第2話

「…と意気込んだものの、どうしたもんかなぁ」

講義そっちのけで次男つぐおが考えていると、「ほら見てみろよ」浩太に言われて差し出されたスマホを見ると、社会人出会いの場所ランキングとある。


1位職場

2位合コンや紹介

3位マッチングアプリ


「職場か…」

姉の職場は、大手の出版社だ。

ファッション雑誌の編集をやっている。

見た目は美しく飾られているので、まさにピッタリという感じだが、次男つぐおからすればみんな騙されてるとしか思えない。


(確かアルバイト募集してるとかなんとか言ってたな)


◆◇◆


「やだよ〜!俺、無理だもん!」


次男つぐお歩夢あゆむの腕を引っ張って、家から連れ出す。


「だから、説明したでしょ?姉ちゃんを結婚させて家から出さないと俺らの幸せはないから!そのためには職場に潜入が必須なわけよ。俺1人で受けるより、兄ちゃんも受けた方が可能性高くなるでしょ?ね?」


こうなるのはわかっていたので、歩夢の分もコッソリ出して、週末面接の約束まで取り付けたのだ。

歩夢は「ヤダヤダ」と抵抗していたが、家から一歩でも出るとクールなイケメンになり、スタスタと歩き始める。

歩夢は家の外に出ると乙女は封印され、クールなイケメンになるのだ。

なので、家族以外兄の可愛い一面を知らない。

この家族でまともなのは自分だけだといつも次男つぐおは思う。


大手出版社「三水さみず出版社」。

さすが大手という感じで、高い自社ビルがそびえ立っている。

「…姉ちゃん、すげえな」

家での姿からは想像も出来ないが、こんなところで働いているとは、流石に少し尊敬してしまう。


次男つぐお、行くぞ」

歩夢がクールな顔で、中に入っていく。

歩夢が受付で声をかけると、受付嬢の目がハートになっているのがわかる。

ため息をつきながら、次男つぐおも続いた。


面接は普通のアルバイトと変わらなかった。

結構色々聞かれると思ったが、そんなこともなく終わった。

華やかな出版社の世界だ、きっと歩夢が受かるだろうと思っていた。



「は?落ちた?」


歩夢が辛そうに下を向いて、指でいじいじ机をつついている。


「そんな言い方することないじゃん」


「ごめん、ごめん。兄ちゃんは当然受かると思ってたからさ」


拗ねていじける歩夢をよそに不採用だろうと思いつつ、メールをボックスを開いた。


「さ…採用!?」


メールには採用の文字がある。

そんなバカなと見返しても書いてある。


「やっぱり、僕はダメなんだぁ」

半泣きで歩夢が自室に閉じこもってしまった。


「兄ちゃん、ちょっとこれには何かあるよ!」


追いかけて、そう言っても扉の向こうから返事はない。


次男つぐお


嫌な声がする。

声の方を向くと、叶夢かのんがニヤッとこちらを見ていた。


「はー疲れたぁ」と言って、当たり前のように次男つぐおにコートを渡す。

次男つぐおは姉のコートにハンガーをかけながら、「で、何かやったの?」と聞くと、また叶夢はまたニヤッと笑った。


「あんた達、バイトの面接受けたでしょう?姉に黙って姉の職場のアルバイトの面接受けるなんていい根性してんじゃないの」


「え、それは、その」


「まぁいいけどね」


叶夢は部屋着のスウェットに着替えて、缶ビールを開ける。


「家でも会社でも下僕おとうとがいるってことは悪くないもの」


ビールを飲むと、「プハー」と声をあげ、ヘアバンドで前髪も全てあげる。


「俺が採用されたのって…」


「もちろん、私の口添えのおかげよ」

そう言いながら、口からスルメが出ている。


兄が面接に行った時点で、相当なイケメンが来たと話題になったらしく、もちろん姉の耳にも入った。

どんなもんかと見に行ったら、兄と次男つぐおが面接を受けていたというわけだ。


「なんで兄ちゃんじゃなく、俺なの?」


「歩夢だとイケメンすぎて周りが仕事になんないでしょ」 


「…さようですか」


「そんなことより晩御飯まだなの?私、唐揚げの気分なんだけど」と、出来上がっているシチューを見ながら言ってくる。


「申し訳ないけど、今日はシチューだよ」

次男つぐおがそういうと、「えぇー、ビールと合わないじゃん」と文句を言ってくる。

晩御飯作ってくれてありがとうのお礼すらない。


だんごにご飯をやると、ありがとうという感じで、ゴロゴロ甘えてくる。

次男つぐおはしゃがむと、「お前だけだよ、お礼を言ってくれるのは」とだんごを撫でた。


「そいつはメシくれるから、次男つぐおに懐いてるだけだよ」 


姉の余計な一言に腹が立つが言い返したところで、勝てるはずもない。


(絶対、絶対、姉を結婚させてやる!)


そう強く心に誓ったのだった。


◇◆◇


採用されて1週間後からアルバイトで働くことになった。

もちろん、採用された場所は叶夢も所属するファッション雑誌「Mignon《ミニョン》」の編集部だ。

色々大変な気もするが、姉を結婚させるためには良い立ち位置ポジションだ。


姉と結婚する相手いけにえを探さなければならない。


「あ、今日から働いてくれる子だね」

編集部に入ろうとすると、後ろから人の良さそうな男性がやってきた。


「叶夢くんの弟でしょ?いやー叶夢くんのお墨付きなら安心だよ。僕は編集長の大神おおがみだ。よろしくね」


「姉がいつもお世話になってます」


(どう見ても40代だな…結婚してる…候補いけにえにはならないな)


そう思いながら、頭を下げると、「お姉ちゃんって家ではどんな感じなの?」と大神が興味津々という感じで聞いてきた。


「姉ですか?姉はいつも本当にだらし…」


背後から殺気を感じる。


次男つぐお、もう来たのね」


カツカツとヒール音が近づいてくる。


次男つぐお、編集長とどんなお話ししてるのかしら?」

そう言って、編集長から見えないところをつねってくる。


「姉ちゃん…いや、お姉さんが家でも料理とか洗濯とか家事を完璧にしてくれるって話をしてたよ」


「おぉ、やっぱりそうか。本当に叶夢くんは美人なだけじゃなく、人間性も素晴らしいな」そう言って大神が去っていく。


「…ねぇ、次男つぐお。わかってるわよね?」


次男つぐおが小さく頷くと、「それならいいのよ。これからよろしくね」と嬉しそうに編集部の部屋に入って行った。


(姉ちゃんの結婚の前に俺が倒れるかもしれない…)


痛む背中を撫でながら、姉に続いて編集部に入った。

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