第4話
お昼休憩に、お弁当を食べるため隣接する大学の教室に行くと、同じ看護科の薮内さんがいて、ひとりで牛丼を食べているのを見つけた。
向こうもわたしに気がついて手招きしてくれる。
「午前中はヘリ来た?」
「来てないよ」
「わたしが実習で入ってた時は3回くらい来て、一日中殺気立ってたから怖かった」
「ドクターヘリが飛ぶってことは、よっぽどのことだもんね」
「で、ECUはどう?」
質問してから薮内さんは牛丼を頬張った。
わたしはその横で持参したお弁当を広げる。
「うん……最初、指を切断した患者さんの受け入れ要請断るのを聞いた時、ちょっと『えっ?』って感じだったけど、その後、交通事故で運ばれて来た患者さん見たら理解した。これが3次救急なんだって」
「森川さんは何かやらせてもらえた?」
「看護師さんが患者さんの服をハサミで切ったやつを、ビニール広げて受け取ったくらい。後は壁になってた」
「そうなるよねー。わたしたちじゃまだ何の役にも立たないもん」
「10人以上お医者さんが常駐してるのに、手が足らないなんて思わなかった。もし、指を切断した患者さんを受け入れてたら、交通事故の患者さんに手が回らなかったかもしれない」
「交通事故、そんなにひどかったの?」
「うん……」
「わたしは看護師になっても救急には行きたくないなぁ。特に大学病院は3次だから、命に関わる状態の人しか来ないでしょ? いつも生死と向き合うとか心が折れる」
「そうだね……」
持って来ていたおむすびを口に入れると、中は昆布だった。
朝、お弁当を作る時、おむすびの具は昆布と鮭にした。
わたしは昆布が好きだけど――
「ねぇ、糸田さんって、わかる?」
「わかるよ」
「幼稚園実習でインフルもらって、その後の実習出れなくなって単位落としたんだって。森川さんも気を付けて」
「気をつけてるよ。手洗いも消毒もうがいも、人一倍やってる」
わたしの返事に薮内さんが笑った。
「小さな子はすぐ風邪ひくから、こっちが気をつけるしかないよね」
そこで薮内さんは時計に目をやると「ごめんっ、話しすぎた」と言って、食べる速度を上げたので、わたしも急いでお弁当を食べた。
午前中、心肺停止で運ばれてきた高齢の患者さんが、一度は意識を取り戻したものの、数時間後には帰らぬ人となった。
命は平等なはずなのに、救えるものと救えないものがあって……望まれないものもある……
抗うことのできない現実が、胸に痛みを刻み付けることで、わたしは自分の罪を償おうとしている。
周りの子達と違って、わたしが看護師を目指すのは、打算的で、自分勝手な思いでしかない。
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