第3話

「この子が叶夢かなうさんの弟さんなんですね」

「もう1人の方の弟さんなのよね」

「いやーお姉さんの力になりたいなんて良い弟さんよねぇ」


編集部に入るとたくさんお姉さん方に囲まれて、ドギマギすることになった。


(姉さんの力になりたいなんて一言も言ってないんだけどな…)


「出来がいいとは言えないけど、何でもやらせるから可愛がってやってね」


叶夢は調子良くいうと、次男つぐおと一緒に頭を下げる。


「さぁ、自己紹介はこのくらいにして仕事に戻るぞ」

編集長の大神おおがみに言われて、それぞれの仕事に戻っていく。


次男つぐおくんには、この資料のコピーとホッチキス止め、あとパソコンは使えるよね?」


「ある程度は使えます」


「OK、じゃああとはアンケートの結果まとめてもらおうかな。詳しくはこの子に聞いて」


白井桃子しらいももこです。よろしくお願いします」


メガネをかけた小柄な桃子は、ペコリと頭を下げた。


「こちらこそよろしくお願いします」


桃子は入社2年目で最近異動してきたらしく、まだ大きな仕事や担当がないらしい。


桃子に教わって、大神に言われた仕事に早速取りかかる。

コピー機を回していると、叶夢が後ろからやってきて「完璧にこなすのよ、次男つぐお」と小さな声で囁くと去っていった。


ごりらちゃんめ」

次男つぐおの評価はそのまま叶夢の評価にもつながる。

ミスは許されないわけである。


(とっとと相手いけにえを見つけないと)


コピー機を回している間に編集部を見てみる。

圧倒的に女の人が多い。

職場で見つけるのは難しいのか—。


「工藤さん、ライターさん来ましたー!」


工藤という名前に反射的にそちらを見ると、身長180㎝くらい、ガッチしたスポーツマンタイプの男性が立っている。

歩夢あゆむには及ばないが、整った顔をしている。

年齢は30代だろうか。


(いいじゃん…!)


叶夢が満面の笑顔で迎えると、ミーティングルームに消えていく。


「あの人はどんな人ですか?」


桃子を呼び止めて聞いてみると、崎矢さきやはじめというライターで雑誌「Mignon《ミニョン》」で多くの記事を手掛けている人らしい。


「あの方独身ですか?」


「確かそうですけど…、何でそんなことを?」


怪訝な顔でこちらをみる桃子に「いや、なんでもないです」と笑って誤魔化すと、心の中でガッツポーズを繰り出した。


候補いけにえ見つけた!)


初日から順調じゃないか、と嬉々としてホッチキスで資料を止めていると、バタバタバタバタと編集部に小柄の男性が入ってきた。

20代前半だろうか。

クリクリとした目が可愛らしい中性的な顔立ちの男性だ。


「工藤先輩―!助けてくださいぃい」


少しして叶夢がミーティングルームから出て、何やら指示をしている。

それを聞いて、男はぱっと顔を明るくさせると、「わかりました!」の部屋を去って行った。


「白井さん、あの方は?」

桃子に聞いてみると、彼は神原賢介かんばらけんすけという新入社員だそうだ。

入って半年以上経つが、天然なのかミスも多く、指導担当の叶夢に頼りっぱなしらしい。


「あの方も独身ですか?」


「えぇ、そうですけど…だからなんでそんなことを?」


怪訝な顔でこちらをみる桃子に再び「いや、なんでもないです」と笑って誤魔化した。


(どちらかというと、崎矢さんの方が姉ちゃんの好みかな〜)


とはいえ、1日で2人も候補を見つけるとは幸先のいいスタートだ。


次男つぐおさん、ホッチキスで止めるの逆向きです」


桃子に言われて手元の資料をみると、左右逆に止めている。

「あっ、すいません」と言った瞬間に、ミーティングルームから出た叶夢と目が合う。


(やべッ…)


◇◆◇


「つーちゃん、どうしたの?バイト、疲れちゃった?」


次男つぐおが腰の辺りを撫でていると、歩夢が心配そうに声をかけてくる。


「これはバイトのせいじゃないから…」


ヨイショとソファーに座ると、「お疲れ様」と歩夢がお茶を持ってきてくれる。


「ありがとう」


今日の歩夢は耳のついたフードを被るとクマさんになれるファンシーな部屋着だ。


猫のだんごもぴょこっと次男の膝に乗ると、ゴロゴロと甘える。

この時間が家で唯一の癒し時間だ。


「それでどうだった?良い人いた?」


「いたよ、バッチリ」


崎矢と神原の話をすると、歩夢も嬉しそうに「2人も候補がいるんだ」と言って、「お姉ちゃんが幸せになると良いなぁ」と呑気にニコニコ笑っている。


「候補が見つかったのは良いけど、ここからだからね」


「そっか。両思いにしなきゃいけないもんね」

なぜか歩夢が恥ずかしそうなフードを被る。


「まずはどちらから攻めるかだよね。やっぱり姉ちゃんには…」


「崎矢さんだよね」

「神原さんだね」


「え?兄ちゃん的には、神原さんなの?ちょっと幼すぎると思うんだけど」


「お姉ちゃんには年下が合うと思うんだけどなぁ」


そんな話をしていると、ガチャッと扉が開く音がする。


「姉ちゃん、帰ってきた」

バンっとカバンを置く音がする。

機嫌はかなり悪そうだ。


「兄ちゃん、絶対作戦成功させような」

「うん!」

2人で手を重ねると、小さな声で「エイエイオー!」と言って、手を下ろした。

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