第2話 夜
高校入学以来ずっとボッチの俺が、クラスメイトの可愛い女子と夏休みの思い出作りをすることになったと言ったら信じてくれる人はどれくらいいるだろうか。もし俺がその女の子に3万円払っている事実を話せば半分くらいの人は信じてくれるに違いない。だがもう半分の人は通報するだろう。
一応言っておくがそのクラスメイトこと「山中さん」は別にイイコトをさせてくれるワケでもなく、手を握るどころか一緒に写真に写ってもくれもしない。山中さんと半日過ごして俺が得たのは男達の集団にケツを蜂(はち)の巣にされかけるという、何が起こったらそうなるのか一切不明のトリッキーな体験だけだった。
うん、金返せ。
いや、まだ焦るような時間じゃない。俺と山中さんはこれから二人で夜の山に登るのだ。何も起きないわけがない。そう、何も起きないわけがなかったのだ。
***
俺は夕日の差し込む山道を上りながら不安にかられていた。
「ねえ、山中さん。もう日が暮(く)れるよ」
「そうだね。今19時くらいかな」
俺の少し前を歩く山中さんは素っ気ない返事を返してくる。なぜ俺たちが山を登っているのかと言えば、山中さんが「山に行こう」と言ったからで、何故山に行くのかと聞けば
・「祭りに行く」
・「肝試(きもだめ)しをする」
・「ホタルを見る」
ためだという。ちなみにこれは三万円の代償(だいしょう)として俺が夏休み中にやりたい項目として挙げたものであり、山中さんはそれを今日一日で終わらせようとしているのだ。
「あのさ、山中さん。肝試しとホタルは分かるんだけど、こんな山奥で本当に祭りなんかやってるのかな?」
「これから始めるの」
始める? 二人で? きのこ祭りでも開催(かいさい)するつもりなのだろうか。普段の俺なら妄想力たくましく「グヘヘ、ほら僕のココに大層立派なシメジが生えているよ」とか考えているところだが、何せ今いる場所は無事に帰れるかも怪しい不気味な夜の山道である。余計なことを考える余裕などない。
しかし俺の心配をよそに山中さんはどんどん山の中に踏(ふ)み込んで行く。やがて陽の光も届かなくなり俺たちはスマホの光を頼りに山道を歩くことになった。夜の森の中はあまりにも不気味である。今まで聞いたことのないようなケモノの声はまるで亡霊(ぼうれい)の叫び声のように響(ひび)き、葉のかすれる音でさえ俺を正気でいられなくする。
「ど、どこに向かってるの山中さん……?」
「山の中」
「いや分かっとるわ!」
今の返答でも分かることだが、ぱっと見ショートボブの髪型(かみがた)に伏(ふ)し目がちで大人しい見た目の彼女はどうやらとても変わった人のようだ。それも一番大事な感情の一部が欠落しているように感じる。
「ついたよ」
山中さんは俺の方を振り返って言った。
その山中さんの背後を見ると細い道の先に月明かりが降っている。どうやら開(ひら)けた場所があるようだ。良かった! 明るい場所に出られるぞ! 俺は急に元気が湧いてきたような気がして足早に道を歩いて行った。
辿(たど)り着いた場所ははたして円形に開けた空間だった。先ほどまでの傾斜(けいしゃ)の険しい山道とは打って変わってほぼ平らな地面になっており、背の低い植物が一面に生えている。
「ここで、何をするの山中さん……?」
「だから、祭りと肝試しとホタル見物だよ」
俺はますます意味が分からなくなってきた。どう見ても近くにホタルのいそうな川はないし、祭りと言っても人はいないし、肝試しであればさっきまで通ってきた山道をそのまま降りる方が手っ取り早い。何より、どうやって三つ一気に済ませようと言うのだろうか。
すると山中さんはカバンから水筒を取り出した。
「山中さん喉(のど)乾(かわ)いたの?」
「ううん、祭りの準備をするんだよ」
相変わらず会話が噛(か)み合わない。
「いやいや、祭りったって周りに人いないじゃん! 夏の祭りって言ったらもっと明かりがたくさん付いてて人もたくさん居て活気のあるもんじゃないの?」
「そうだね。これからそうなるよ」
糠(ぬか)に釘(くぎ)である。俺は黙って山中さんのやる事を見守ることにした。
山中さんは水筒の口を開けて立ち上がると、縦横無尽(じゅうおうむじん)に走りながら中に入っている液体を地面に撒(ま)き始めた。月明かりの中、森の広場を走り回る彼女の姿はどこか神秘的で、まるで妖精(ようせい)のようだと俺は思った。
しかし彼女の垂らす液体が金色に光ったのを見てから俺の危険信号が灯(とも)る。午前中に山中さんが奇妙な薬を使うところを見たばかりだからだ。
「ここはね」
少し息を切らせながら帰ってきた山中さんが口を開いた。
「ここはね、昔処刑場だったんだよ」
俺は絶句した。何その この状況で一番知りたくなかった情報!?
その時だった。
さっきから地面がモコモコ動いているなあ、やだなあ怖いなあと思っていたら、青白い物体が勢いよく地面から突き出してきた。ここで「最近のタケノコは成長が早いなあ」と呑気(のんき)に構えておく余裕は俺にない。
何故ならその突き出してきたものが青白い人の手で、その上で俺の足に掴み掛かってきたからだ。それはとてもとても冷たい手だった。
しかしあまりにも思考の追いつかない状況下で俺は却(かえ)って冷静だった。
「ねえ山中さん」
「何」
「なんか死人の手みたいなのが俺の足掴んでるんだけど」
「そうだね」
「他に俺に対して何か言うことがあるんじゃないの?」
「うーん、モテモテだね?」
そうじゃないだろ! とツッコミを入れかけた時、山中さんがいきなり水筒を俺めがけて振り下ろしてきた。思わず手でガードするが、衝撃(しょうげき)が響(ひび)いてきたのは足の方からだった。
「躊躇(ちゅうちょ)してたら駄目だよ」
そう言って山中さんは何度も何度も執拗(しつよう)に水筒を叩きつける。
恐る恐る足元に目をやると、先ほどの青白い手が無残な姿を晒(さら)している。
「はあ。もうこの水筒使えないや」
「そういう問題か!? いやそれより山中さん、さっき水筒で何を撒(ま)いてたの?」
「死者を蘇(よみがえ)らせる薬だよ。見ればわかるでしょ?」
「分っかるわけねえだろ! なんでそんな事してくれてんの!?」
「肝試しするんでしょ?」
「誰もそんな本格的なのは求めてないわ!」
「あ、ほら広場を見渡してごらんよ」
山中さんがやけに嬉しそうに言うのでグルリと見回すと、まるで昼間のように明るい。明るいのだが日差しのような明るさではなく、ユラユラと生気のない光の球があちらこちらで発光していることで不気味に照らされているのだ。
そう。火の球である。
広場中から浮かび上がってくる青白い火の球に俺たちは取り囲まれてしまっている。もう駄目だ死んだわ俺。
「これで『ホタル見学』消化ね」
山中さんは一人で頷(うなず)きながら言った。
「いやどう見ても火の玉だろこれ!」
俺は半分泣きながら叫んだ。
「でもホタルより綺麗(きれい)だし光も大きいよ。よく見てみなよホラホラ」
「見たくないの止めてぇ!」
女の子みたいな声を出したところで状況は更に悪化していく。ところで先ほどから掠(かす)れるような呻(うめ)き声がたくさん聞こえるようになってきたのだがこれは何だろうか。そこで改めて火の玉に照らされている広場を見渡してみて、何が俺たちに迫ってきているのかが鮮明に分かるようになった。
次々と地面から這(は)い出してくるのは人型をしたモノたちだった。
爛(ただ)れた皮膚(ひふ)
そこに集(たか)る虫
聞いているだけで地獄に引きずり込まれそうなうめき声
そう。ゾンビの群れである。あまりにもファンキーな状況の中で俺は既に正気を保つことと、漏(も)らさずにいることで精一杯だった。
「じゃあ写真 撮(と)ろうか」
「正気か!?」
平然とスマホのカメラを起動させようとしている山中さん。もうここまで来ると心臓が鋼で出来ているか、そもそも空洞なのかどっちかだ。
「だって人いっぱいいるよ? 」
「死人じゃねえか!」
「『こんなにたくさんの人に囲まれて俺幸せ者』って写真とともにツイートすればいいじゃん」
「どんな人生を送ってきたらそんな発想ができるんだよ!」
しかし俺たちが話している間にもゾンビたちは近づいて来る。
「無理無理! 絶対無理!」
「もしかして虫苦手なの?」
「そっちじゃねえよぉ!」
オオオオオオオオ
まるでサイレンのような、体を震(ふる)わせる音が俺たちを包み始めた。
「何の音?! ねえ何の音!?」
「ゾンビの声みたいだね」
「もしかして、山中さんにはなんて言ってるか分かる……?」
「『絶対に呪い殺してやる』って」
ひいいいいいいい!
「よかったね」
「良くねえよ!」
「何でそんなに慌ててるの?」
「逆になんでそんなに落ち着いてるんだよ!」
「だってこれ直ぐに効果切れるんだもん」
次の瞬間、俺たちの直前まで迫っていたゾンビたちは泥(どろ)のように溶(と)け始めた。
***
ゾンビが完全に崩(くず)れ去った後、俺はその場にへたり込んでしまって動けなかった。
「早く帰ろうよ」
山中さんは俺の隣に立って伸びをしながら言った。
「も、もうちょっと待って……今腰が抜けて立てないから……」
すると山中さんは俺の横にゆっくりと膝(ひざ)を抱く形で座った。
「楽しかった?」
そんなわけないだろう、と言いたかったのだが、あまりにも勢(いきお)いよく腰が抜けてしまったため突っ込む気力も湧(わ)いてこない。代わりにこの一日に起こったことを思い返してみる。朝はプールで欲情した男達に追いかけられ、夕方まで怯(おび)えながら身を隠(かく)し、今度こそ夏らしいことができると思ったら今度はゾンビに殺されかけたというわけだ。どうしようもないくらい酷い目にあった一日だったが、それでも……。
「まあ、いつもの休日よりは楽しかったよ」
「そっか」
そう言って山中さんは、俺が知っている限りでは一番の笑顔になった。
可愛い。
その顔を見ているとまた俺の欲望が湧いてくる。
「あ、山中さん、あのさ!」
「何」
「今度は海に行ってみない? 実はすごい綺麗(きれい)な砂浜なのに、人が来ない穴場知ってるんだ!」
俺は勢いに任せて叫んだ。どうやら今日一日あまりにも非現実的な恐怖にさらされた俺は少しだけ肝が据(す)わってきたようだ。
山中さんはより一層明るい表情になり、俺に手を差し出して言った。
「二万円」
おわり
夏休みにクラスで一番可愛くてイカれた女子とプールに行く。その後山にも行く。 忍者の佐藤 @satotheninja
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