第4話

次男つぐお、お前なんだか疲れてねぇか?」


浩太こうたは学食でコーヒーを飲みながら、スマホをいじっている。

「最近始めたバイトがきつくてな」

「あぁ、姉ちゃんところでバイト始めたんだろ?結婚相手見つけるって意気込んでたじゃん」

「まぁそうなんだけどな」

思い出しても疲れる。

次男つぐおはため息をついた。


あれから一ヶ月。

バイトはほぼ雑用なのだが、とにかく忙しい。

叶夢かのんの弟だから出来るだろうとかなり任される上に、ごりらが見ているのでミスが許されない。

数時間働いただけで疲労が半端ないのだ。

とはいえ、本来の目的は姉の下僕になることではない。

目的は姉の結婚相手いけにえを探すことだ。

仕事をこなすことに必死になっていたが、本来の目的を思い出し、次男つぐおはまずは神原かんばらから親しくなろうと声をかけることにした。

どこで姉が見ているかわからないので、次男つぐおは神原が廊下に出たところを見計らって声をかけに外に出た。


「あの、神原さん」


神原は「ん?」と言いながら、首を傾けた瞬間、手に持った分厚いファイルも横にした。

その瞬間にはファイルの綴じが甘かったのか、中身がバサバサっと落ちていく。


「うえぇっ」


慌てて落ちないように向きを変えようとして、逆にファイルが手から離れていく。


「あぁ!」


結果、わずか数秒で、大量の書類が宙に舞う結果なった。


その後、なぜか叶夢に神原と共に次男つぐおも怒られる羽目になり、書類を元通りに片付けるように命じられた。


次男つぐおくん、ごめんね。僕がちゃんと書類を綴じてなかったから」

「いえいえ、俺が急に声かけたから悪いんで」


次男つぐおくんって叶夢さんとなんか雰囲気違うね」


「あぁ・・よく言われます。姉も兄も美形で勉強もできたから、お前だけもらわれっ子なんだろって」


次男つぐおが自虐的に笑うと、神原は手を止めて次男つぐおの方を向いた。


「あ、あの?」

次男つぐおくん、そんなこと言ったらだめだよ。僕は雰囲気が違うと言っただけで、次男つぐおくんが叶夢さんより劣ってるとかそんなことを言いたいわけじゃない。むしろ、次男つぐおくんからは優しいオーラが出てて、素敵だなって思ってるよ」

そう言って神原はにこっと笑った。

自分が女だったら間違いなく惚れてるだろう。

そこから神原と少し話すようになり、連絡先の交換までこぎつけた。


「すげぇじゃん。候補いけにえ1人目とそこまで仲良くなるとは」

面白がっている浩太を見て、次男はため息をついた。


「仲良くなると逆にあんな姉と結婚させるなんて申し訳なくて・・・」


「確かにな~。それはあるな。で、もう一人の候補いけにえは?」


「あぁ。崎矢さきやさんな」


崎矢とは神原と違って会う機会が少ない。

崎矢はフリーのライターなので、神原のように一緒に働いているわけではなく、記事のことで打合せがあったりする場合だけなのだ。

なので、次来た時には必ず声をかけなければと思っていた。

そんな時、編集長の遣いで、他のフロアに行っていた時に、たまたま崎矢を見かけた。


(これは逃せない・・・!)


「あの、崎矢さんですよね?いつも姉がお世話になってます」


「えーっと、君は・・?」


「あの、工藤叶夢の弟です。見えないですよね?ハハハ」


「あ、工藤さんの!そんなことないよ、言われてみればわかる気がする」


「今日は別の雑誌のですか?」


「いや、実は僕は雑誌の記事だけじゃなくて、色々取材して本も出してるんだよ。それの打ち合わせ」

そう言って文芸部の方を指差した。


「へぇ~!本を出すなんてすごいです!」

次男つぐおがキラキラした目で見ると、「そんな、そんな。売れてないし」と崎矢は謙遜した。

姉と違って謙虚な性格なようだ。


「どんな本を書かれてるんですか?ぜひ聞いてみたいです」

ここぞとばかりに次男つぐおは仲良くなるために踏み込んでいく。

崎矢を見る限り、まんざらでもなさそうだ。


「あ~…、今日はこの後取材があって時間がないんだ」

そういうと、ポケットの名刺入れから名刺を取り出した。

「ここに携帯番号書いとくからさ、一度電話してきてよ。いつもお世話になってる工藤さんの弟なら晩御飯奢るよ」


「ありがとうございます!」



「ってことで、今度崎矢さんとご飯行く約束までしたんだよね」


「2人目ともそこまで仲良くなるとは、さすがだな」


「崎矢さんもいい人なんだよなぁ。電話で約束した時も、気を遣わせないようにって店も選んでてくれててさ」


「いい人を候補いけにえにするのは胸が痛むか」

「そうなんだよなぁ」

次男つぐおは菓子パンをかじっていると、向こうから美園みそのがやってくるのが見える。


「あ、次男つぐおくん、浩太くん」

駆け寄ってきて、「ご飯食べてるの?一緒にいい?」と荷物を置いて、昼食を買いにお店の方へ行った。

スカートがひらひら揺れている。

今日も可愛らしい。


「かわいすぎだろ・・・」


次男つぐおはふぅと息を吐くと、再び菓子パンをかじる。

菓子パンがいつもより甘く感じる。


蛯名えびなと上手くいっても、姉がいたら先はないぞ」


いつも殴って来るごりらを想像して、身震いがした。

美園がごりらの餌食になったら・・・。


「・・・神原さんや崎矢さんには悪いけど、やっぱり姉を結婚させるために頑張らせてもらう!」

次男つぐおはスマホを開いた。

まずは、明日崎矢とご飯に行くことになっている。


絶対負けられない―

誰と戦っているのかわからないが、闘志を湧き起こしながら、菓子パンを口に放り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る