第2話
というのが、ちょうど一ヶ月前の話。
手帳やティッシュ、リモコンがぐちゃぐちゃになぎ払われた机が視界の端に映り込むのが嫌で、ボサボサの髪をかき上げながら、窓の方に身体を向けた。 どうして、こんなことになったんだろう。 一ヶ月前から浩太と同棲を始めた。あの幸せな三年記念日から、一緒に暮らそうと話していたから。新しい家は、二人で住むにはちょうど良い2DKの部屋で、一人で住むには持て余す広さだ。
きっかけは些細なことだった。私が、仕事で全然帰ってこない彼に、溜まっていた不満をぶつけてしまったのだ。一週間に一回、私が寝る前に帰ってくるのがやっとで、残りの六日間は決まって日付を超していた。 仕事と言っても、絶対に全部が全部仕事じゃない。同僚や先輩たちと飲みにいくのが大半だということは、彼と同じ会社に務める女友達から聞いていたから分かる。
別に私は、その場所に女性がいるかいないか、を気にしているわけじゃなかった。ただ、せっかく二人で暮らし始めたのに、こんなにも夜にすれ違うなら、一緒に暮らす理由がわからなくなったのだ。時には夜ご飯を作って待っていた日もあった。仕事で帰りが遅くなることを見越して、私もお腹がすくなか、彼の帰りを待った。けれど彼からの、「今日はご飯はいらない」の返事は、だいたい二十二時前にくる。限界だった。 これからもし結婚なんかしたとして、どうしてこのすれ違いを我慢できるんだろう。
「ねえ、どうして? どうして、帰ってこないの? すぐに連絡くれないの? 私だって、働いてるのに」
言っちゃいけない言葉だってことは重々分かっていた。 この「?」の連発を、男の人はとことん嫌っている。要は、“重い”らしい。分かる。 分かってはいるのに、私は自分自身の言葉を止められなかった。
「仕方ないだろ。仕事なんだから。愛美だって、俺が早い日は帰ってこないじゃん。突然友達と遊びに行くじゃん。自分のことだけ棚に上げんなよ」
黄色い点滅が、頭の奥の奥に見えて、気が付くと机の上はぐちゃぐちゃだし、浩太は出ていくし、私は一人寂しく窓の外を眺めた。
私、この先どうなるんだろう。
二十代も後半に差し掛かり、浩太と結婚するとばかり思っていた。もしも彼がこのまま帰ってこなかったら? 私、一人になっちゃうんだろうか。 想像すればするほどゾッとして、身震いした。 この歳で長く付き合ってきた人とお別れをする恐怖。 結婚、出産、子育て、どれをとっても、明るい想像ができない。
「あーもう、誰か教えて。私、どうなるの?」
誰も教えてくれるはずもないのに、そう叫ばずにはいられなかった。本棚の上にちょこんと座っているくまのぬいぐるみが、つぶらな瞳で私を見つめている。「ぬいぐるみ、捨てないの」と浩太から何度も聞かれた。この歳になってぬいぐるみ部屋に置いているなんて、いたいよ、と言われたような気がした。でもそんな彼の言葉は軽く聞き流した。
「教えてあげる。あなたの未来」
突如、どこからから聞こえてきた謎の声に、ぎょっと肩を震わせた。
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