結成!魔法少女レスキュー隊②
翌日。恭也は自分が通う光祭院(こうさいいん)高校に登校した。
いろいろ考えたが、結局考えはまとまらなかった。正直、放っておきたくないとは思っている。だが、彼は自分の力を人助けに使いたくないのだ。
恭也のクラスは、校舎の2階にある。そしてそのベランダからは、校庭が見える。校庭では、サッカー部が朝練をしている。
サッカー部員達に愛依奈が混ざっていた。
「⁉」
凄まじいプレイでサッカー部員達を翻弄し、一方的にシュートを決めていく愛依奈に、恭也は目を見開いて驚いている。
「おはようございます」
そこへ、稔が声を掛けてきた。
「あ、ああ、おはよう」
「誰かに言いましたか?」
それから、早速昨日の件について確認してきた。
「……いや」
「流石。君なら余計な事を周りに言わないと思っていましたよ」
「言う相手がいないからな」
「そうなんですか?」
「ああ」
「一条さん、いつもあんな感じで、運動部の助っ人をやってるんです」
どうやらあのサッカー部との試合は、助っ人として参加しているらしい。
「……なぜ一人で相手チームと戦っているんだ?」
「一条さんなりのトレーニングです。この学校の運動部ぐらい一人で完封出来なければ、幸野谷さんの戦いにはついていけないと」
「……そうか」
恭也は愛依奈の滅茶苦茶ぶりについてツッコミは入れず、それよりサッカー部がそんな条件の試合をよく引き受けてくれたなと思っていた。
「本当に元気ですね。僕も見習いたいですよ」
稔は愛依奈を見て、クスクスと笑う。
「少し元気すぎると思うがな」
「いえいえ、僕もあんな風に元気に走り回りたいですよ。僕には出来ませんから」
「そうなのか?」
「はい。僕、病気なんです」
「……は?」
恭也は驚いて稔の顔を見る。そんな話は初耳だったし、とても健康そうで、病を患っているようには全く見えないのだ。
「全身の筋肉が弱っていく、厚労省指定の難病です。治療法はありません。小学時代の終わり頃に発症が発覚しまして、以来僕の筋肉は弱っていく一方なんですよ。ただ僕の場合は少し特殊なパターンで、発症しているのが手足の筋肉だけですが、それでも今では、パワードスーツがないと日常生活すらままなりません」
「それは大変だな……」
身体が弱り、少しずつ動かせなくなっていく。その症状を聞いた時、恭也は風邪を引いた時の事を思い出した。風邪を引くと身体が本当に動かせなくなる。平常時なら何の問題もなく動かせる部分が、丸ごと重りになったようで、自分の身体ではないような感覚だ。その感覚は、風邪が治れば元に戻る。だが稔の場合は治らないので、元に戻らないのだ。
「ん?」
と、恭也はおかしな点に気付いた。稔は、パワードスーツを着ていないと日常生活すらままらないと言っていた。そういえば、昨日の戦いで稔はパワードスーツを着ていた。が、今は着ていない。なのに、なぜ動けるのだろうか。
「今のお前は、パワードスーツなんて着ていないだろう?」
「着てますよ」
「は?」
気になって問い掛けてみたが、なんと稔は、今パワードスーツを着ているという。
まさかと思って、再び問い掛けてみる。
「……制服がそうなのか?」
「わからなかったでしょう? 制服の形に似せて作ってありますからね。ちなみに学校の方に許可は取ってあります」
恭也は絶句した。事情を聞いたら許可せざるを得ないだろうが、制服の形をしたパワードスーツが存在するなど初めて聞いた。
「お前が作ったのか?」
「はい。どんな仕組みで動いているかは、企業秘密なので言えませんけどね」
稔は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、人差し指で自身の口を塞ぐポーズを取った。
「一条にも同じものを作ったのか?」
思い出してみれば、愛依奈は群がるロスマンを一網打尽にする、あり得ない戦闘力を発揮していた。もし稔のものと同じスーツを渡されているとしたら、説明がつく。かなり深刻な状態になっている稔が、健常者と同じように動けるのだ。元々健常者の愛依奈が使えば、肉体の凄まじい強化が狙えるだろう。
「はい。もっとも、完全に同じものではありませんが」
「どういう事だ?」
「僕と違って健常者は、日頃からパワードスーツを使って生活していると身体がなまるので、戦闘時以外は機能しないよう、スイッチ形式を取り入れています。一条さんがグローブを嵌めていたのを覚えていますか?」
「ああ」
恭也は記憶の糸を辿り、思い出した。どうやらあれがスイッチで、あれを手に嵌める事によって、愛依奈の制服がパワードスーツとして機能するようになるらしい。ちなみに今の愛依奈はサッカー部のユニフォームを着ているし、グローブも着けていない。つまり不正はしていない。
「そこまでして、ロストハートと戦う理由があるのか? 魔法少女がいるんだから、任せればいいだろう?」
「逆ですよ。魔法少女はこの世界の人間が、ロストハートに対抗する為の唯一の手段です。彼女の敗北は、即人類の敗北に繋がります。魔法少女がロストハートに勝てる確率を少しでも上げられるなら、やれる事はやっておいた方がいいと思いまして」
稔は人類の未来に危機を抱いたからこそ、愛依奈に協力していた。だが、実はそれだけではない。
「それと、感情に任せてロストハートに向かっていく一条さんを見ていたら、危なっかしくて見ていられなくなったんです。クラスメイトから死者が出るなんて、気分のいい話ではありませんから」
それらを聞いて、恭也は考える。稔の言う事は、どちらも筋が通っている。
「ま、僕の命は軽いものですけどね」
「そんな事はないだろう。お前の事を大切に想ってくれている人はいるはずだ。例えば家族とか……」
「いくら大切に想ったって、無駄なんですよ。僕の病気は、今のところ手足の筋肉の弱体化だけで済んでいますが、いつ全身に発症するかわかりません。そうなれば、僕の寿命はあと数年です」
悲観的に自分を見ている稔。今はパワードスーツを使う事で誤魔化しているが、それが老後まで出来るという保証はどこにもない。本来は全身に発症するタイプの病気だし、いつ本来の形に戻るかも予測出来ない。稔は、自分の未来を見る事が出来なかった。
「僕は、運動部に入りたかった。誰にも何にも頼る事なく、思いっきり身体を振り回して、広い世界を走り回りたかったんです。でも、それは出来ないんです」
愛依奈になりたいものがあったように、稔にもなりたいものがあった。だが、それは叶わないのだ。病気のせいで。稔に出来たのは、特に勉強しなくてもいろいろ出来た頭を使い、身体を動かせるようになるにはどうするかを考えるという妥協だった。それでも出来たのは、パワードスーツの開発だけ。やりたかったのは病気を治す方法を見つける事なのに、肝心のそれだけはわからなかった。
「僕は、自分の望みを果たせないまま死んでいく。そう思っていた時、一条さんに出会って、あの人の望みを聞きました。そして、彼女の姿に大きな感銘を受けたんです。なれないならなれないなりに、出来ないなら出来ないなりに、自分に出来る事を探して精一杯取り組んでいく、彼女の姿に」
愛依奈のやっている事も妥協だ。しかし、妥協でもなんでも、それが自分に出来る事だと信じて、一切の迷いなく突き進んでいく。そんな彼女の姿は、稔にとって眩しかった。それが、稔の心境に変化を与えた。僕も頑張ろう。命が僅かだというのなら、自分が生きていた証を少しでも残して逝こう。その為に必要な事は、自分の考え方を変えてくれた大切な人の役に立つ事だ。そう考えて、魔法少女レスキュー隊に入隊したのだ。
「お、重いな……」
今まで全然知らなかった人間の過去を知り、そしてその覚悟を知って、恭也は形容しがたい気持ちになった。
「一条さんは命懸けなんです。なら、僕も命を懸けなければ。一条さんの助けになるというのなら、この忌まわしい頭脳を使う事も惜しみません」
「忌まわしいって、自分の頭の事をそこまで悪く言うな」
「忌まわしいですよ。本当はこんな生き方なんてしたくなかったんですから」
身体を使う生き方がしたかった稔からすれば、頭脳を使う生き方は苦痛である。例えるなら、冷たい水が欲しい時に熱いカレーを出されるのと同じ事だ。自分はこれが欲しいのに、全然違う、リクエストと真逆なものを出され続ける。それは苦痛だ。
稔もまた、なりたいものになれない苦しみを抱えていた。愛依奈と同じ苦しみを抱える者同士、惹かれ合ったのかもしれない。そう思った時、恭也は思った。もしかして、俺も? と。
とりあえず、愛依奈の用事が終わるまで、待つ事にした。
それから10分程度で、愛依奈はサッカー部から戻ってきた。そして、ホームルームが終わった後、恭也と愛依奈は空き教室に行き、恭也は昨日ミューシャから聞いた事を話した。
「……悪い。お前の気持ちをわかってやれずに、好き勝手な事を言ってしまった」
「ううん。江戸川君は悪くない。悪いのは、魔法少女になれないあたしだから」
愛依奈は笑っていたが、空気は重かった。やがて、愛依奈が話す。
「後になってからわかったんだ。あたしが魔法少女になれない理由は、マジックコアがないだけじゃない。もっと根本的な部分がないからだって」
「根本的な部分?」
「江戸川君はさ、自分がなりたいものがあって、それになれたとするよ? なってからどうするの? って訊かれた時、ちゃんと答えられる?」
「……ああ」
「……そっか」
「訊かれたのか?」
「訊かれてないよ。でも、きっと答えられない。だって、答えを用意してなかったから」
魔法少女不適格の烙印を押された後も、愛依奈は満織と交流を続けた。魔法少女云々以前に、二人は幼馴染みであり、友達だったからだ。
ある時、ミューシャは満織に訊ねた。
『満織ちゃんは、夢とかある? なりたいものとか』
『あるよ。私ね、アイドルになりたいんだ』
満織には姉がおり、姉はアイドルだった。アイドルとしての仕事は多忙を極め、ゆえに家に帰る事も滅多にない。だがそれでも、満織にとって姉がやっている事は誇りだった。
『お姉ちゃんは大人気のアイドルなの。アイドルってさ、たくさんの人を幸せにする事が仕事なんだよ。それってさ、魔法少女みたいだよね』
満織からの指摘に、愛依奈は衝撃を受けた。
『だから私も、たくさんの人を幸せにする為にアイドルになるんだ。魔法少女の仕事も同じ。ロストハートからみんなを守って、みんなを幸せにする! それが私の夢!』
魔法少女とは、なってそれで終わりではない。敵との戦いがある。そのさらに先まで見据えなければならない。自分がどうしたいか、満織はその答えをきちんと持っていた。
「この子は本当に眩しいな、煌めいてるなって思った。この煌めきがあったから、魔法少女になれたんだって」
負けたと思った。そして、自分の浅はかさを思い知った。
「あたしは、あんな風に煌めく人になりたいなって思ってた。それだけだった。あたしの魔法少女になりたい理由は自己満足だったの。そんなやつが、魔法少女になんか、なっていいわけないじゃん……!」
気が付いた時、愛依奈は涙を流しながら心中を吐露していた。恥ずかしかった。屈辱だった。満織に完全に負けた。自分には魔法少女になる資格などないと、思い知らされた。
「でも、だからって満織ちゃんにヤキモチ妬いたりとかはしないよ。むしろ真逆。満織ちゃんがどんな相手と戦っても勝てるように、応援してる。それから、満織ちゃんの戦いが少しでも早く終わるように祈ってる」
幼い頃からずっと、満織のいい友人として在り続けている愛依奈。それは満織が魔法少女になってからも変わっていない。一緒に遊んだり、些細な事でお喋りしたりもしている。満織はいつも自分の心の支えになってくれている愛依奈に感謝していた。愛依奈ちゃんのおかげで、私の決意は折れずにいるんだよ、と。
だが、そんな二人の気持ちを嘲笑うかのように、ロストハートとの戦いは激化していった。
「せめてあと一人魔法少女を勧誘出来ないかって、ミューシャに打診してみたんだけど、この世界の女の子はマジックコアの力が弱い子ばっかりみたいで、魔法少女に変身させても戦力として期待出来ないって……」
「結局はそこか……」
あと、これは満織から聞いた話だが、たまたまこの地域に満織一人しか魔法少女がいないというだけで、他の地域にはいるらしい。ミューシャから名簿を見せてもらったのだそうだ。が、その人数も少なく、自分が住む地域を守るので手一杯らしい。
「あたしに出来る事なんてたかが知れてる。怒りに任せてロストハートの侵略部隊に突撃した事もあったけど、せいぜいロスマンを何体か倒すのが関の山……」
「倒せたのか」
恭也はツッコミを入れた。その時の愛依奈はまだ稔と出会っていない。つまり、何のサポートも受けていない状態で、ロスマンを倒した。身体能力だけなら、人類最高峰と言っても過言ではないかもしれない。
「すぐ捕まって、逆にあたしがピンチになっちゃったけどね。満織ちゃんが浄化してくれたおかげで助かったけど、迷惑掛けちゃった」
「だろうな」
予想通りの展開に、恭也は呆れた。
「あたしじゃ何の役にも立てない。でも、このままじゃいつか満織ちゃんが負けちゃう。そこで、何が悪かったのか考えて、わかったの。一人でやるから駄目なんだって」
だから入って欲しいと、愛依奈は頼んだ。
「俺は……」
「もちろん今すぐ答えが欲しいわけじゃないわよ。あたしと違って、いろいろ覚悟を決める必要があるだろうし」
恭也は悩む。愛依奈が相当な覚悟と想いを込めて、魔法少女レスキュー隊を創設したという事はわかった。だが、それでも……。
「すまない」
恭也の答えを聞いた瞬間、愛依奈の顔が曇ったのがわかった。
「ただ、もう少し待って欲しい。自分の気持ちを整理する時間が必要でな」
恭也は続けた。
「怖いんだ。この力のせいで、誰かを傷付けるのが」
実は、恭也は自分の力にトラウマを持っている。
「中学時代の話になるんだが、俺には付き合ってる相手がいたんだ」
自分の想いを打ち明けてくれた愛依奈へのお礼、というわけではないが、恭也は自分の過去を明かす事にした。
「そいつは俺が超能力者だって事を知ってる。俺の力に対する理解もしてくれて、その上で俺を受け入れてくれた」
そんな彼女の事が、恭也は大好きだった。
だがある日、転機となる事件が起こった。彼女が交通事故に巻き込まれそうになったのだ。トラックの運転手が飲酒運転をしていた。危うく轢かれそうになった彼女を救う為、恭也は自身が使える超能力の一つ、サイコキネシスを使って彼女を突き飛ばした。
だが、あまりにも必死になりすぎて、力を込めすぎたのだ。彼女は顔と手足に擦り傷を負い、さらに左腕を骨折してしまった。
助けるつもりだった。傷付けるつもりなどなかった。だが、結果を見れば、助けられなかったも同然だ。それどころか自分の方が加害者になってしまった事に、恭也は愕然とした。
彼女は故意ではないという事、恭也が自分を助けるつもりでいた事を理解しており、恭也に何度もお礼を言っていた。だが、いくらお礼を言われても、自分のせいで彼女が大怪我を負った事は変わらない。
「江戸川君は悪くないわ! 江戸川君がやらなかったら、彼女さんはもっとひどい事になってたかもしれない!」
「それでも!」
慰めてくれる愛依奈に、恭也は声を荒げて応えた。
「俺の心に焼き付いてるんだ! あの時の光景が!」
大好きな人を傷付けてしまった。それは恭也の心に、決して消えないトラウマを残していた。愛依奈は考える。自分が誤って満織を殴ったり蹴ったりして傷付ける事など想像も出来なかったが、もしやってしまったらショックを受けて立ち直れないかもしれないと。
「その彼女さんは、今どうしてるの?」
「わからない。親の転勤が決まって、次の月には引っ越していったからな」
当時はまだ恭也も彼女も、携帯電話やスマホの類いを持っておらず、連絡先の交換もしていない。音信不通状態だった。
「……お前は、魔法少女になりたかったんだよな?」
「え?」
唐突に問い掛けて来る恭也に、困惑する愛依奈。恭也は続ける。
「俺は、普通の人間になりたい。超能力なんてない普通の人間になって、普通に生きて、普通に死にたい。それが、俺のなりたいものと、なった後の望みだ」
先程愛依奈は、何になりたいか、なった後どうしたいかと訊かれた時、答えられるかと尋ねた。だから恭也はこのタイミングで、それに答えたのだ。
「でも、こんな話を聞かされた後じゃ、無理だって突っぱねるなんて出来ないじゃないか!」
それから、怒りをぶつけた。魔法少女レスキュー隊に入り、満織を助ける為に戦えば、間違いなく望みは叶わなくなる。だが自身の望みを叶える道を選べば、愛依奈と満織を見捨てる事になる。それも嫌だった。二人との接点などほとんどないが、なりたいものになれなくて、それでもどうにかしようと必死に足掻いている愛依奈の姿は自分と同じだ。満織は自分に与えられた力と向き合い、懸命に生きようとしている。そんな二人を見捨てる事など、出来ない。
「ごめん。そんなに苦しんでるだなんて思わなかった。持っている人には持っている人なりの苦しみがある。そんな事、満織ちゃんを見てわかってた事のはずだったのに……」
愛依奈は謝った。
二人の会話を、満織は教室の外からこっそり聞いていた。
(ごめんね、二人とも)
そして、内心謝った。
その時だった。
(満織ちゃん!ロストハートが出た!)
頭の中にミューシャの声が聞こえた。
(わかった!すぐ行く!)
満織は頭の中で答えると、物陰に隠れて、手元にスパークルハートを出現させた。それから、片手をかざす。
「ファンタスティックマジック!ドッペルエイリアス!」
すると、目の前にもう一人、満織が出現した。
基本的に変身しないと魔法は使えないが、スパークルハートを出した状態で、簡単な魔法なら、変身しなくても使える。
例えば、このドッペルエイリアス。これは自分の分身を作り出す魔法だ。分身は身体的特徴だけでなく、記憶や人格まで完全にコピーしており、さらに魔法を解除すれば、分身が経験した記憶も全て本体に還元される。これを使っておけば、学校にいる時にロストハートとの戦いに赴かなければならなくなったとしても、幸野谷がいない!とはならない。しかも分身が覚えた授業の内容も本体に入ってくるので、記憶の齟齬などが起きないのだ。
これらの魔法を使いこなす事で、満織は周囲に心配を掛けないように戦ってきたのである。
「あとお願いね」
満織が頼むと、分身は笑顔で頷いて、教室に戻った。
愁いを断った満織は、スパークルハートを構える。
「マジカル、スパークル、オンステージ!」
それから、スパークルハートを自分の胸に叩きつける。スパークルハートは彼女の胸の中央に装着され、そこから白とピンクを基調としたミニスカのドレスが、白いロンググローブが、白のニーソックスとピンクのストラップシューズが装着される。髪が金髪になり、長く伸びて、ハートの髪留めでサイドテールが作られる。茶色の瞳がピンクに染まり、変身が完了する。
「ハートが弾ける元気の魔法使い!メイチアフル!」
名乗りを上げてから両手で口を塞ぎ、誰かに聞こえていなかったかと周囲を見回す。誰も近くにいない。それからこっそり外に出て、空を飛んでミューシャの魔力を感じる方に向かった。
「!」
愛依奈は自分の手を見つめる。薬指に、金色の指輪が嵌っており、それが疼いたのだ。
「満織ちゃんが戦ってる!」
「何?」
なぜか愛依奈が、満織の戦闘を察知した。
「この指輪のおかげ! って、見えないか……」
愛依奈は自分の右手を見せる。中指に、金色の指輪が嵌っていた。
「いや、見えるが?」
「え? これ、あたしか魔力を持ってる人じゃないと見えないって聞いたんだけど、江戸川君は超能力者だから見えるのかしら?」
「何だその指輪は?」
「ミューシャにもらったの。満織ちゃんが変身して戦うと、疼いて教えてくれる」
愛依奈は魔法少女になれない。だが、それならせめて満織が戦っている場面にいち早く駆け付けたい。その希望を叶える為に、ミューシャが着けてくれたのだ。
と、サイレンが響き渡り、このような声が聞こえてきた。
『ロストハートが出現しました。場所は秋山区です。危険ですので絶対に近付かないで下さい。付近にいらっしゃる方は、訓練マニュアルに従って大至急の避難をお願いします。繰り返します、ロストハートが……』
ロストハートの襲撃が長期化した事により施行された、ロストハート出現警報だ。秋山区と言えば、この近くである。その為か、あちこちから喧騒が聞こえてきた。生徒達が混乱しているらしい。だがそれなら、愛依奈も学校から抜け出しやすい。
「ごめん江戸川君。あたし行くわね」
愛依奈は、今回の勧誘の件はひとまず置いておき、満織を捜しに向かう。まず稔に出動命令を下しに行った。
「村松君!あたし行くから!」
「わかりました。準備が出来次第、僕も追い掛けます」
了承した稔はスマホを取り出し、パワードスーツ等の準備をするよう連絡しながら、教室を飛び出した。目指すは校舎の裏。そこで執事と合流し、パワードスーツなどの装備を整える。
一方で愛依奈は、先に現場に向かう事にした。指輪を向けた時、疼きが強まった方向に、満織がいる。
「⁉」
だが、恭也に手を掴まれて、愛依奈は止まった。
「え? どうしたの?」
「……俺も行く」
「え……わかったわ。付いてきて!」
恭也の意図はわからなかったが、愛依奈は恭也を連れて、満織の元に向かう事にする。
「いや、俺に任せてくれ。瞬間移動を使う」
恭也の瞬間移動は、自分だけでなく、自分以外の人間を連れて飛ぶ事も出来る便利な能力だが、いくつか制約がある。その内の一つが、一度行った事のある場所、もしくは視界内にしか移動出来ないというものだ。秋山区なら何度か行った事がある為、この条件はクリアしている。
「わかったわ。お願い!」
二人は瞬間移動を使った。
「あうっ!」
二人が辿り着いた時、チアフルは地に叩きつけられていた。上手い具合に、恭也が秋山区で来た事のある場所と、チアフル達が戦っている場所が、一致したらしい。
「どうだ! この魔力吸引装置の威力は! こいつがある限り、お前の魔力は吸い取られ続ける! 魔力さえなけりゃお前なんて、ただのおこちゃまなんだよ!」
勝ち誇るのはズルド。隣にはブラックモンスターがおり、その右肩には掃除機のようなノズルが、一体化するように付いている。これが魔力吸引装置とやらなのだろう。
「負けない……いくら魔力を吸い取られたって、私の心に希望がある限り、私の魔力は無限なんだから!」
しかし、負けじと立ち上がるチアフル。彼女にはこの世界を守るという使命があり、また、大切な親友を守る為に負けられないという意地があった。
「はあああああああああ‼」
咆哮を上げ、魔力を高め、ブラックモンスターに殴り掛かろうとする。
「はっ! だったらお前の心から希望が消えるまで、吸い続けるだけだ!」
「ブラァック!」
「あっ……!」
チアフルの全身を包む魔力が、急速に装置に吸い込まれていく。力を奪われたチアフルが、走っている途中で立ち眩みを起こし、スピードを落とす。
「ブラァック!」
「わああああああああ‼」
そこへブラックモンスターの拳が飛んできて、殴り飛ばされた。
「いいぞブラックモンスター! いよいよ魔法少女最期の時がやってきたな!」
チアフルが痛めつけられる姿を見て、ズルドは喜ぶ。
「思えば短いようで長かった。あれは今から半年前。俺がこの辺りの制圧を担当させられた時の事。いつものように簡単に終わる作業だと思っていた。そしたらチアフルが現れて、今まで一度も任務に失敗した事のないこの俺が初めて失敗を……」
そして、泣きながら語り始めた。
(泣くほど辛かったのか……)
恭也がそんなズルドに対してドン引きしていた時、愛依奈が走り出した。その行動があまりにも速かったので、止められなかった。
「こ、の」
駆け出した愛依奈は、グローブを嵌めた拳を振りかぶり、
「バカやろぉぉぉぉぉ‼」
「ぶへぇっ⁉」
怒号を上げながらズルドの横っ面を殴り飛ばした。
「な、何だ⁉ ってまたお前か!」
不意打ちを受けて、誰が自分を殴ったのか確認し、ズルドは愕然とする。
「バカ野郎‼ バカ野郎‼ バカ野郎‼」
顔を真っ赤にしながら怒号を浴びせ続け、何度も何度もズルドの顔面を狙って殴り続ける。しかし、当たったのは最初の一撃だけで、あとは全て防がれるか躱されるかしてしまう。
「魔法少女はみんなの希望なの! 希望の煌めきそのものなの! 汚したりなんかしちゃいけないものなの! それなのにお前らは、その煌めきを痛めつけて、苦しませて、悲しませて、踏みにじって汚して! それでヘラヘラ笑って……!」
怒号を飛ばしながら攻撃を続ける愛依奈。その顔には悔しさが浮かび、目からは悲しみの涙が流れ落ちる。
「何がそんなに嬉しいの⁉ 何がそんなに楽しいの⁉ 意味わかんない! 理解出来ない! 許せない! あたしはあんた達が許せない! 許さないだからぁ‼」
魔法少女が、友達が痛めつけられているのが苦しい。それを望む者がいるというのが悲しい。そんな相手に対して、自分の力が届かないのが悔しい。苦痛と悲しみと怒りが、愛依奈の中から溢れ出る。
「いい加減、鬱陶しいんだよ!」
「あっ!」
愛依奈はズルドに殴り飛ばされた。一発喰らっただけでダウン。いくら身体能力が高められているといっても、魔法少女には及ばない。耐久力も、魔法少女には届かないのだ。
「ちょうどいい。あいつの前でお前を始末すれば、あいつの心はどれだけ深い闇に染まるだろうなぁ?」
ズルドは最悪の思い付きをした。チアフルの心に深い闇を作る為、最愛の友である愛依奈を目の前で殺す事にしたのだ。
「こんな状態になっても、まだ心から煌めきが消えていない。お前からは心が奪えない。そんな奴は俺達にとって、邪魔にしかならないんだよ」
愛依奈は鋭い眼光でズルドを睨み付けていた。絶対に勝つ。最期の瞬間まで諦めない。その決意がみなぎっている。
恭也は自分がどうするべきか考えていた。いくら愛依奈が諦めていなかろうと、戦力差は絶望的。二人では、ロストハートに勝てない。
しかし、恭也が参戦すれば、話は別だ。だが、自分のせいで二人が傷付いてしまったら? と、躊躇してしまう。
(……くそぉっ!)
やはり見捨てられず、駆け出す。そして、サイコキネシスを使った。しかし、ただのサイコキネシスではない。
(落ち着け、俺! あれだけ鍛えたろうが! 俺はもう二度と、制御を誤ったりなんかしない!)
サイコキネシスとは、念じる事で力場を発生させ、物体を動かす超能力だ。その力場を、腕と拳に集中して発生させる。力場を集中すると、そこには見えない壁、バリアが出来るのだ。そのバリアで拳を保護しつつ、殴る。その際、殴る方向に腕を伸ばしつつ、同時にサイコキネシスで腕を押し出す。こうする事で普通に殴ったりサイコキネシスを使ったりするより、遥かに強力な打撃を放つ事が出来るのだ。
「ふんっ!」
「ぼはぁぁぁぁ⁉」
恭也の存在に全く気付いていなかったズルドは、その一撃をモロに喰らってしまった。
「ああくそ! とうとうやっちまった!」
恭也は汚い口調で、自分がやった事を後悔する。
「江戸川、君……?」
愛依奈は、ゆっくりと上体を起こし、恭也に訊ねる。そんな彼女に背を向けたまま、恭也は答えた。
「入ってやる」
「……え?」
その言葉が信じられず、愛依奈は聞き返す。恭也は振り向きながら、大声で言った。
「入ってやるって言ったんだ! 魔法少女レスキュー隊に!」
どんな言葉を並べても、恭也の根は善人だ。それにあんな話を聞かされ、こんな姿を見せられてしまっては、断る事など出来ない。
「何をごちゃごちゃと! 外野は引っ込んでろよ!」
恭也を排除するべく、突っ込んでいくズルド。
「やかましい‼」
恭也は怒りと共に右手を振るい、パイロキネシスで作った炎を投げた。
「うわああっ‼」
飛んでいる途中で野球ボールの倍くらいの大きさに膨らんだ炎は、ズルドに命中して爆発し、吹き飛ばした。
「元はと言えば全部お前のせいだ! お前がこんな事してるから、俺がこんな事をする羽目になったんだ! 少しは反省しろ!」
そして、怒りを言葉にしてズルドにぶつけた。
「は、はあ⁉ 何言ってんだお前⁉」
ズルドからしてみれば、恭也が何に対して怒っているのかわからないので、困惑している。
「反省しろって‼ 言ったんだ‼」
「うわあああああ‼」
今度は頭上に両手を掲げ、巨大な火球を作り出した恭也は、両手を振り下ろす。その動きに追従する形で火球が飛んでいき、再びズルドを吹き飛ばした。
「す、すごい……!」
恭也が思った以上に強い事を知り、愛依奈は感激している。
「お、お前……よくもやってくれたな!」
「⁉」
だが、ズルドは立ち上がって身構えてみせた。
「……間違いなく直撃させたはずだが」
その身体には、多少焦げ跡が付いているだけで、さしたるダメージを受けた様子がない。まだまだ元気で、怒らせただけといった感じだ。
「ダメだ! 超能力が使えるのは確かにすごいけど、ブラックモンスターやシャドウズを倒すには、全然出力が足りない!」
「らしいな」
ミューシャから言われて、恭也は冷汗をかく。
これが、ブラックモンスターとシャドウズが脅威となっている最大の理由である。ネガティブフォースの凝集力がロスマンとは比較にならないほどに高く、通常兵器による攻撃では、ほとんどダメージが入らないのだ。
超能力ならば通じるかと思われたが、本気で攻撃して、それでこの程度のダメージしか与えられないなら、ミューシャの言う通り、恭也にズルドは倒せないだろう。
「ちょっとは力があるみたいだが、俺には勝てなぐわぁっ!」
勝ち誇ったズルドは、またしても吹き飛ばされてしまった。
「また勝手に始めて……いつも言ってるでしょう? 僕が来るまで待って下さいって」
恭也の後ろから、パワードスーツに身を包み、ポジトロンブラスターを担いだ稔がやってくる。
「村松君!」
「これ、頼まれていたものです」
駆け付けた稔は愛依奈に、機械で出来ているアームカバーのようなものを渡す。
「ストロングブースター。パワードスーツを強化するブースターです」
「もう出来たの⁉ 流石村松君!」
「ただし、バッテリーの残量にはご注意を」
「わかってるわ。ありがとう」
愛依奈は喜んでブースターを着けた。
「村松……」
「その様子だと、決心がついたようですね」
稔は恭也の存在と、彼がここにいる理由に気付く。
「ああ」
「これはこれは……楽しくなりそうです。で、チアフルさん。今回はどんな理由で苦戦なされていたんですか?」
稔はクスクスと笑った後、チアフルに戦況の説明を求める。
「ブラックモンスターの肩に付いてる変な装置のせいだよ。あれに私の魔力が吸い取られちゃうの。浄化魔法を使おうとしても吸い取られるから、浄化も出来なくて……」
「なるほど。では、今回のミッションは決定ですね」
「ええ。あたしと江戸川君で、あいつらの相手をするわ。動きを止めてる間に、村松君が装置を破壊して!」
「わかりました」
「だ、駄目! 危ないよ! ここは私が!」
「いいから! あたし達に任せて!」
「チアフルさんは、僕が装置を破壊した後、一発でブラックモンスターを浄化出来るよう、魔力を溜めて下さい」
「俺達に出来る事は俺達に任せればいい。どうやら魔法少女レスキュー隊というのは、そういうものらしいからな。お前はお前にしか出来ない事に集中してくれ」
「う、うん!」
自分一人の力ではどうにも出来ない相手である事は既にわかっている為、チアフルは申し訳なく思いながらも下がり、魔力を溜め始める。
「三分です。それまで持ちこたえて下さい」
稔もポジトロンブラスターの側面に付いている蓋を外し、内蔵されていたコンソールを操作し始めた。
「わかったわ。行くわよ江戸川君!」
「ああ!」
それを見て、愛依奈と恭也が飛び出す。ポジトロンブラスターの背部の蓋が開き、そこから何本ものコードが伸びると、スーツが背負っているタンクに接続され、さらにコンソールのすぐ隣にある三つのメーターの内の一つが点滅を始めた。
チャージショットモード。ポジトロンブラスターをスーツのジェネレーターに接続し、直接エネルギーを送り込んで充電、より強力な射撃を可能とする形態だ。三つのメーター全てが点灯した時、充電は完了し、ブラスターの出力は最大となる。今、一つ目のメーターが充電の為、点滅を始めた。
「くそぉ!そうはさせるかぁ!」
大量のロスマンを生産するズルド。恭也と愛依奈はロスマンの軍勢を相手に大暴れした。
「おりゃあああああ‼」
殴って蹴って投げ飛ばす愛依奈。
「ふっ! はぁっ!」
パイロキネシスとサイコキネシスを併用し、広範囲に攻撃を仕掛ける恭也。二人の大攻勢により、ロスマンは瞬く間に全滅する。残るはズルドとブラックモンスターだ。
「何でだよ⁉ 何でロスマンがこんなガキども相手に負けてんだよ⁉」
ロスマンの不甲斐ない姿に激怒するズルド。恭也と愛依奈は身構える。
「俺の力で奴らは倒せない。せいぜい足止めが限界だ」
「謙遜しちゃって。今一番必要な役回りじゃない」
「ブラックブラァァック!」
ブラックモンスターが咆哮を上げて、恭也に襲い掛かる。
「舐めるな!」
恭也はブラックモンスターの片足にサイコキネシスを集中させ、引っ張り上げた。
「ブラ⁉」
これにより、ブラックモンスターは仰向けにひっくり返った。
「ええ⁉」
驚くズルド。ブラックモンスターはすぐに起き上がり、再び恭也に襲い掛かる。
「はっ!」
だが恭也は、今度はブラックモンスターの片足を、正面に押し込んだ。これにより、ブラックモンスターはつんのめった形となり、うつ伏せにスライディングしながら倒れた。
「何やってんだブラックモンスターごはっ!」
「よそ見すんな!」
ズルドは醜態をさらし続けるブラックモンスターに怒るが、直後に顔面を愛依奈に殴り飛ばされた。
「倒せないなら倒せないなりに、やり用はあるのよ!」
魔力吸引装置の破壊からチアフルの浄化魔法発動まで繋げられれば、それでいい。妨害に徹すれば、愛依奈と恭也でも戦える。
「まずい! ブラックモンスター! チアフルから魔力を吸い取れ!」
このままでは浄化魔法を使われてしまう。そう察したズルドは、ブラックモンスターに吸引装置の使用を命じる。
「させるか!」
恭也は装置を狙って火球を飛ばす。命中した火球は爆発し、ブラックモンスターはバランスを崩し、魔力吸収は阻止される。
「やっぱり効かないか……!」
恭也のパイロキネシスには、ブラックモンスターよりも強いズルドを吹き飛ばすほどの威力がある。だが、それでも装置は破壊出来なかった。
(そうだ!アスポートであの装置をどこかに飛ばせば!)
恭也は思い付いた。アスポートとは、物体を遠くに瞬間移動させる能力だ。しかも、物体の強度を無視して切り離す事も出来る。これで装置だけを切り離し、飛ばしてしまえば、無理に破壊しなくてもチアフルの魔力吸収は出来なくなる。
「⁉」
だが、恭也の装置を切り離し、飛ばそうとする力が、弾かれてしまった。どうやらあの装置も、強力に固められたネガティブフォースで出来ているらしい。ネガティブフォースの凝集力が高すぎて、サイコキネシスやパイロキネシスで吹き飛ばす程度の事は出来ても、アスポートで切り離すなどの、物体に力を潜り込ませる形での力の干渉が出来ないのだ。思えば、煌めきが込められたチアフルの魔力をいくら吸収しても、装置が崩壊を起こす気配がない。ネガティブフォースを、今までにないくらい強く、固めて、固めて、固め抜いた事で、魔法少女の魔力にも余裕で耐えられるほどの強度を得たのだ。
「こうなったら、お前から先に倒してやる!」
恭也の存在が無視出来ないほど邪魔だと判断したズルドは、恭也に向かって飛び掛かった。
「終わりだ!」
「くっ!」
「何⁉」
ズルドが放った拳は、恭也に命中しなかった。瞬間移動で二メートルほど後方に飛び、躱したのだ。
「よそ見すんなっつってんだろ!」
「ぐわぁっ!」
愛依奈が追い付き、ズルドを遠くまで蹴り飛ばす。
「大丈夫⁉」
「あ、ああ」
「……自分の力が嫌いだって言ってた割には、ずいぶん使いこなしてるじゃない」
愛依奈から見た感じ、恭也の力はバリエーションが多く、精密なコントロールも可能にしている。よほどの修練を積まなければ、ここまで使いこなす事は出来ないだろう。
「練習したからな。もう二度と、あんな思いはしたくなかったんだ」
中学時代の事故。あれは恭也の修練不足による、能力の暴走が原因である。だから自分の力と向き合い、コントロール出来るよう修練を積む事に努めた。
「嫌だったよ。怖かったよ! この力と向き合うなんて! でもそれじゃ何も変わらない。前に進めない!」
全ては平穏な生活を手にする為。力を制御し、絶対に暴走しないという安心を得なければ、恭也は前に進めないのだ。嫌でも怖くても、向き合わざるを得なかった。
「俺だって、前に進みたいんだ!」
再度パイロキネシスでズルドとブラックモンスターを同時に攻撃しながら、恭也は叫ぶ。
「江戸川君はすごいわ。じゃああたしも、頑張らなきゃね!アクセルストライカー!」
愛依奈は叫びながら、ストロングブースターに付いているレバーを引く。すると、ストロングブースターが一瞬発光した。
かと思った時には、愛依奈の拳がズルドのみぞおちに突き刺さっていた。
「かはっ……」
吹き飛んでいくズルド。追い掛ける愛依奈。なんと愛依奈は飛んでいくズルドを追い抜き、延髄に裏拳をぶち当てた。また吹き飛ぶズルド。それすら追い抜き、攻撃する。それを繰り返していく。
ストロングブースターには三つの機能があり、レバーを引きながら機能の名前を叫ぶと、音声入力式で対象の機能が起動する。今起動したのは、10秒だけスーツの性能を30倍に引き上げ、高機動戦闘を可能にする、アクセルストライカーだ。愛依奈自身の能力の高さと相まって、目にも留まらぬ速度となる。
「ヘヴィークラッシャー‼」
強化が終わった瞬間、次の機能を起動する。エネルギーを右手に集中し、一撃の威力を極限まで増大させる機能、ヘヴィークラッシャーだ。
「はあーっ!」
「ぐおあーっ!」
全力の正拳突きを叩き込んで吹き飛ばす愛依奈。
「ぐ、うぐぐ……」
「ほんっとに嫌になる。ここまでやっても倒せないなんて」
呻きながら立ち上がるズルドを見て、愛依奈は溜息を吐いた。ズルドの身体は頑丈なだけで、触覚や痛覚はある。その為、一定の威力の攻撃を当てれば痛がる。だが、それだけだ。今まで愛依奈がズルドを攻撃して、彼を戦闘不能、または行動不能に陥らせた事は、一度もない。そして、今も。結局のところ、チアフルでなければ倒せないという事を思い知らされ、愛依奈は悔しい思いをした。
恭也は稔に訊ねる。
「村松! まだか⁉」
「お待たせしました! あとは動きを止めれば!」
どうやらチャージは完了したようだ。しかし、今度は確実に装置を破壊する為に、もう一工夫必要になる。
「任せろ!」
恭也はブラックモンスターの前に立ちはだかると、両手に力を集中し、地面に叩きつけた。瞬間、恭也が触れた部分が凍り付いた。
「ブ、ブラッ……⁉」
氷は凄まじい速度でブラックモンスターに向かって進んでいき、その全身を凍らせる。氷を操る超能力、クリオキネシスだ。
「撃て!」
「はい!」
恭也が動きを止めた隙を突き、稔がポジトロンブラスターの引き金を引く。
ポジトロンブラスターとは、超小型の陽電子砲である。彼の頭脳と技術の集大成だ。しかし、これほどの武器を用いても、ブラックモンスターに対しては通常兵器より多少効く程度の効果しかない。
が、それは普通に使った場合の話である。ノーマルモードからチャージショットモードに切り替え、最大までチャージして発射された光線は、ブラックモンスターに大ダメージを与えられるほど強力なのだ。
銃口から光線が発射され、魔力吸引装置に命中した。高熱で炙られ、出力で吹き飛ばされ、歪んでひしゃげ、明らかに機構を使用出来ない有様となる。
「ああっ! 魔力吸引装置がぁ!」
ズルドはせっかく用意した対魔法少女用兵装を破壊され、悲鳴を上げた。
「今よ、チアフル!」
「うん! チアフルステッキ!」
愛依奈に促され、チアフルはステッキを呼び出す。
「みんな、ありがとう!」
それから礼を言い、今まで溜めていた魔力を解放する。
「私の元気、マキシマム! チアフル! シャイニング・エクスプロージョン‼」
解き放たれた魔力は、何物にも阻まれる事なく飛んでいき、ブラックモンスターを包む。
「カーテンコール‼」
ステッキを突きあげるチアフル。
「ゲンキ~……」
ブラックモンスターは浄化され、元の女性に戻り、ネガクリスタルが砕ける。
「くそぉ~! 今度こそ勝てると思ったのに! よくも邪魔してくれたなお前ら!」
目の前に迫っていた勝機を逃してしまい、ズルドは悔しくて地団太を踏む。
「っていうかチアフル! お前恥ずかしくないのか⁉ 魔法少女のお前が、一般人に助けられたんだぞ⁉」
それから、チアフルが今回の状況を自力で打開出来なかった事、最後まで魔法少女レスキュー隊に頼ってしまった事を指摘した。
「そ、それは……」
うつむくチアフル。彼女なりに今回の件は気にしているのだ。
「お前、こいつらに助けられるのは今回が初めてじゃないよな? 追い詰められる度に助けられて、それで世界の希望のファンタスティック・メイジを名乗るとか、お笑い種だよなぁ⁉ ええ⁉ 魔法少女のメイチアフルさんよ!」
「うぅ……」
ここぞとばかりにチアフルを責めるズルド。チアフルはそれに対して、何も答える事が出来ない。
「そんな事ないわ!」
だが、そこに愛依奈が割って入った。
「人間は助け合いよ。魔法少女だって人間なんだから、あたし達一般人が魔法少女を助けたっていいわ!」
「そうですね。何もおかしな事はしていません。おかしいのは、これをおかしいと感じるズルドさんの方ですよ」
稔も言う。人間は、一人では生きられない。多くの人間が助け合う事によって、初めて生きていく事が出来る。なら、魔法が使える事以外、普通の人間と何の違いもない魔法少女を助ける事に、疑問など生まれるはずがない。
「自分達がやっている事を考えれば、簡単に想像出来た状況のはずだがな。どうもロストハートの連中は、想像力が欠けているらしい」
続いて恭也までも、ズルドの落ち度に対して言及する。
「い、言いたい放題言いやがって!」
「なら今度は、こっちで勝負するか?」
言い返されたズルドは再び激怒するが、恭也は怯む事なく、両手に炎を灯す。愛依奈はストロングブースターを見る。これにはポジトロンブラスターと同じく、バッテリーの残量を示す三つのメーターが付いている。今はメーターが一つだけ点灯している状態だ。機能を一回使う毎に、一つメーターが減る。つまり、あと一回しか使えない。
「チアフル! もうひと頑張りよ! こいつを倒しましょう!」
「うん!」
だが、そんな事は関係なかった。愛依奈はチアフルを鼓舞し、チアフルも応える。稔は無言で、ポジトロンブラスターの照準をズルドに合わせた。
「く、くそっ! 今回はこれくらいにしておいてやる! 次は勝つからな!」
チアフルとレスキュー隊の連携を脅威に感じたズルドは、精一杯の負け惜しみを叫びながら、瞬間移動で撤退していった。
「あ、逃がしちゃった!」
「……まぁいいだろう。チアフルのダメージもでかいからな」
愛依奈は残念がったが、恭也はそれならそれでと割り切った。あんな奴だが、幹部は幹部。ブラックモンスターよりも遥かに強い。チアフルが大きく消耗している今の状態で戦ったら、勝てたかわからなかった。
「チアフル、大丈夫⁉」
戦いが終わったと見たミューシャが、チアフルの側まで来る。
「私は大丈夫。それより、ごめんね、みんな。私が弱いせいで……」
チアフルは変身を解き、愛依奈達に謝った。
「まったくだ。お前がもっと強ければ、俺が魔法少女レスキュー隊に入る事もなかったのに」
「ちょっと江戸川君⁉」
恭也や腕組みし、そっぽを向きながら愚痴る。それを見て、愛依奈は怒り、満織は、あうう、と呻きながら、顔を赤くした。
「だが、やると決めたからにはやり切る」
とはいえ、魔法少女レスキュー隊に入るという宣言を撤回するつもりは、全くなかった。
「俺は魔法少女レスキュー隊の一員として、一日も早くこの戦いを終わらせられるよう、力の限り協力する」
そして、愛依奈の前に歩み寄り、力強い笑みを浮かべながら、片手を差し出した。
「よろしく頼むぞ、隊長殿」
「こちらこそ、よろしくね、江戸川君!」
愛依奈はその手を取り、強く握りしめた。
こうして、魔法少女レスキュー隊は三人目の仲間を獲得した。
魔法少女レスキュー隊 大久保たかし @555999
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