夏休みにクラスで一番可愛くてイカれた女子とプールに行く。その後山にも行く。

忍者の佐藤

第1話 昼

 



 明日から夏休み。世間一般の学生たちはこの時を待ちに待っていたことだろう。友達や恋人と共に思い出を作り、羽目を外したりハメハメしたりするに違いない。俺以外は。


 何を隠そう俺はボッチだ。高校生になって最初の自己紹介のときにやった渾身(こんしん)の一発ギャグ「納豆を食べるエリマキトカゲ」が滑って以降ずっと孤独な学校生活を過ごしている。学校にいる間中ボッチの俺には四方八方から色んな精神攻撃が飛んでくるが、そんな俺の精神を最も削(けず)ったのは家に居ても見ることの出来るSNSの存在だ。


 そんなの見なければいいだろと言われればそれまでだが、俺はどうしても気になって見てしまう。いったん目を向ければクラスメイトたちはこぞって「我こそはリア充なり」と呟(つぶや)き写真を載(の)せまくっている。

 スタバ! カラオケ! ボーリング!


 対して俺は

 ボッチ! ボッチ! ウンチ! ワオ!

「どうすればいいんだ!」

 俺は焦燥感(しょうそうかん)と悔しさを抑えきれず教室の隅(すみ)でひとり頭を抱えた。きっとクラスメイト達は今までにも増して俺の心を抉(えぐ)りに来るだろう。俺はどうやって精神を保てばいいのか。いっそ山(やま)籠(ご)もりでもして瞑想(めいそう)を極めたりした方が健康的かもしれない。


 ため息をつきながら頭を上げた俺は視界の端(はし)に人をとらえる。ショートボブの黒髪(くろかみ)に雪のような白い肌をした女性。クラスメイトの山中さんだ。彼女は普段から他のクラスメイトたちと一定の距離を置いている謎の多い存在だ。俺が彼女について知っていることと言えば「黒魔術部」なる怪(あや)しさMAXの部活に所属しているということだけだった。


 終業式が終わってしばらく経つのになんで残ってるんだろう、と考えていた俺は思いついた。

「や、やややや山中さん!」

 俺は全身から勇気を振(ふ)り絞(しぼ)って声を掛(か)けた。肩にカバンを掛けようとしていた山中さんはコチラを見る。

「何」

 山中さんはほとんど口も動かさないで返答する。


 だがここで怯んではいけない。ここで引けば冷房の壊れた蒸し暑い部屋に懲役(ちょうえき)30日が確定してしまうのだ。

「ななな夏休み、もっももっももしよかったら俺と遊ばない!?」

 言った! 勇気を出して言ったぞ! あんなに失敗を恐れて踏(ふ)み出せないでいたのが嘘のようだ。


「なんで」

 興奮していた俺だが山中さんの冷め切った声でシラフに戻ってしまう。

「あ、その、嫌(いや)ならいいんだけどさ、山中さんと一緒に遊べたら楽しいかなー、なんて」

 するとそっぽを向いていた山中さんが急にこちらへ向かって来た。予想外の行動に驚(おどろ)いて後ずさった俺のすぐ前まできた山中さんは口を開く。


「三万円」

「えっ?」

「だから、三万円くれたら遊んでもいいよ」

 友達料かよ! 普段全然話さない人だと思ったらこんなビジネスライクな人だったなんて! しかしいくらなんでも三万円はキツイ。


 俺の貯金を全て崩(くず)せば足りないことはないが、そんなことをしたら明日から何も買えなくなってしまう。ここでハイ分かりましたと三万円渡すのは女に目のくらんだ猿(さる)のやることだ。

「山中さん、今手持ちが無いから払うのは今度会ったときでもいい?」

 女に目のくらんだ猿一匹。私です。


「いいけど。で、何して遊ぶの?」

 山中さんは近くにあったイスに腰をかけ膝(ひざ)を組んだ。

「えっと、やっぱり夏だしプールに行きたいなあ」

「それだけ?」


「あとは祭りに行ってみたいし、肝試(きもだめ)しもしたいし、あとはホタルも見に行きたいな! とにかく刺激的な夏休みにしたいんだ!」

「欲張り」

 山中さんの囁(ささや)くような声に何故かドキッとする。


「ま、いいけど」

 と言って山中さんは立ち上がった。「いいけど」ということはOKサインだと捉(とら)えて良いのだろうか。

「それじゃ明日朝10時に『サバプー』集合ね。全部明日一日で終わらせよう」

 ちなみに『サバプー』というのは高校の近くにある市民プール『鯖(さば)浜(はま)プール』の略だ。


 いやそれよりも

「い、いや流石に一日じゃ終わらなくない!?」

「いけるいける。それじゃ明日遅れないでね」

 山中さんは立ち上がるとスタスタ教室を出て行ってしまった。



 ***



 翌日、プールの入り口前で集合した俺たちは着替えるために一旦別れ、着替えてからプールサイドに再集合することになった。


 先に着替え終わった俺はプールサイドで山中さんを待っていた。平日ではあるものの夏休みが始まっただけあって学生の客が多いように感じる。特に目立つのはカップルだ。連中は手を繋(つな)いだり水を掛け合ったり、まるで俺に見せつけているかのようだ。


 普段の俺なら精神崩壊一歩手前まで追いやられる光景だが今の俺にはノーダメージだ! 何せ超絶美人の山中さんと一緒に来たんだもんね! 3万円払ったけども!


 待っている間中俺はずっと悶々(もんもん)としていた。これから夢にまで見た「女の子とのプールデート」を体験するのだ。健全な高校生の俺が悶々せずにいられるわけがない。

「お待たせ」


 そっけない声のした方を見ると山中さんが歩いて来ている。しかし俺はその姿を見て若干がっかりした。山中さんの着ていたものが長袖(ながそで)パーカー型の水着だったからだ。

「どうしたの」

 俺の落胆(らくたん)具合(ぐあい)に気づいたのか山中さんが話しかけくる。


「いや、なんでもないよ」

「もしかして水着にがっかりしてる?」

 俯(うつむ)いたまま歩き出そうとした俺はびっくりして顔を上げる。どうして分かったのだろう。

「え、いや、別にがっかりしたとかじゃないんだけど、俺が思ったのと違うなーって」

「ちゃんと下にビキニ付けてるよ。でも泳がないし焼けちゃうから」


 淡々(たんたん)と喋(しゃべ)る山中さんはパーカーのファスナーに手をかけ、いきなり下に引き下ろした。ファスナーの間からは普段見ることの出来ない豊かな胸がのぞく。デカイ。

「満足した?」

「あ、いや……」


 俺がどもっていると今度は両手でパーカーのファスナー部分を掴(つか)んで左右に広げてみせた。真っ白なビキニの下からはち切れんばかりに膨らむ白い肌が俺の視線を釘付(くぎづ)けにする。その突然の行動に俺の顔に乗っているすべてのパーツが通常の二倍〜三倍に拡張(かくちょう)されていた。


 そのまま3日間くらい眺め続けていたかったのだが山中さんは素早くファスナーを上げてしまった。

「もういいいでしょ。それで、プールで何かしたかったんじゃないの?」

 山中さんは俺の横に並び、太陽の光を反射してキラキラ光るプールを眺(なが)めながら言った。察(さっ)しが良いな。


「そ、そうなんだよ。写真を撮(と)りたいんだ!」

「なんで?」

「SNSに載せるから!」

「私写真には写りたくない」

「えっ、いいじゃん! 一緒に写ろうよ!」

「嫌」


 そう言って山中さんはそっぽを向いてしまう。そんな……。せっかくリア充アピールできると思ったのに。

「そういえばなんで写真をSNSに載せたいの?」

「じ、自慢したいんだよ! 俺はボッチじゃないぞーって!」

 すると山中さんは目を細めて俺の目を見つめ始めた。あれ、俺何かマズイ事言ったか? 


「ま、いいや。お金もらってるし」

 そう言って山中さんはバッグから小瓶(こびん)を取り出した。中には透明度の高いピンク色の液体が揺(ゆ)れている。

「それ、何?」

「惚(ほ)れ薬」

「ほっ?」

「惚れ薬知らない? これを飲んだり体に吸収したら相手の事を好きになっちゃう薬」


 そんな便利なものが!

「それをどうするの?」

 すると山中さんは小瓶を俺の手に握(にぎ)らせた。

「自分が異性に囲まれているところを強く心で思い描きながら一(いっ)滴(てき)プールに垂らすだけでいい。そうしたら欲情した女の子が君のところに集まってくるよ」

「本当に?」

 俺は今にも飛び上がりそうだった。なんとハーレムを作れるチャンスが来たのだ!


「うん。私がスマホで撮影(さつえい)しておくから思う存分イチャついてきたらいいよ」

「さっそく行ってくる!」

 俺は意気揚々とプールに向かって歩いていく。リア充デビューどころの話ではない。これを機に俺はいろいろと卒業出来てしまうかもしれないのだ。プールの縁(へり)に腰掛けた俺は瓶(びん)の栓(せん)を抜きにかかる。が、抜けない。中々抜けない。あれ? おかしいな。


 欲望に突き動かされる俺は「裸の女性たちに囲まれる自分」を想像しながら力任せに引っ張った。

「ゴメン薬を間違えた!」

 という山中さんの叫ぶ声が聞こえたのはちょうどその時だったが遅かった。栓(せん)が抜けて一気にあふれ出した薄(うす)ピンク色の液体はすぐにプールの水に溶(と)けていってしまったのだ。


「一滴って言ったでしょ!」

 駆(か)け付けてきた山中さんは固い表情で叫んだ。

「えっ? どうしたの?」

「あー、プールの中をご覧(らん)よ」


 訳も分からずプールの方を振り返った俺に戦慄(せんりつ)が走った。充血した目をした人たちが俺を凝視(ぎょうし)しているのだ。その人たちはまるで固まってしまったかのように一切動かない。だが惚(ほ)れ薬が効いた証拠(しょうこ)だと喜ぶ余裕は俺になかった。




 何故なら充血した目で動きを止めたのは全員男だったからだ。それも何故か皆 山男のようにひげを蓄(たくわ)え、クマのようにゴツゴツした体格をしている。

「ねえ君って同性愛者?」

「え、違うけど」

「そっか」

「えっ? 何なの?」


 山中さんの質問の意図が分からずおどおどしていると、先ほどの男たちがゆっくりと俺の方に向かって動き始めた。その異様な光景はさながら霧(きり)の濃(こ)い海から現れた無数の亡霊(ぼうれい)が俺を引きずりに来たかのようだ。


 その時だった。いきなりプールの中から現れたゴツイ手が俺の足を掴みにかかってきたのだ。咄嗟(とっさ)に攻撃をかわした俺の目の前に、水の中からゆっくりと血走った目の髭男(ひげおとこ)が現れた。なにこれホラー?


「ゴメン、さっき君に渡した薬、女の子を夢中にさせる薬じゃなくて同性を夢中にさせる薬だったみたい」

「ええっ!?」

 なんと俺はプールの中にいる同性愛者の方々の標的(ひょうてき)になってしまったらしい。


 ざっと男たちの数を数えてみる。


 10、20、30、……うん、100人くらいか。


 多い! 多すぎる! なんだこのプール!


「心配しないで」


 ここで山中さんの力強い声。


「最近HIV(エイズ)にかかっても中々死なないみたいだから大丈夫だよ」


 そういう問題じゃねえよ!


「それにこの近くに肛門科(こうもんか)の病院あるし」


 なんでそんな冷静なの山中さん!


 やがてプールの縁(へり)から上がり始める野郎共は当然のように全員水着を着ていない。


 やべえ! 俺の尻が掘(ほ)り返されちまう!


「早く逃げたら?」


 うるせえ!


 俺は今だかつてないほどの恐怖を全身のバネに換(か)えて思いっきり足を動かした。人生で一番速く走ったんじゃないかくらい速かった。


 振り返ってはいけない。振り返ってはいけないと思いつつ振り返った先にはフリチンの男たちが完全に陸上選手のフォームで距離を詰(つ)めてきている。


 あっ、終わったかもしれない。俺には走馬灯(そうまとう)が見えていた。



 ***



 そのままフェンスをよじ登ってプールから逃走した俺は日が暮れるまでずっと近くの公園の茂みに身を隠(かく)していた。

「みつけた」


 ひいいいいい!

 ビクンと肩を震(ふる)わせて振り返った先にいたのは男ではなく、山中さんだった。

「な、なんだ山中さんか……」

「楽しかった?」

「んなワケあるかぁ!」


 立ち上がった俺はめいっぱい叫んだあと、男達を警戒(けいかい)して辺りを見回す。

「もう惚れ薬の効果は切れたみたいだから大丈夫だよ」

 山中さんはため息交じりに言った。


「まったく、君を探すの大変だったんだからね」

「それどころじゃ無いんだが?! 俺の尻がハチの巣にされるところだったんだぞ!」

「されたの?」

「されてねえよ!」

「なんでそんなに怒ってるの? ちゃんと君が野郎共から逃げ惑(まど)ってる写真撮(と)ったよ?」

「だからそういう問題じゃないんだよ!」


「まあまあ。さて、プールに戻って荷物取ってきたら今度は山に行こうか」

「どうして?」

「だって祭りに行くのと肝試しをするのと、蛍を見ないといけないから」

 山中さんはプールの方にスタスタと歩き始めた。

「ほ、本当に一日で済ませるつもりなの……?」

 慌てて山中さんの横を歩きながら聞く。


「うん。夏休みの宿題はさっさと終わらせないとね」

 これ宿題なのか? 

 しかし女の子と二人で夜の山に入ると考えると急にドキドキしてきた。もしかして、もしかしてラッキーなアクシデントとか起こったりするんじゃないだろうか。ぐへへ。



 しかしこれが山中さんの用意していた悪夢の序章に過ぎないことを、この時の俺は知る由もなかったのである。



 つづく



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