ。さらには宰相の息子であるアーサー・パイン・セルデン。それに、アビゲイルの義弟ハリソン・アプリコット・ハワードだ。

 そこに向かってピンクの髪を揺らしながら走ってくる少女がいた。それこそが竜レイの主人公であるレイミリアだ。彼女と攻略対象のファーストコンタクト。ここでレイミリアは躓いて転びそうになるところをウィリアムに支えられてという形でゲームがスタートする。


(ファーストインプレッションで助けてあげなきゃって思わせるのよね。ここのフラグを折っておけば恋愛に発展しないかもしれないわね)


 とアビゲイルは考えていた。レイミリアが躓いてから動くのでは間に合わないが、そこは最初から躓くのがわかっているので、アビゲイルはウィリアムとレイミリアの間に入るような位置取りをした。これならレイミリアが躓いても、ウィリアムが支えようとするのに自分が邪魔になるし、支える役割をウィリアムから奪いやすい。

 そうして待ち構えていると、ゲームの導入部分どおりにレイミリアが躓いた。


「きゃあ」


 と声をあげるレイミリアをアビゲイルが倒れる前にその腕で支えた。


「気をつけなさい。いくら学園内では学生は平等といっても、貴族に怪我をさせたとあっては竜星の加護を受けた光属性魔法の使い手でも、即退学処分もあり得るわよ。ところで、貴女自身に怪我はない?」


 アビゲイルにそう言われると、レイミリアはかしこまって頷いた。


「助けてくれてありがとうございます」


 レイミリアが頭を下げた時に、ウィリアム王子がアビゲイルに注意をする。


「アビィ、ここでは学生は平等なんだ。貴族だということは忘れるべきだよ」


「ウィリアム様がそうおっしゃっても、周りの者たちはそうは考えないでしょう。それに、貴族であっても家の格を持ち出して、下の爵位の家の子女を見下すものもおりましょう。私はレイミリアさんを心配して助言をしているのです」


「申し訳ございません。私が悪いんです。助けていただいてありがとうございます。その、貴女様はお怪我はありませんか?今はまだたくさんは使えませんが、回復魔法が使えますのでお怪我を治します」


「私は大丈夫よ。えっと、まだ名乗っていなかったわね。私はアビゲイル・ウィステリア・ハワード。よろしくね、レイミリアさん」


 アビゲイルに名前を呼ばれてレイミリアはハッとした。


「あの、アビゲイル様は先程も私を名前で呼んでくださいましたが、どこかでお会いしていましたでしょうか?だとしたらお名前を忘れていた事を謝罪いたします」


「初対面よ。レイミリアさんは平民なのに今年の入学生ではトップの成績だったから有名なのよ。それと、私の事はアビゲイルって呼んで欲しいの。様はいらないわ」


「それでしたら私の事もレイミリアと呼んでいただけますでしょうか」


「わかったわ。改めてよろしくね、レイミリア」


「はい。アビゲイル様。あっ……」


 様付けが抜けないレイミリアにアビゲイルは苦笑する。


「いいのよ。徐々に慣れてくれたら」


 そう言ったアビゲイル自身は悪意がないのだが、周囲の人間はレイミリアがアビゲイルのターゲットになってしまったと認識したのであった。全ては悪役令嬢特有の慈悲という二文字を世界中の辞書から消し去ったかのようなアビゲイルの顔立ちのせいなのだが。

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