第6話
カラオケボックスから1番近いファーストフードのお店に入り、狭い2人席に向かい合って座った。
「小島遼です」
座るとすぐに名前を名乗られ、そのまま期待するような目で見続けられる。
「森川……菜々子……です」
名前を告げると、さっきまでこちらを伺うようだった表情が、嬉しそうな笑顔になった。
「菜々子ちゃん、何でも奢るって言ったのに、ホントにファーストフードで良かった?」
「はい」
「謙虚なんだ」
「謙虚」と言われても、普段ファミレスやファーストフードのお店くらいしか行かないから、高いお店を知らないだけ。
それに、あまり帰りが遅くなるわけにもいかないから、ここはサクッとファーストフードで終わらせたかった。
ナンパされて、カラオケボックスからちょっと強引に連れ出され、最初はドキドキしたものの、冷静になると自分のやってることが怖くなった。
無視して帰れば良かった。
捕まえられて逃げられない、というわけでもなかったのに。
ちょっと目を離した隙に、飲み物に変な薬入れられたらどうしよう? なんて考えたら、手に持ったジンジャエールのカップをテーブルに置くことすらできないでいる。
それに、初めて会った
名前を聞かれて、咄嗟に本名を言ってしまったけれど、偽名を使えば良かった。
全部「今更」な後悔ばかり。
ずっと緊張していたから、急にポケットに入れていたスマホからメッセージを受信する着信音が鳴って、ビクリとした。
「見たら?」
本名かどうかわからないけれど、「小島遼」と名乗った
メッセージは一緒にカラオケに行っていた心春だった。
わたしの帰りが遅くて、スマホを見て着信があったことを初めて知ったと書かれていた。
カラオケボックスを出て随分時間は経っていたのに、今頃気が付いたらしく、続けて「ごめんね」のスタンプが送られてきた。
<ごめん 気分が悪くなって帰ることにした いくらか教えて 送金する>
返事は「OK」のスタンプ。
「大丈夫そう?」
「はい」
「この後どうする?」
この後?
この後なんて、なくていい。あって欲しくもない。
「帰ります」
「そう……じゃあ、連絡先交換しようよ?」
「遠慮します」
「エンリョ?」
「はい」
席を立とうとして、「待って!」と、慌てたような声を出され、周りの人の注目を浴びる羽目になった。
「頼むから行かないで」
拝むような仕草をされ、弱気な声を出される。
すぐ近くに座っていた女性に「座ってあげなよ」というような視線を投げかけられた気がして、いたたまれずまた座った。
女性はわたしがイスに座るのを見届けると、軽く息を吐き、自分のテーブルの方に向き直った。
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