1-3

 化石採集ができるのは潮が引いているときだけだ。潮が満ちたら陸地がなくなってしまう。アニーの母親であるマギーはアニーに注意する。潮が満ちる前に帰ってきなさいね、と。大丈夫よ母さん、といつもアニーは答える。私は父さんととても幼い頃から化石取りをしてたんだもの。潮の満ち引きはちゃんと頭に入ってるわ。


 いくつかの石を拾い、アニーは家へと帰って行った。




――――




 それは小さな店だった。坂道の途中にある小さな小さな化石店。そこにアニーの一家は住んでいる。


 家に帰れば、石から化石を取り出す作業が待っている。これは売り物にしなければならない物なのだ。客が見てすてきだと思い、お金を払ってでも欲しいと思う物にしなければならない。


 アニーは慎重に化石をきれいにしていく。みがいたり、時には多少の手を加えることもある。


 美しい貝殻を拾ってアクセサリーに仕立て、それらも店で売っている。アクセサリー作りは手先の器用なジョンの仕事だ。


 ジョンは家具職人見習いのほうも忙しく、アニーが家に帰ったときも留守だった。店番は母親であるマギーがやっている。


 マギーが家事をするときは、アニーの出番だ。アニーは小さな小さな店のカウンターの後ろに座った。


 アニーは自分たちの店が好きだった。


 ベイカー化石店。薄暗く小さなお店。棚に並べられたいくつもの化石たち。でもね、これはとても面白い物たちよ、とアニーはいつも思っている。遠い遠い過去のことを、ほんのちょっぴりあたしたちに見せてくれる魔法の石。


 あたしは魔法の店の店主なのよ。


 実際は母であるマギーが店主なのだ。でもアニーは自分のほうが化石の知識があるのに、と思っている。


 日が暮れれば兄のジョンが帰ってくる。店も閉め、家族3人で夕飯だ。


 具の少ない薄いスープとわずかばかりのパンと。決して豪勢ではない食事で量も多くはないが、仕方がないとアニーは思う。あたしの家には父さんがいないし……それに、どこの家もそんなに裕福ではない。まあ、昨日越してきた、お屋敷に住む一家は違うのかもしれないけど。


 夕飯の席で、その一家の話が出た。


「あたしと同い年くらいの男の子がいるんだって。ベッキーが言ってた。それからその子のお姉さんと両親」

「化石に興味はあるかなあ」


 スープをすくいながらジョンが言う。


「興味があるといいんだけどね」


 アニーは言った。大事なのはそこだ。もし彼らが化石に興味を持っており、ベイカー化石店でせっせとお金を使ってくれるなら――。そうならば、アニーたち家族はとても助かることになる。


「あたし、お金持ちって好きだわ」


 アニーはパンを飲み込み言う。ベッキーは玉の輿に乗るのかもしれないけれど、あたしは美しくないしそれは無理だから……でも、商売の相手としてはお金持ちは素敵。


 アニーの言葉にジョンはにやりと笑った。


「金持ちで、ケチでないやつならね」

「そう! そこが大事!」


 アニーが笑って言う。マギーがまじめな顔をして口を出した。


「商売に大切なのは、誠実であることですよ。どんな客であってもね」


 けれどもお金が有り余ってる相手からは少しくらい多めにまきあげてもいいのではないかとアニーは思うのだった。


 もっとも、もちろんそんなことはしないけれど。




――――




 翌日もアニーは海岸へと向かった。アモンも一緒に。崖と海に挟まれた、石ころだらけの陸地を歩いてく。石は不安定だし、今日は濡れていてすべりやすい。けれどもアニーは歩きなれているので平気なものだった。


 突然、声をかけられた。


「君がアニー・ベイカーだね」


 男の子の声だ。アニーは声のしたほうを振り返った。そこに一人の少年が立っていた。


 黒髪に濃い青の瞳。派手ではないが品のある、よい服装をしている。一目で裕福な家の子だとわかる。育ちも人柄も良さそうなきれいな顔立ち。でも見たことのない顔――。


 お屋敷に引っ越してきた家の子だわ! アニーはたちまち思った。ベッキーがきれいな顔をしてるって言ってた。だからきっと、この子がそう――。


 でもなんであたしの名前を知ってるの?


 アニーは警戒しながら答えた。


「そう……だけど」


「僕はシリル・ヒース」近づきながら、少年は、シリルは言った。「つい最近、ここに越してきたんだ」


 やっぱり、お屋敷の子なんだ! でも、どうしてあたしの名前を――。


「なんであたしの名前を知ってるの?」


 アニーは尋ねた。アニーは一歩も動いていないけれど、シリルはすでに、アニーのすぐそばまで来ていた。


「レイトンさんから聞いたんだよ。君の話を」


 レイトン姉妹のことだな、とアニーは思った。レイトン姉妹は町に住む、お金持ちの姉妹だ。昔、まだアニーがもっと幼くて、父親が生きてきて、化石店もなく海岸沿いの小さな家に住んでいて、その家の前で細細と化石を売っていた頃、アニーはレイトン姉妹と出会ったのだ。まだ5歳ほどのアニーに声をかけて、姉妹は化石を買ってくれたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る