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 ここにいるのは将来のお得意さまなのだわ……。そう思って、アニーはシリルを見た。とたんにシリルが重要な存在に思えてきた。アニーは笑顔を作り、優しい声で話しかけた。


「化石が好きなら、ぜひ、うちの店へ。いろんな化石を取りそろえてますよ。居間を飾るのにふさわしい、美しく洗練されたものを――」

「うん。レイトンさんの居間にもいろんな化石が飾られていたね」

「すばらしかったでしょう? あれのいくつかはうちのものなんです」


 化石店には地元のあまり裕福ではない人々もやってくるけれど、お金持ちの観光客もたくさんやってくる。シルクハットの紳士に日傘のレディ。彼らがどうして化石を欲しがるのか最初は不思議だったけれど、アニーは次第にこう思うようになっていった。


 彼らは居間の飾りが欲しいのだ。やってきた客に見せびらかすことができるものが。化石は変わってるし、奇妙だし、美しいものもあるし、インテリアとしてなじむものもある。それに知的だ。ここが大事。化石はこの世界の過去を知るという学問に通じていくものだし、それが居間にあるというのはその居間の持ち主を立派に見せることだろう。


 要は見栄の問題なのだ。


 でもレイトン姉妹はそうじゃないけどね、とアニーは思った。あの人たちは純粋に興味があって、学問的な好奇心があって、化石が好きなのだ。だから化石をただ飾るだけじゃなくて、それについて勉強もしてるし、アニーにもいろいろなことを教えてくれる。


 商売は誠実でないとね、という母親の言葉をアニーは思い出した。そうよ、あたしは少なくともレイトン姉妹に対しては誠実だ。それはあの人たちが化石に誠実だからだし、それにあたし自身にも誠実に接してくれるからだ。


「僕の周りの女性たちは化石好きが多いのかな。姉さん、レイトンさん、そして君」


 シリルが言った。そしてなぐさめの色をこめて、続けた。


「でも残念だね。女性は学者になれないから」

「何の話?」

「姉さんが化石好きだって言ったよね。姉さんは勉強が好きなんだ。地質学ってやつを勉強してて――でも姉さんは地質学者になることはできない。だって女性だから」

「そうね」


 レイトン姉妹のところに大学の先生たちがやってくるけれど、彼らがみな男性であることはアニーも知っている。大学という場所は男性だらけであるらしい。それにある程度お金がなければ入れないだろうし、貧しく、女性であるアニーには全く縁のないところだ。


 アニーとシリルと、どちらともなく歩き始める。それにアモンがついてくる。


 シリルが歩きながらしゃべる。


「父さんや母さんが、あなたもエリザベスくらい――あ、エリザベスって姉さんの名前ね――勉強熱心だったら、って言うよ。いや僕もそれなりに学校の成績はいいよ、悪くはないんだよ。でも姉さんほどのめり込むということがなくてね……。そう、姉さんは結婚するんだよ」

「それは……おめでとう」


 突然の結婚報告に、アニーはまたもとまどいながら祝福を贈った。


「うん、まったくおめでたい話なんだ。ところがどうだろう、姉さんはあまりおめでたくなさそうなんだ。嫌だと言ってるわけじゃないんだよ。婚約者とも仲良さそうだし……ああ、この婚約者が姉さんに夢中でさ。姉さんは美人なんだ。僕に似て」


 シリルが大まじめに言って、アニーを見た。アニーもまたシリルを見た。たしかにシリルは美しい顔をしているけれど……アニーは小さな声で「そう」とだけ言った。


「婚約者はクラークさんという人で、いい人なんだよ! 僕はこの人が好きなんだ。豪快な人でね。体が大きくてスポーツマンで、乗馬と狩猟が得意で、明るくて愉快な人なんだよ! 一緒にいるとこっちまで愉快になっちゃう。こういう人が僕の義理の兄になるってすごくよいと思うんだけど、でも姉さんはどういうわけか、最近元気がなくてねえ」

「女性は――そういうものなんじゃないの?」


 足元を見ながらアニーが言った。化石を採集に来たという目的を忘れてはいけない。


「そうなの?」


 きょとんとしたシリルの声。


「あたしも結婚したことがあるわけじゃないから、よく知らないけど……。でもなんていうのかしら? 結婚前の女性が憂鬱になる話って聞くじゃない? たぶん、環境がすごく変わってしまうから。それが不安なんじゃないかしら」

「姉さんも――不安なのかな」

「そうなんじゃない?」

「結婚相手はいい人なのに?」

「そうであっても、よ」

「姉さんは彼を愛してないのかな」

「愛していたとしても、どうしても不安はあるもので――」


 何の話なんだこれは、とアニーは思う。どうしてあたしはついさっき会ったばかりの少年と、まだ見たこともない彼のお姉さんの結婚話をしてるの?

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