しいたけと僕と看守長
かなん
しいたけと僕と看守長
私は生まれてからずっと妄想をしている。
私の記憶上、最古の妄想は5歳の頃。保育園での話だ。
5歳の僕はしいたけが食べられなかった。
アレルギーなどそう言った事情はなく単純なこと。
感触と臭いが吐き気を催す。
奴のあの感触と臭気を文字で表現する事は恐らく大人になり様々な言葉を得た今でも表現が難しい。
そんな5歳の私は妄想した。
バレずにやり過ごすにはどうするべきかを。
常に。
お昼寝の時間も、
みんなで芋を掘り起こす時も、
プールの時間も。
ずっと。ずっと妄想した。
悪夢の様な時間は決まってお昼時に訪れる。
(私はみんなの視線に映る誕生日席に毎度の事座らされていたが未だに何故、誕生日席なのかと疑問の霧が拭えない。)
毎日長方形の長テーブルの誕生日席が私の席だった為、大胆な行動はできないと5歳児ながら気づいていた私は妄想を具現化した。
素早く。
穏便に。
違和感なく。
証拠を残さず。
最初に妄想した作戦はこうだった。
食事を済ませ残った大量の椎茸を口に含みバレずにゴミ箱に吐き捨てる。という大胆かつ効果的な案だった。それに証拠を残さず違和感もなく更には穏便。
これはすぐに実行だ。
失敗に終わった。
理由は簡単、何故なら口に含むだけで嗚咽がしてしまう為であった。
却下。
次に妄想の具現化に成功した例はこうだ。
大量の奴を皿の下に忍ばせ片付けの間に皿をスライドさせ鍋にリリースすると言うなんとも穏便かつ証拠が残らない作戦。
だがすぐに却下せざるを得なかった。
5歳児の私は現状が全く理解できていなかった。
私の席は誕生日席。
目の前に稲葉先生、いや稲葉看守長と呼ぶべき悪魔が目を光らせていた。
それに左右を固めていたのは仲の良い友人たち。
否、今思うとただ広い空間に押し込められた囚人。同房の仲間と呼ぶのが正しいだろう。
そんな同房の仲間に一瞬でも奴を皿に忍ばせる行為が目の端を掠めたのならば、看守長のご機嫌を取る為すかさず同房の仲間たちは私を裏切り叫び出すことがわかっていた。
よって却下。
最終的に辿り着いた最良の妄想がこれである。
誕生日席を大いに利用し且つ素早い方法、、、
机の下から奴をぶん投げる。
一見証拠が残る、違和感しかない、全然穏便じゃない等の批判は幼いながら覚悟していた。
だがこれが成功すれば関係ない。
全てが丸く収まるそう確信した私はその日のお昼時に実行した。
まず机上の端に奴を違和感なく素早く移動させ机の下で構えていた手のひらにまんまと奴を落とす事に成功した。
両の腕をダラんと下に垂らしまとめた奴を左手で奴を何体かつまみそのまま出来るだけスナップを効かせ稲葉看守長側に飛ばす。
少ない数の奴を何度か飛ばし遠目で確認した限りでは大量の奴は稲葉看守長の足元や同房の仲間達の足元に満遍なく飛ばされていた。
残すは証拠、違和感、穏便か否かに関しては既にクリアしている。方法もクソもないからである。
それら全ての懸念は無視。
そう無視だ。ただ我関せずと言う面持ちで強い意志を持ち食器を片すのだ。
片付けが終わる頃には大広間に用意されている布団で同房仲間と先程の戦場の様子を伺いつつ談笑した。
私はいかにも笑ってはいるが、その目はとても鋭い眼光をしており、その目は稲葉看守長に向いていた。(と、思う。)
皆が片付けを終え看守長が机を移動した時に皆が気づくが時、既に遅し。
床に転がった大量の奴を発見したところで私は既にそこにいない。脱獄に成功したのだ。
誰の仕業か確かめる術はない。
確かにそこに証拠はある、その場はとても穏便ではないだろう。それに違和感が現場を動かずそこにある。
だが私はそこにいなかった。
犯人探しをしたところで見つかるはずもない。
誰もやってないと言うのだから。
仮に犯人探しに躍起になった所で疑われる可能性が一番低いのは私だ。
なぜなら5歳児とは到底思えないスナップを効かせた完璧なスローイング。
その完璧なスローイングで飛ばした奴は看守長の想像をはるかに超えていた為である。
「まさか、あそこから飛ばすなんてありえないもんね」
そう当時の私には聞こえた気がした。
既に私は、穏便、違和感、証拠の外にいる存在だった。
「これぞ完全犯罪…」そう私は囁いた。(ここだけフィクション)
私はこの方法で悪魔の時間と悪魔の看守長の目を掻い潜り見事脱獄に成功したと言うわけだ。
そして妄想が現実になった瞬間でもある。
以後その保育園では七不思議として刻まれたであろう。
お昼時に訪れる謎の椎茸散乱事件として。
私は生まれてからずっと妄想をしている。
そして我々はそれを現実にすることが出来る。
妄想こそ成功の第一歩だ。
しいたけと僕と看守長
完
しいたけと僕と看守長 かなん @katawarekanan
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