姉ちゃん結婚㊙︎大作戦
月丘翠
第1話
「ふぁああ」目覚ましを止めると、2階の自室から1階の洗面へ向かう。
鏡には情けない顔をした眠そうな男が映っている。
裸足で歩くと、床が冷たくて辛い。
「ニャー」
茶トラ猫のだんごは、ご飯をくれとばかりに足にじゃれついてくる。
「だんご、ご飯用意するからちょっと待ってね」
カリカリをエサ皿に入れて、だんごの前に置くと「にゃお」とお礼を言ってから食べ始める。
「猫でも御礼言うのにな」
そう言いながら、欠伸をして、次男は朝食の準備を始めた。
次男には兄弟がいる。
「おはよう~」
切れ長のクールな瞳、整った鼻と口、身長180㎝を超えるイケメンが、階段から降りてきた。
「兄ちゃん、おはよ」
「今日は兄ちゃんの好きな卵の味噌汁・・・って兄ちゃん、そのパジャマどうしたの?」
歩夢の来ているパジャマには可愛いクマのキャラクターが書かれている。
袖も短くて、お腹もちらりとおへそが見える。ズボンの丈も短い。
「それ、またレディースのパジャマ買ったの?」
「いいじゃない。可愛いんだもん」
兄の歩夢は、イケメンで中身が乙女みたいな兄だ。
「・・・お腹冷やさないようにね」
「はーい」
きゃぴきゃぴしながら、リビングへ去っていく。
時計を見ると、7時を指している。
(そろそろ起こさないとヤバいな)
次男はお味噌汁の火を止めて、階段を駆け上がる。
「はぁ」
ため息をつくと、扉をノックする。
コンコンコン
もちろん、応答はない。
「姉ちゃん、起きて。会社遅刻するよ」
返答はない。
「入るよ」
扉を開けようとするが、何かが引っ掛かって開きづらい。
グッと無理やり開けると、服が床に散らばっている。
机には本が積まれ、ゴミ箱はゴミで溢れている。
次男はため息をつきながら、服を踏まないように避けながらベッドまで行くと、
再び声をかけた。
「姉ちゃん、遅刻するよ」
布団の中で固まりがモゾモゾ動くが、起きそうにはない。
「仕方ないか」次男は深呼吸をして気合いを入れると、バッと布団をめくる。
「起きろ!姉ちゃん!」
その瞬間、鋭い蹴りが次男に迫るが、寸前のところで避ける。
「姉ちゃん、起きて」
「ふぁああ」と欠伸をしながら、
「おはよう、次男」
「次男、水持ってきて」
「そんなの一階に降りて飲めばいいだろ」
「水」
叶夢に睨まれると、仕方なく次男は水を取りに行った。
叶夢は美人だが中身はゴリラだ。
この二人を見ていると、自分はおまけのように感じる。
名前も自分だけかなり適当につけられている。
次男だからそのまま次男。
わかりやすさ以外の良さが見つからない名前だ。
叶夢に水を届けて、朝食の準備を整えた。
両親は今家にいない。
こんな変わった兄弟を育てた両親が変わっていないわけもなく、次男が高校に入った時に子育ては終わったと2人で世界旅行に出掛けて行った。
次男は高校1年生、歩夢高校3年生、叶夢大学2回生の時である。
お金は振り込まれているし、その点では困らなかったが家事は母に任せきりだったので、当然困ることになった。
姉はゴリラなのでもちろんできない。
兄は乙女なのでできるかと思ったら、味噌汁を作って「あちっ」と火傷してテヘってしちゃうような天然乙女なので、無理だった。
そうなると、当然家事は凡人で無難にこなせる次男に回ってきた。
両親が家を出て5年が経ち、今や主婦のように手早く家事をこなせるようになっている。
「ねえ、つーちゃん」
兄は次男のことこをつーちゃんと呼ぶ。
外でも大声で呼ばれたりするので恥ずかしいが、やめてと何度言っても直らない。
「なに?」
「もうすぐお姉ちゃん誕生日でしょ?」
「来週だっけ?そろそろ準備しなきゃいけないね」
姉は誕生日などのイベントをすごく楽しみにするタイプだ。
もちろん、もてなされる、サプライズされるのが好きなので、何もしない。
その割にあまり準備できてなかったりすると、1週間は文句を言ってくるので、毎年しっかり準備をしなければならない。
「もう姉さんも28でしょう?彼氏とかいないのかなぁ」
「姉さんに限ってそれはないでしょ。確かに美人だけど、中身がゴリラだもん」
そう言った瞬間に、後ろに何かの気配を感じた。
背中から冷たい何かを感じる。
「…次男、誰がゴリラだって…?」
次男はヒリヒリする後頭部を押さえながら、大学へ向かった。
「次男、おはよ」
振り返ると、友人の
浩太は大学でできた友人だ。
「頭、どうしたんだ?」
「ちょっとゴリラにね…」
「あぁ、姉ちゃんか」
浩太は笑いながら、「そういや、うちの姉ちゃん、結婚するだよ」と思い出したように言った。
「結婚って、浩太の姉ちゃん25とかだよな?」
「うん。なんか運命の人に出会ったーとかって舞い上がって結婚することにしたらしいよ。親は早いとか言ってたけど、俺としては部屋も一つ空くし、ありがたいけどね」
「へぇ〜。うちの姉ちゃんなんてゴリラだから無理だろうなぁ」
「でも美人なんだろ?」
「確かに美人ではあるかもな。でも中身はゴリラだから」
そんなこと言いながら、教室に入ると
美園は華奢で可愛らしい。
密かに次男は恋をしているが、なかなか進展はしない。
美園にパタパタと手を振ると、席に座る。
「姉さんが出ていかないと、お前も結婚難しいかもな」
小さな声で浩太が言った。
確かにゴリラみたいな小姑がいる家に嫁ぐ人はいないだろう。
そうなれば美園との未来ももちろんない。
「俺、決めたわ」
「何を?」
「俺、姉さん(ゴリラ)を結婚させる‼︎」
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