ギフターズは醒めぬ悪夢を見ないのか?

黒犬狼藉

第1話 ギフターズは死という悪夢を見ないのか?

 東京都、渋谷区、とあるスクランブル交差点。

 一人の男が、自殺した。

 男の名前は、福部禎通フクベ サダミチ

 彼は自殺し、そして転生した。


「……死んだはずじゃ?」


 呟きは、虚空に消えた。

 美味しい、少なくとも東京の排気ガスに塗れた空気よりも澄んでいる空気を肺に取り込み彼は呟く。

 周囲の風景を探れば、そこは森。

 森中に、彼は一人落ちていた。


 ゆっくりと起き上がる、森の中なのは変わりない。

 だが、耳を澄ませば音も聞こえる。

 間違いない、ここには生き物が存在しているのだ。


 来ていたスーツ、そのネクタイを外した。

 こんな中でも気張っている必要はない、外したネクタイを適当に腕に巻くと彼は歩き出した。

 根っこや岩が散乱し、歩きづらい獣道。

 その中を歩いていけば、しばらく後に視界が開ける。

 開けた視界の先、見えた影。

 ソレを見て、彼はこう呟いた。


「異世界……? なのか? こんな西洋建築の都市って……」


 呟きはそのままに、周囲の音がより一層激しく聞こえる。

 ソレはまるで、彼の訪れを祝福しているような。

 もしくは、彼の未来を暗示しているような。

 騒がしさと喧騒に包まれた、優しくも激しい風の音だっった。


_____


 ギフターズ、都市に着いた彼は真っ先にその言葉を耳にする。

 日本語にすれば、与えられた者。

 何らかの奇跡、何らかの神秘、何らかの特異な能力を与えられた存在。

 異世界からの到来者はソレを持ち得る、だから始まりの『ギフターズ』は自らをそう名付けた。


「で、お前はそいつじゃねぇの?」

「は、はぁ……。そう言われても、何もわからないというか……」

「んー、まぁ何でもいいよ。ここに来たら全員仲間っちゅー訳だ、歓迎するぜ? 新入り」

「はぁ、はぁあ?」


 疑問、ソレを持ちながらもサダミチは目の前の獣人の言葉を聞く。

 獣人、そう獣人だ。


 胸部に木と鉄を合わせて作った鎧を紐で括った守衛らしき彼、人の姿に似ておりながら異なる。

 顔はオオカミ、手に肉球もついており爪も獣のように尖っている。

 だが五本指であることや、二足歩行。

 尻尾などの些細な部位を無視すれば、確かに彼は人間だ。


 少し圧倒されながら、初めて受けるカルチャーショックを感じつつ。

 サダミチは、そんな彼に渡されたネックレスを首にかける。

 話によれば通行証らしい、ソレを首にかけて彼の案内に従う。


「ここはどこなんですか?」

「まぁ、簡単に言えば存在しない国ってところか? 少し前の戦争で溢れた難民と捨てられた都市を勝手に占拠して使ってるって感じだよ。その戦争も10年も前の話だし、今は平和なトコだぜ?」

「なるほど……、仕事とかは?」

「余ってるも余ってる、あり余ってるよ。犯罪率はソコソコだけど、まー資材や物資が足りないね」


 街を歩きながら、狼男のウォーは告げる。

 都市の活気はある、だが確かに都市はボロボロだ。

 どこか荒んだ様子が見てとれる、都市の市民も忙しく働いているが何処かその裏にうっすらとした緊張感があった。

 サダミチは周囲を見渡し、そして異文化を目に焼き付ける。


「ソレに強大な魔物がそこかしこ、貴族連中の道楽の遺産ってわけだ」

「なるほど、怖いですね」

「怖い? みゃー確かに怖えぇよな、仕事の斡旋とかやってるギルドも警句を発してるぐらいだし? 夜中に襲撃されりゃオチオチ寝てもられやしない。っと、目的地だ」

「目的地?」


 指さされた方を向けば、剣と弓を合わせた紋章が描かれた看板が見える。

 扉はない、奥にはカウンターが見え複数の獣人や普通の人間が屯していた。

 活気ある街に比べ、ここは活気がない。

 あるのは淀んだ、ダメ人間という雰囲気だけだ。


「ギルド、そっち風にいうなら組合ってヤツさ。最初のギフターズが作ったんだ、この組織を」

「へぇ、そうなんですか」

「ギルドの説明はいるかい? とは言っても五大原則と十の掟の説明だけだがな?」

「是非とも」


 その言葉を聞けば、ウォーは待ってましたとばかりに言葉を続ける。

 ギルド、正式な書き方で書けば『相互協力組合ギルド』であり最初のギフターズであるエースという青年によって作成されたモノ。

 そこには五つの原則と、十の掟が存在する。


「原則はそう難しくねぇ、ソレに書かれているから気になりゃ確認するといい。まぁ、説明はするがな? 一つ、所属する人間は互いに平等であり公平であること。二つ、所属する人間のあらゆる権利は当人に属する。三つ、いかなる存在も掟の元に平等であり掟に基づき罰せられるべきである。四つ、所属する人間は如何なる状況でもギルドの定める掟を尊重し守るべきである。五つ、前述の全ては我らの意思によって遂行れるべきである」

「なんか、人権宣言みたいですね」

「人権宣言? 何だそりゃぁ」

「あ、こっちの話です」


 ひどく簡単に要約すれば


 一つ、ギルドに所属してるのならみんな平等だよ

 二つ、ギルドに所属してるのなら人権アルヨー

 三つ、ギルドに所属してるのなら掟という法律に従ってね、破ったら罰があるよ

 四つ、ギルドに所属してるのなら掟はどんな状況でも守ってね

 五つ、これらの全てはギルドに所属してる君たちによって維持されるんだよー


 ということだ、サダミチは一気に説明された言葉を噛み砕きそして笑う。

 案外異世界でも、人権は保障されるらしい。

 一気に現実くさくなった周囲の風景に、眼をくれる。


「掟は……、まぁ追々でいいか。つっても難しい話じゃねぇ、スリとかならともかく強盗殺人強姦みたいな悪いことはすんなってことだけだしな!!」

「悪いことなんてする気はないですよ、本当に」


 そして、急に物騒になった周囲に怯える。

 言い方を変えれば、強盗殺人強姦レベルの犯罪を犯さなければ罰せられないということだ。

 先ほど、と言うには些か昔だがソレでも数時間前まで現代日本に生きていたサダミチにとってはあまりにも物騒な話だ。

 怯える様子を横目に笑うウォーは、そのまま近くのカウンターに向かう。


「おう、ビルのネェさん。ちぃとコイツを相手にしてくんねぇか?」

「売春? 嫌よ、これでも豪商出身よ? 次から相手にしないわよ?」

「違う違う、ホラ見てみろよ。この格好、間違いなくギフターズだろうが」

「……あら、本当。貴族街で流行ってる粧しじゃないわね? フゥン? 連れてきたってことは登録? 測定? ソレとも何?」


 進む会話に耳を傾けつつ、再度サダミチは周囲を見る。

 ギフターズという言葉に反応し、いくつかの人間の耳が。

 厳密に言えば、獣の姿形をしている人間の耳や尻尾がワサワサと動いている。

 大変気になる様子だが、サダミチは動きそうになる手と終ぞ得られなかった癒しを目にし心の療養を行なった。


「そいつは決めさせるってのが通りだろうが、と言うわけでホイ。おら、自己紹介しろや」

「あ、初めまして。私はこういうものと……」

「ご丁寧にどうも……、って異世界文字じゃない。読めないわよ、普通の言葉で言いなさい」

「文字が違うのに言葉が通じるって不思議ですね、どうも初めまして。福部禎通フクベ サダミチ、って申します」


 彼女は名前を聞くと、少し怪訝そうな顔をした後に曲線で構成された文字を板に書き込んでいく。

 板の大きさはタブレットほど、ペンを用いれば俄に光る青白い文字が浮かび上がった。

 そして、矢継ぎ早に質問される。

 質問の内容は多くない、寧ろ少ない。

 ソレこそ、日本の役所仕事に比べれば相当少ないだろう。


「はいはい、分かったわ。住所不定、血統不明、種族不明の人間。格好が格好なら普通に奴隷落ちだったわね、ウォーは帰っていいわよ? 仕事サボる口実にはさせないから」

「しねぇよ!! というわけであとは頼んだぜ!!」


 足早に去っていくウォーという男性の後ろ姿を見ていると、襟元を引っ張られる。

 受付嬢が三白眼で舐めるように見ながら、次々と必要な説明を行なっていった。

 ソレを聞き、サダミチは必死に覚えるように耳を傾ける。


 こうして、異世界生活が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ギフターズは醒めぬ悪夢を見ないのか? 黒犬狼藉 @KRouzeki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る