第3話

電話が鳴る音で、さっきまで柔らかだった空気が、一瞬でピリッとしたものに変わる。



「受け入れを拒否します」



電話を取った医師の言葉に耳を疑った。


さっきまで冗談を言い合ってたし、余裕があるように見えるのに。

それなのに、救急隊の要請を拒否だなんて……

10床あるベッドだって2つは空いている。

埋まっている8床の患者さんも容態は落ち着いているように見える。



「A病院は? 拒否? B病院も? だからと言って、うちは3次だから。こっちからB病院に掛け合うからそのまま待って――」



電話を待たせたまま、医師はポケットからスマホを出すと、どこかへ電話をかけ交渉を始めた。




医師は、院内用PHSと自分のスマホを持ち歩いている人がほとんどだった。

実習に来て驚いたのは、受け入れ要請の電話が医師のスマホに直接かかってくる場合があること。

ほとんどは今回のように、病院に設置してある電話にかかってくるけれど、時々、専門的なやり取りをするために直接かかってくるらしい。




医師がやり取りをした後、結局患者さんは最初に受け入れを拒否したA病院が受け入れることになった。



しばらくして、梶田さんがさっきとは打って変わって真面目な顔で話しかけてきた。



「さっきの先生のやり取り、どうして?って顔してたね」


「……はい」


「3次救急の役割は?」


「命にかかわるような重篤患者さんの受け入れです」


「そう。ここは3次救急で、さっきの患者さんは工場での作業中に機械で指を切断しただけだから、うちじゃない」



「指を切断しただけ」なんて言い方……それに、十分重症だと思うけど……

命に優劣をつけるようで気が咎めた。




どんなに小さくても、例え……小さな丸い点くらいの命だとしても、それは、命なのだから。




再び鳴った電話に、今度は医師がすんなりと受け入れを許可する。



「すぐに救急車到着します。交通事故の男性」



その声に、さっきまで優しい顔だった医者や看護師の顔が引き締まり、一気に空気が張り詰めたものに変わる。

もう誰も無駄口を叩くような人はいない。



少しすると、救急車を迎えに行った看護師が、救急隊員の運ぶストレッチャーと一緒に戻って来る音がしたので、少しでも邪魔にならないよう、今いる場所よりもっと隅の方へ移動した。


実習で来ていても、指示されない限りは、邪魔にならないように壁でいるしかない。



ECUの実習は、そんなふうに始まった。

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