結成!魔法少女レスキュー隊①
彼の名前は江戸川(えどがわ)恭也(きょうや)。高校二年生の男子だ。日課は、学校の帰りにコンビニに寄って、缶コーヒーを買う事。今日もお気に入りの缶コーヒーを購入し、すぐに飲み干す。空になった缶を、ゴミ箱に捨てる。
その直後、爆発音が聞こえた。
恭也は突然の轟音に一瞬目を見開くものの、すぐに、またか、という表情になる。
「今回は近いな」
それから落ち着いて、音が聞こえてきた方を見た。
人々が悲鳴を上げて逃げていく。
「行け! ロスマンども! この世界の人間から心を奪え!」
「ロストロストー!」
奇妙なメイクを施したような顔をした男が、黒いタイツを着込んだ人間のような風貌の怪人達に命令を下す。ロスマンと呼ばれた怪人達は、奇声を上げながら人々に襲い掛かり、殴る蹴るの暴力を加える。
「た、助けて……!」
OLと思しき女性がロスマンに追い詰められる。ロスマンは女性が逃げられないとわかると、女性の胸に片手をかざした。すると、胸から光が出てきて、ロスマンの手に吸い込まれる。女性は目を開けたまま気絶した。
彼らの名はロストハート。半年前、突如としてこの世界に現れ、以来世界中に攻撃を仕掛けている怪物達だ。今ロスマンが奪ったのは、人間の心。彼らは人間から心を奪う為、この世界に侵略を仕掛けてきたのだ。
「いいぞ! 奪え! 人間どもから奪った心が、俺達ロストハートの力になるんだ!」
リーダーと思しき男が、ロスマン達の功績を見て、歓喜の声を上げる。
だが、その時だった。
「待ちなさい、ロストハート!」
「ああ?」
凛々しい少女の声が聞こえて、男が振り向く。
そこには、白とピンクを基調としたコスチュームに身を包み、羽が生えた黒猫を連れた、一人の少女がいた。
「みんなから心を奪い取るなんて、このメイチアフルが許さないよ!」
少女は凛々しく力強い表情で、メイチアフルと名乗った。
「ふん、また出てきたのか、メイチアフル! 腰巾着の妖精ミューシャ!」
「それはこっちの台詞だよ、ズルド! またみんなを襲うなんて!」
チアフルは男の名を呼んだ。
「何が悪いんだ? 俺達は生きる為に心を食ってるだけだぞ? お前達だって自分達が生きる為に、命を殺して奪ってるじゃないか」
「あなた達の事情は、私達とは違う!」
「君達自身が心を持てば解決するって、何回も言ってるじゃないか!」
ズルドの発言に、チアフルと猫、ミューシャは激昂する。
ロストハートがなぜ人間から心を奪うのかというと、彼らは常に飢餓感に襲われており、心を食らった時のみそれが満たされるからだ。
彼らはネガティブフォースという闇の力が形を成した、エネルギー生命体。ネガティブフォースの本質はその名の通り、苦痛、怒り、悲しみ、妬みなどの負の感情である。ゆえに、そこから生まれたロストハートは、心に負の部分しかない。つまり、心を半分しか持っていない。だが心は、正と負の二大要素で成り立っている。だから自分の心を完成させる為、本能的にもう片方の部分を埋めようとする。それが飢餓感の正体だ。しかし、他人から心をいくら奪っても、それは自分の心ではない。しかもロストハートの心は負の力が強すぎる為、取り込まれた心はそれに耐えられず、しばらくすればネガティブフォースに変換されてしまう(なので実は自分の力を高める為に心を食っているわけではないのだが、結果的にロストハートの力が高まる)。ロストハートの心に耐えられるのは、ロストハートの心だけ。だからロストハートがその飢餓感から逃れる為には、自分自身の力で心の正の部分を生み出さなければならない。その事は既に伝えてある。
「奪い続ければ済むだけの話なのに、自分で生み出す必要なんかねぇだろうが」
だが当人達にはそうするつもりが全くなく、これからも奪うつもりだ。心を奪われた者は、感情という動力源を失う為、何も出来なくなり、緩やかに死んでいく。ロストハートは異世界に渡る手段を持っており、心を食い荒らして様々な世界を滅ぼしてきた。
「だからお前達の心も、この世界の人間どもの心も、全部俺達が食ってやるよ!」
「そんな事許さない! この世界は私が守る!」
しかし、ある世界に侵略を仕掛けたのがまずかった。その名は魔法界。残念ながら魔法界はロストハートに滅ぼされてしまったが、やられっぱなしでは終わらなかった。ロストハートを倒し、魔法界を復興させる為、いくつもの手を打っていたのだ。
その一つが、魔力と共に心の煌めきを力に変えて戦い、かつて魔法界を救ったという伝説の魔法少女、ファンタスティック・メイジの存在だ。魔法界の人間からファンタスティック・メイジを再び生み出す前に、魔法界は滅ぼされてしまった。だが、ファンタスティック・メイジを生み出す力を妖精に与えて、この地球へ逃がす事には成功した。メイチアフルは、その力をミューシャから与えられた事によって生まれた魔法少女なのだ。
「ふん。やれロスマンども!」
「ロストロストー!」
ズルドがロスマンの大群をけしかける。
「ミューシャ、離れて!」
「うん!」
「はぁぁぁっ!」
チアフルはミューシャを退避させると、一気呵成に突撃した。徒手空拳で次々にロスマンをなぎ倒していく。倒されたロスマンは黒いエネルギー、ネガティブフォースに還って散っていった。
「やっぱりロスマンじゃ荷が重いか……」
ズルドは苦虫を嚙み潰したような顔をする。ロスマンは、ズルド達ロストハートの最高幹部、シャドウズがネガティブフォースから生み出す、ロストハートの尖兵。一体を生み出すのに使うネガティブフォースは少なく、一度に大量に作れるのが強みだが、その代償として戦闘力は低い。
「何かいい手は……」
周囲を見回すズルド。と、彼の目にある存在が留まった。それは、腰を抜かして座り込んでいる幼女。親とはぐれて逃げ遅れてしまったのだろうか。
だが、ズルドにとっては彼女の事情などどうでもいい。その顔を愉悦に歪めると、一瞬で幼女に接近する。
「逃げて!」
チアフルはズルドの行動と意図に気付き、幼女に逃げるよう言うが、腰が抜けて動けない。チアフルもロスマンに阻まれ、近付けない。
「ちょうどいい所にいたな。お前、俺の手駒になれ」
ズルドの手に、黒いひし形のクリスタルが出現する。ズルドはそれを、幼女の胸に叩きつけた。
「ネガクリスタル装填! 心の闇を破壊の力に! いでよ、ブラックモンスター!」
「あ、ああ……!」
幼女の目が光を失い、その身体がクリスタルから溢れた闇に包まれる。
「ブラックブラァック!」
幼女は二足歩行する黒い巨大な獣人へと姿を変えた。ズルドが少女に使ったのは、心の闇を増幅してネガティブフォースに変換し、人間を怪物に変える装置、ネガクリスタル。それによって姿を変えられてしまった人間を、ブラックモンスターと呼ぶ。
「やれ! ブラックモンスター!」
「ブラックブラァァック!」
ズルドの命令を受けて、ブラックモンスターはチアフルに突撃し、拳を振るう。
「くっ……はぁっ!」
チアフルはそれに合わせる形で拳を繰り出す。
「あっ!」
だが押し負けてしまい、吹き飛ばされた。
「チアフルショット!」
すぐに体勢立て直したチアフルは、片手をかざして、白い光弾を連射する。
「ブラック⁉」
光弾は全て命中し、ブラックモンスターは怯む。
「ごめんね! すぐ元に戻してあげるから!」
チアフルは謝った。ブラックモンスターは、ネガクリスタルによって存在を変質させられてしまった人間。このまま倒せば、幼女も死んでしまう。助けるには、ファンタスティック・メイジが浄化魔法を使い、ネガティブフォースを浄化しなければならない。だがブラックモンスターのネガティブフォースは、ロスマンとは比較にならないほど強力なので、いきなり使っても浄化は出来ない。ある程度ダメージを与えてネガティブフォースの出力を弱らせるか、魔力を溜めるかしなければならないのだ。
「はっ! たぁっ!」
手足に魔力を纏わせてブラックモンスターを攻撃する。
「ブッ! ブラッ……!」
たじろぐブラックモンスター。魔法少女の魔力には、ネガティブフォースの弱点となる心の煌めきが込められている為、ロストハートに対して特効を発揮するのだ。
「おっと、そうはさせるか!」
「えっ⁉ きゃあああーっ‼」
しかし、それを黙って許すほど、ズルドは甘くない。ブラックモンスターに気を取られていた隙を狙い、チアフルを殴り飛ばした。それを驚くべき速度で追い掛けてラッシュを叩き込み、さらに片手から黒い光弾を放ってチアフルを吹き飛ばす。
「うっ……この前戦った時より、遥かに強くなってる……!」
ボロボロにされたチアフルは、よろめきながら立ち上がる。
「当然だ! 俺はロストハートの最高幹部シャドウズのズルド! さらに、お前達から奪った心でパワーアップしてるのさ! やれ、ブラックモンスター!」
「ブラック……ブラァァァァック‼」
「きゃああああああああ‼」
ズルドから命令を受けたブラックモンスターは、力を溜めると、口から黒い光線を吐き、チアフルにさらなるダメージを与えた。チアフルが絹を引き裂いたような悲鳴を上げ、倒れた。もう立ち上がる力もない。
「お前達ファンタスティック・メイジの心は煌めきは強すぎて、このままじゃ奪えない。だから俺達への恐怖心を抱かせて、お前の心に影を作る」
ズルドが指を鳴らすと、地面から沸き出すようにして大量のロスマンが生まれ、チアフルを取り囲む。
「ロスマンども。そいつを徹底的に痛めつけてやれ」
「ロストロストー!」
ズルドとロスマンを見て、チアフルが息を飲んだ。
「チアフル!」
ミューシャが叫ぶ。
「……これは逃げた方がよさそうだな」
恭也はファンタスティック・メイジとロストハートの戦いを見て、静かに呟いた。こんな近くで両者の戦闘が起こるのは初めてだが、チアフルがいるのだから逃げる必要はないだろうと思っていた。が、予想以上の大苦戦を強いられるチアフルの姿に、考えを改める事にしたのだ。もし自分が心を奪われ、ズルドやブラックモンスターが強化されるような事になれば、ますますチアフルの勝利が遠のく。幸いにも、彼らはまだ自分の存在に気付いていない。静かに、素早く逃げれば、無事逃げおおせる事が出来るはずだ。
そう思い、逃げようとした時、
「待て待て待て待てーーーー‼」
一人の少女が、制止の言葉を叫びながら飛び込んでいくのが見えた。
恭也が驚いてそちらを見ると、さらに驚いてぎょっとした。
「一条⁉」
それが知っている人物だったからだ。少女の名は、一条(いちじょう)愛依奈(あいな)。恭也のクラスメイトであり、正義感が強く活発な事で知られている。きっと自分と同じように、チアフルの戦いを近くから見ていた。そしてその性格からズルド達のやっている事が許せなくなり、思わず飛び出してきたのだろうと、恭也は予想する。
「汚い手で! チアフルに触るな!」
「ロス⁉」
「ロストッ!」
飛び込んだ愛依奈は、ロスマンに拳や蹴りで攻撃を仕掛け、愛依奈に叩きのめされたロスマンが、チアフルにやられた時のように、闇に還っていく。それを見た恭也は、ますます驚いた。魔法少女以外にロスマンを徒手空拳で倒す者がいるとは思わなかったのだ。よく見ると、愛依奈は両手にサイクルグローブらしきものを着けているので、丸腰というわけではないが、逆に言えばそれだけ。怪人達と戦うには、あまりにも軽装すぎる。
「あーっ! お前はいつものお邪魔虫1号!」
ズルドは愛依奈を見て、指を差しながら叫んだ。
「ズルド! あんた性懲りもなくまた来たのね⁉ いい加減にしなさいよ!」
愛依奈も怒りを以て応える。
(顔を覚えられているのか⁉)
一連のやり取りに再び驚く恭也。二人の会話内容は、明らかに初対面のそれではない。すなわち、愛依奈はズルドと何回も激突しているという事だった。ロストハートはこの世界に侵略を始めてから、この街に何度も現れている。とはいえ、恭也に野次馬根性はない為、わざわざロストハートの襲撃を見に行ったりはしない。せいぜい今のように、すぐ近くで戦闘が起こり、巻き添えに近い形で見る程度だ。なので、もしかしたら自分の知らない所で、愛依奈はズルドに挑んでいたのかもしれないと、恭也は思った。
「ブラックモンスターまで作って、絶対に許さないわ! 今日こそぶっ倒してやる!」
愛依奈はロスマンを蹴散らすと、ズルドに向かって駆け出した。それから、ラッシュの応酬を繰り広げる。
(幹部と互角に渡り合っているだと⁉)
言うまでもなく、ロスマンの戦闘力は一般人よりも上であり、幹部はそれより遥かに強い。愛依奈は学校でもトップクラスに身体能力が高いのだが、それでもロストハートの幹部と殴り合いが出来るほど強くはないはずだった。
「この!」
10秒ほどラッシュの応酬を繰り広げた後、愛依奈はズルドに腹を殴られ、蹴り飛ばされた。その先には、チアフルがいる。
「愛依奈ちゃん!」
チアフルは愛依奈を心配した。
「何なんだよお前は⁉ チアフル並に煌めきが強くて心が吸い取れないし、俺達への恐怖が微塵もないしで、もうお前本当に何なんだよ⁉」
倒れた愛依奈に、ズルドは文句をぶちまける。
「こうなったらお前も痛めつけて、恐怖心を植え付けてやる!」
ズルドが言うと、愛依奈とチアフルをロスマンが取り囲む。
「くそ……何勝ち誇ってんだバカ。まだ二発もらっただけだっての……!」
不屈の闘志を燃やして立ち上がる愛依奈。たった二発とはいえ、ズルドの攻撃は重く、両足が時折ガクガクと震えている。本人はやる気満々だが、身体はグロッキーだ。
(どうする⁉ どうすればいい⁉)
恭也は悩んだ。愛依奈の事を考えれば、今すぐ飛び出して、抱きかかえて逃げるべきだろう。彼ならそれが可能だ。が、そんな事をすれば間違いなくズルドに目を付けられる。
恭也の考えが纏まる前に、状況は動いた。
「うわああああああ‼」
ズルドが爆発して吹き飛んだ。
「ロスト!」
「ロストー!」
ロスマン達も次々に爆発する。
違う。爆発しているのではない。爆撃されているのだ。
「遅いわよ、村松君」
誰が来たのかわかっていた愛依奈は、文句を言う。
「また勝手に始めて……いつも言ってるじゃないですか。僕が来るまで待って下さいって」
現れたのは、バイザー付きのヘルメットを被り、白を基調とするメカメカしいパワードスーツに身を包んだ男だった。同じく白を基調とするライフルを持っており、あれで狙撃した事が伺える。
「……村松?」
恭也はバイザーのせいで見えなかった為、顔がわからなかったが、愛依奈が呼んだ名前に聞き覚えがあった。村松(むらまつ)稔(みのる)というクラスメイトの男子がいるのだ。稔は両親が研究員をやっており、稔自身も研究員として様々なものを作っていると聞いた事がある。一度彼の家に行き、作っているものを見せてもらった事があったが、普通なら考えられないものばかりだった。稔の頭脳は、間違いなく天才と言えるものだ。やろうと思えば、パワードスーツや武器だって作れるかもしれない。恭也はそう思っていた。
「く……お邪魔虫2号……!」
ズルドはどうにか立ち上がり、村松を睨み付けた。そういえば、ズルドは愛依奈の事をお邪魔虫1号と呼んでいたと、恭也は思い出した。1号がいるという事は、2号もいるという事だ。村松は愛依奈と組んでロストハートと戦っていたので、こちらも存在を覚えられてしまっていた。
「はい、お邪魔虫2号です。今回もあなたのお邪魔をしに来ました」
礼儀正しい口調で軽口を叩く村松。
「いつもいつもいい所で割り込んできやがって! やれ、ロスマンども! ブラックモンスター!」
「ブラックブラァァック!」
「ロストロスト―!」
ズルドは自身の手駒全てに攻撃を命じる。
「僕にはブラックモンスターを浄化する事は出来ませんが、ネガティブフォースの出力を弱らせる事は出来ますよ」
村松はライフルの引き金を引き、光弾を撃つ。発射された光弾は全て命中し、ロスマンを吹き飛ばしつつ、ブラックモンスターにダメージを与える。
「ラストスパート、行くわよ!」
限界が近い身体に鞭を打ち、愛依奈もロスマンを倒していく。
「お前、いい加減ウザいんだよ!」
ファンタスティック・メイジでもないのに自分達を邪魔してくる愛依奈と村松に苛立ちを感じていたズルドは、まず愛依奈の方から先に始末しようと接近する。
「やあっ!」
だがそこにチアフルが割り込み、ズルドの顔面を殴り飛ばした。
「私の友達を、これ以上傷付けさせない!」
「くっ、くそっ!」
愛依奈とチアフルは協力してズルドを攻撃し、稔が周囲の雑魚を片付けていく。チアフルは戦っている最中でもチアフルショットをブラックモンスターに向けて放ち、弱らせていった。
「チアフルさん! そろそろ行けるのでは⁉」
「決めちゃって! チアフル!」
「うん! 二人とも、ありがとう!」
ロスマンが数を減らし、ブラックモンスターの動きが鈍り始めたのを見て、今が決着の時だと感じる三人。
チアフルは胸に付いているハート型のブローチ、スパークルハートに軽く触れる。すると、先端にピンクのハート型宝石が付いている杖が飛び出してきた。
「チアフルステッキ!」
魔力増幅アイテム、チアフルステッキ。チアフルはそれを手に取ると、自身の魔力を一気に高め、魔法を使う。
「私の元気、マキシマム! チアフル! シャイニング・エクスプロージョン‼」
ステッキを両手で持ち、真上に掲げ、魔力を集中。それからステッキをブラックモンスターに向けて、巨大な白い光弾を放つ。光弾は飛びながら巨大化していき、ブラックモンスターを包む。
「カーテンコール‼」
チアフルがステッキを右手で持って突きあげると、光が爆発を起こした。
「ゲンキ~……」
ブラックモンスターは幼女に戻り、彼女を変異させていたネガクリスタルが砕け散った。
「くそぉ~! 次は負けないからな!」
悔しがりながら捨て台詞を吐き、撤退するズルド。
「チアフル・ワイド・ヒーリング‼」
さらなる魔法を使うチアフル。これは、回復魔法だ。ロストハートに襲われて怪我をした人を治し、奪われた心を再生させ、破壊された街を元に戻す事も出来る。チアフルは戦いが終わると、必ずこの魔法を使うのだ。逆を言うと、ファンタスティック・メイジの魔法でなければ、廃人化した者を回復させる事は出来ない。
ズルドの攻撃で大ダメージを受けた愛依奈も回復した。チアフルは変身を解く。
(あれは、幸野谷⁉)
恭也は内心驚く。彼女は幸野谷(こうのや)満織(みおり)。クラスメイトだ。
「やったね、満織ちゃん!」
「お疲れ様!」
愛依奈とミューシャは、満織を温かく迎えた。その後ろから稔がゆっくり歩いてくる。
「ごめんね。今回こそ私一人の力で勝つつもりだったのに……」
「いいって! あたし達、友達でしょ?」
「幸野谷さんは人々の希望なんですから、僕達が守るのは当然ですよ」
「それにしても相変わらずすごいわね、村松君の装備」
「幸野谷さんの魔法には及びませんがね。このポジトロンブラスターも、せいぜいブラックモンスターを少し弱らせる事しか出来ませんよ。それより、ロストハートと真正面から渡り合える一条さんの方がすごいと思いますけどね」
健闘を称え合う四人。
「……どうなる事かと思ったが、何とかなったな」
それを見ていた恭也は、もう大丈夫だろうと安心した。
その時だった。
「ロスト―‼」
「⁉」
恭也にロスマンが襲い掛かった。どうやら一体だけ群れからはぐれ、気付かれないように近付いてきていたらしい。
「ロスト! ロスト―!」
ロスマンは恭也から心を奪おうと、手を振り回す。必死に逃げる恭也。だが、身体能力はロスマンの方が上だ。逃げ切れない。
「チィッ……!」
舌打ちする恭也。
次の瞬間、恭也の右手に、炎が灯った。
「ふん!」
「ロスッ……!」
恭也は攻撃をかわしつつ、右手を振りかぶり、ロスマンに勢い良く掌底を叩きつけながら、炎を放った。炎は爆裂し、ロスマンを木端微塵に吹き飛ばす。
満織が魔法少女という秘密を抱えているように、恭也もまた秘密を抱えている。彼は、超能力者だ。今使ったのは炎を操る超能力、パイロキネシスである。
「お、思わず反撃してしまった……」
彼はある事情から、人目につく所で超能力を使いたくないと思っている。だがロスマンから身を守る為、反撃で超能力を使ってしまった。恭也の身体能力は平均的な男子高校生のそれなので、一般人の倍以上の身体能力を持つロスマンを殴る蹴るしても、倒す事は出来ない。なので、反撃に超能力を使うのは、判断としては正しい。
だが、今は状況が悪い。近くに厄介な人間が四人もいるのだ。恭也は恐る恐る振り返る。
その厄介な四人が、目を見開いて恭也を見ていた。
「「えええええええええええええ⁉」」
数秒後、愛依奈と満織が叫んだ。
「ちょちょちょちょっと⁉ あなた確か、江戸川君だったわよね⁉」
「江戸川君も魔法が使えたの⁉」
そして、恭也に詰め寄ってきた。
「お、俺は……」
「ストップ。こんな所でするような話ではありませんよ。僕の家に行きましょう」
どう答えたらいいか迷っていると、稔が助け舟を出した。確かに、ここで話すにはまずい内容だ。
というわけで、稔の家に来た一同。恭也は前にも来た事があるが、相変わらずの豪邸だった。それから一同は、応接室に通される。執事と思われる老人がコーヒーと菓子を人数分テーブルに置いて、退室した。
「この部屋の防音性は完璧です。秘密を話すにはうってつけですよ」
「やだ村松君ったら。まるであたし達が悪だくみでもしようとしてるみたいじゃない」
稔の発言に、軽い冗談を言う愛依奈。恭也からすれば、気が気でなかった。何せ自分の秘密を話さなければならないのだから。
「で、江戸川君も魔法使えたの?」
「……違う。俺の力は、超能力だ」
単刀直入に訊いてきた愛依奈に、恭也は重たい口を開いた。とりあえず、自分の力が超能力で間違いないという事はわかっている。前にチアフルとロストハートの戦いに巻き込まれた時、逃げるついでに検証したのだ。検証と言っても、自身に危険が降りかからないよう気を付けて、しっかりと見て感じ取った、というだけだが。
それでわかった。自分の力は、魔法少女のそれとは別系統の力だと。
「魔法使いがいるのですから超能力者もいるだろうとは思っていましたが、実際に目の当たりにしてみると感慨深いものがありますね」
系統が違う力の持ち主達とはいえ、超越者という意味ではどちらも同じだ。
「いつから使えるんですか?」
「中学生に上がってからだ。きっかけは、わからない。気付いたらもう、使えるようになっていた」
「思ったより近いですね。てっきり物心ついた時から使えたものかと」
「どうしてそんな大事な事黙ってたの⁉」
稔の質問に割り込むようにして、愛依奈が質問してきた。
「お前達みたいな面倒な連中から目を付けられたくないと思ったからだ。逆に訊くがなぜ言わなければならない?」
「どうすれば使えるようになるのかなって。羨ましかったから」
愛依奈の答えを聞いて、恭也は大きく溜息を吐いた。
「あのな……俺がこの力のせいでどれだけ苦労したかわからないだろ?」
目覚めたばかりの頃は、少しカッとなっただけで近くにあるものが炎上したり、聞きたくもない相手の心の声が聞こえたり、人間や動物の内臓が見えたり、散々だった。今は制御出来るように訓練したので、意図せず力が発動したりする事はなくなったが。
「昼寝して目が覚めたら近所の公園に瞬間移動していた事もあったな。ああ、ラーメンを冷まそうとして凍らせた事もあった。まったく、ここまで制御出来るようになるまで、やる必要のない訓練をどれだけこなす羽目になったか……」
「一条さん。前にも言ったはずですが、持っている人には持っている人なりの苦労があるんです。軽々しく羨ましいだの、欲しいだのと口にしてはいけませんよ」
「う……」
恭也から愚痴を聞き、稔から軽く諫められて、愛依奈は俯いた。
「あなたの場合は仕方のない事でしょうが」
恭也は、稔が小さく呟いたのを聞き逃さなかった。
「では、今度は江戸川君の番です」
だがその意味について問い質す前に、稔が言った。
「こちらから一方的にいろいろ訊いてしまいましたから。江戸川君もいろいろと訊きたい事があるでしょう? 僕達について」
「あ、ああ……」
やけにあっさり秘密を明かしてくれた事に、何か裏があるのかと勘繰りながらも、質問する。
「その、お前達はいつからあんな事をやっていたんだ? いや、幸野谷はわかるんだ。問題は一条と村松がやっている事だ」
二人は明らかに、ロストハートと戦っていた。普通の人間でしかないはずの二人がそんな事をすれば、命がいくつあっても足りない。そんな危ない事は、満織に任せるべきだろうというのが、恭也としての考えだ。
「それについては、僕の口から話すより、一条さんから話した方がいいですね。何せ、彼女が当事者ですから」
話を振られた愛依奈は、待ってましたとばかりに話し始めた。
「何を隠そうあたし達、魔法少女レスキュー隊をやってるの!」
「……魔法少女レスキュー隊?」
あまりにとんちきな話が出たので、恭也は思わず聞き返してしまった。
「その名の通り、ピンチに陥った魔法少女をレスキューする事があたし達の活動内容よ!」
「……なぜそんな事を?」
「ほら、最近満織ちゃん、苦戦する事多くなってきてるじゃない? だから、ロストハートに勝つ為には、もっと戦力が必要だと思ってね」
言われてみればと、恭也は今回の戦闘を思い出した。
恭也は毎回チアフルの戦闘を見ているわけではないのでわからない事なのだが、毎回見に来ている愛依奈は、当初は優勢だったチアフルが徐々に劣勢に立たされている事に気付いていた。これはロストハートとの戦いが半年以上に及んでいる事が原因ではないかと、稔は仮説を立てている。戦いが長期化すれば、敵は自軍を強化したり、新しい武器や能力を身に付けるなどして対策してくる。チアフルも頑張ってはいるが、それだけでは不足だと愛依奈は思った。そこで、魔法少女を支援する組織、魔法少女レスキュー隊の結成を考案したのだ。
「とはいえ、浄化魔法を使えない僕達では、ロストハートは倒せません。倒せたとしても、せいぜいロスマンだけで、ブラックモンスターやシャドウズが相手では足止めが限界です。しかし、それでいい。あくまでもサポートに徹して、とどめを幸野谷さんに繋げる事。それが僕達の戦いです」
「お恥ずかしいながら、すごく助かってます」
満織は顔を赤くしながら、頭を掻いた。
「そうか。まぁ、せいぜい気を付けろ。俺もお前達の事は口外しない。お前達も俺の事は口外しないでくれよ」
聞きたい事を全て聞いた恭也は、互いに秘密を共有し、口外しないと約束して帰ろうとする。
「あのさ、江戸川君」
そんな彼を、愛依奈が呼び止めた。
「あなた、魔法少女レスキュー隊に入らない?」
「……は?」
まさかの申し出に、恭也は足を止めて振り返った。
「どういうつもりだ? まさか自分達の秘密を明かしたから、見返りに協力して欲しいとかそういう意味なのか?」
「違う違う!」
そして嫌そうな顔を向けると、愛依奈は慌てて否定した。それから、自分が恭也を誘おうと思った理由を話した。
「もう一人欲しいなって思ってて……」
メンバーとして加え、動き出した魔法少女レスキュー隊は、ロストハートとの戦いにおいて一定の戦果を上げた。しかし、たった二人では心もとない。
「最低でもあと一人欲しいの。しかも江戸川君、超能力者でしょ? あたしが一番欲しいもの、力を持ってる人。魔法少女レスキュー隊のメンバーとして理想的なの」
「僕の武器はロストハートにある程度のダメージを与えられるほど強力なものですが、準備に時間が掛かります。その点、すぐその場で応戦する事が出来る江戸川君は、僕から見ても三人目のメンバーとして理想的です」
要するに、今愛依奈達は、痒い所に手が届く人材を欲しているのだ。稔は続ける。
「それに、どうも戦い慣れているように見えますので」
四人が恭也とロスマンの戦いを見たのは、ロスマンが奇声を発した所から。その時の恭也の素早い体裁きと反撃に繋げる流れが、素人のそれに見えなかったからだ。
「……本隊からはぐれたやつに襲われる事が時々あったからな。対処法は、その時に身体に叩き込んだ」
「ごめん。私が撃ち漏らしちゃったせいだよね……」
「幸野谷は悪くないだろ。攻めてきてる向こうが悪い」
自分が知らない所でクラスメイトが巻き込まれていた事を知り、満織は謝る。とはいえ、元々数では負けている戦いだ。そういう事が起きても仕方がない。むしろ襲われたのが、対抗出来る力を持つ自分でよかったと、恭也はプラスに受け止めていた。
「それでどうかしら? 江戸川君なら、即戦力として活躍出来るけど……」
「断る。俺まであんな連中に目を付けられたくない」
「そこを何とか……」
「これだから嫌だったんだ。人前で力を使うのは」
食い下がってくる愛依奈を、恭也はあしらい続ける。
「どうしても、ダメ?」
諦められない愛依奈は、さらに強く頼む。いい加減鬱陶しく思った恭也は、圧を加えて突き放す。
「そんなに力が欲しいなら、お前が魔法少女になって戦えばいい。好きなんだろ? 魔法少女。好きなだけ変身して戦えばいい。誰も止めない」
それを聞いて、愛依奈は一瞬真顔になった。恭也は怒りが先行していたせいで、他の三人が息を飲んだ事に気付いていなかった。
「……あはは! あたしが魔法少女? 無理無理! だって相応しくないもの! 魔法少女ってのは、もっと可愛くて、キラキラしてる子がならないと! 満織ちゃんみたいなさ!」
愛依奈は笑いながら、満織の後ろに回り込み、その両肩を叩いた。
「ごめんごめん。ちょっと強引すぎたわね。でももしかしたら気が変わってくれるかもしれないし、気長に待ってるわ」
恭也はそれに答えず、今度こそ背を向けて帰宅した。瞬間移動で。
「……そういえば出来ると言っていましたね」
稔は呟いた。
その日の夜。
恭也はベッドの上に仰向けになって寝転び、両手で枕を作っていた。
(何が魔法少女レスキュー隊だ。何で俺がそんなものに……)
彼の頭の中には、勧誘の言葉が残っている。だが、なるつもりはなかった。単純に危ないからだ。自分はこれから普通に生きていくつもりなのに、なぜそんな危ない事に身を投じなければならないのかと、ずっと拒否し続けている。
その時だった。
「こんばんは」
「⁉」
空間に穴が空いたかと思うと、そこからミューシャが現れた。
「何でこんな所に⁉」
「愛依奈ちゃんから住所を聞いたんだ」
「……あいつ何のつもりだ……」
ミューシャに自分の家を教えた事に、恭也は舌打ちする。それから、なぜミューシャが現れたのかについて考えた。
「まさか俺に魔法少女になって戦えとか言うんじゃないだろうな?」
「違うよ! 今日ぼくが来たのは、話があったからなんだ!」
「話?」
「うん。愛依奈ちゃんの事」
「一条の?」
「今日、君、言ってたよね? どうして愛依奈ちゃんが魔法少女に変身しないのかって」
「ああ。言った」
「実はね……」
ミューシャは言いづらそうにしながらも、意を決して言った。
「ぼく、前に一回だけ、愛依奈ちゃんをスカウトしたんだ」
「⁉」
驚く恭也。だが、思えば妙な話だ。愛依奈はミューシャにとって、またとない逸材のはず。とっくの昔にスカウトして魔法少女にしているはずなのだ。それなのに、愛依奈は魔法少女になっていない。これが意味するところは……。
「ならないんじゃなくて、なれないのか?」
そこを指摘すると、ミューシャは頷いた。
「あの子は魔法少女に相応しい、とっても素敵な子だよ。でも魔法少女になる為に一番必要なもの、マジックコアがなかったんだ」
ミューシャの話によれば、マジックコアとは心の中に生まれる、魔力を生み出す器官であるとの事らしい。しかし、これは本来魔法界の人間しか持っていないものだ。その肝心の魔法界がロストハートに攻め落とされてしまったから、ミューシャがこの世界に助けを求めてきたというのが現状である。マジックコアが地球人にもあるとわかったのは、ミューシャにとって奇跡と言えるほどの幸運だった。だが調査を進めるうちに、マジックコアを持つ人間は少数で、持たない人間の方が遥かに多い事もわかった。
満織が魔法少女になって初めて助けた人間が愛依奈で、しかもその時に満織の正体がバレてしまった。愛依奈が魔法少女に憧れていた事と、満織が愛依奈に魔法少女になって欲しいと願っていた事、ミューシャも愛依奈なら資格が充分だと思っていた事が重なり、ミューシャは愛依奈がマジックコアを持っているか検査した。
「すごく残念だったよ。愛依奈ちゃん、あんなに魔法少女になりたがってたのに……」
まるで自分の事のように落胆しているミューシャを見て、恭也はようやく気付いた。想いだけで魔法少女になれるなら、今頃世界中に魔法少女が溢れている。魔法少女は選ばれた人間にしかなれない。なら、選ばれる為には絶対に必要な条件があるはずなのだ。それをクリア出来なければ、いくら強い想いがあってもなれない。
「ぼく、それを教えた時、あの子は何でもない風を装っていた。でもぼくにはわかった。あの子はものすごいショックを受けていたって」
「それは、そうだろうな……」
ミューシャの言っていた事は、理解出来た。今日話してみてわかったのだ。愛依奈は魔法少女に対する憧れを、捨てられていない。そしてミューシャの話を聞き、魔法少女になる事に対して、まだ強い未練を抱えている事がわかった。
「あの子のやろうとしている事に付き合って欲しいなんて言わない。ただ、あんまり強い事は言わないで欲しいんだ。なりたいものになれない苦しみを、わかってあげて」
ミューシャはそう言うと、謝りながら帰っていった。
「なりたいものになれない苦しみ、か……」
自室の中で一人、静かに呟いた。
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