第2話

 

「お待たせ、悪いなもう夜も遅いからかなぁ、あまりいい食べ物は置いてなかったみたいだ」


 ここで待っていろと生意気に命令してきた勇者が何やら不思議な素材の白い袋を片手にして戻ってきた。


『何故、ワシも一緒に行ってはいけなかったのだ?』

「いやいやいや、こっちの世界じゃそんな全身鎧つけた奴なんざ怪しさ満点だからここで待ってるのが正解なんだって言っただろ? 俺の方は、鎧の下はなんとかこっちでいうスポーツインナーっぽい感じだから脱げばなんとかジョギング親父ぽくはなったが」


 勇者は何やら言いながら防御力の薄れた身体を無防備に晒してもう一度説明をする。フン、ナマイキな人間風情が、万全な状態であれば防御力ゼロなキサマなぞ一瞬にして灰塵にする事もできようよな。だが、身体が思うように動かん今はしようとも思わん。キサマの幸運ラックに感謝せい。


「それにオマエさん、こっち来てからしんどそうじゃん? 少しは休んでた方がいいって」

『……』

「なんだよ?」

『……いや』


 敵であるワシの心配をするとは此奴、底抜けのアホウなのか策略があるのか……ワカラヌ。何なのだキサマは。


「ま、難しい事は抜きにしてさ、食おうぜ。腹が減ったら頭も回んねえって言うだろ? こっちの飯がオマエさんの口にあうといいんだがな。ハハハ」


 勇者は何がおかしいのかヘラヘラと笑いながら不可思議な袋からこれまた不可思議な三角の黒い物体やら茶色い液体の入った筒やら大きな皿のようなものを取り出してきた。ナンジャコレハ、おおよそ食物とは思えぬ。魔道薬か投擲爆丸にしか見えぬのだが……比較的、安全そうなのはコレか?


 ワシはその中から皿のようなものに入ったものを手に取る。フム、野菜のような物と……ナンジャコレ、白くて四角い……チーズ? 温かい水に浸らせているという事はスープか? しかし、チーズの割には温かさに蕩ける感じも無し……チーズではないのか?


「お、湯豆腐ゆどうふセットを選んだか」

『ユドウフセット? この白い四角の物体はユドウフセットというのか?』

「正確にはその白いのは豆腐とうふて食いもんだよ。湯で煮て食うから湯豆腐ゆどうふ、それのセットだから湯豆腐セット」


 勇者は三角の黒い物体に包まれた透明膜を引っ張りながら丁寧に説明をする。ワシはそのトウフとやらをもう一度ジックリと見つめ、どんな味がするのかと興味が湧いてきた。では、ワシはこのユドウフを食してみる事とする。


「そういやオマエさん、その姿で食事はできるのか? 口とか塞がってるようにみえるけど?」

『実際食す事はできん。姿を晒す事は得策では無いが、やむを得んわい』


 ワシはヒビの入った右腕の装甲に力を込めると全身を覆う漆黒の鎧を夜闇に融けさせるイメージを描き、漆黒の鎧から己が身体を解放した。


 その瞬間、体躯の大きさが元に戻り中空に取り残されたユドウフが落下するのを片手で阻止する事に成功する。


「フム、幾分は素早く動ける。気分も楽にはなった。どうやらこの世界とワシの暗黒魔力は相性が悪いのかも知れん」


 夜風が晒した肌を擽るように流れる。髪が直接背中全体を触るのは鬱陶しいが、随分と気分はいい。長らく漆黒の鎧に包まれていたせいか、新鮮な感覚だ。


 が、それ以上に横の視線が気になるのだが……。


「なんだキサマ、ジロジロと見てからに」

「ぇ、い、いやいやいや、アナタさまは……もしかしなくても?」


 なんじゃその歯切れの悪そうな物言いは。ワシが「女」だとなにか不都合でもあるのか?


「ワシが男にみえるのかキサマ?」

「いや、めっちゃ女の方に見えますね?」

「では、ワシは女で間違いないじゃろう」

「いやでも、あんなゴリゴリな体躯マッチョから細身スレンダーな女の子になるって予想外というかなんというか、喋り方からもっとご老人をイメージしてたな俺」

「この喋り方は生まれつきじゃ、年寄りは関係ない。まぁ、千年以上はワシの方が年上の筈だからのぅ。老人と言ってもよいかも知れん」

「千年マジかよ、めっちゃ人生大先輩じゃん。いや、その可愛い女の子な見た目で老人は無理があるというか……その」


 なんじゃこの姿を晒してから歯切れを悪くしおって。それより、このユドウフとやらはどうやって食せばいいんじゃ?


「すまんが、食い方を教えてくれんか?」

「ぁ――ハッ! はいはい食い方ね。まず、フィルターを剥いてから蓋を外して、この窪みに別の袋に入ったポン酢を入れて、これにつけながら食うんだよ。あ、でも箸は使えないか、スプーンも貰ってたからこっちで食べてみてくれ」


 何やら呪文のような言葉を吐きながらテキパキとユドウフを食す段階まで準備してくれた。ワシは白いスプーンを片手にして、トウフのひとつをポンズとやらにつけてからトウフを食べた。


「……」


 なんだろうか、ツルンと口の中に飛び込んできて口の中に広がる不思議な感覚は、この一瞬の濃い味はポンズとやらと分かるが、トウフ本体はあまり味が無いように感じるが、微かに独自の味わいが広がってゆく。なんだろうか、随分と優しい気持ちにしてくれる。こんなのは生まれて初めてじゃ。


「美味いな」

「そうか、いや、気に入ったんならよかった。俺は好きでも嫌いでもない食いもんなんだけど、気に入ったんならよかった。こっちの昆布おにぎりも美味いぞ。

 まだあるから、食べてみてくれよ」


 勇者は何が嬉しいのか、ウキウキとした様子で先ほど膜を剥いていた黒い物体を差し出してきた。正直、爆弾ボンムにしか見えぬが、ユドウフが美味かったからこれも興味はある。ワシは受け取りがぶりと一口食べた。


 黒い物体はバリと弾け、中から白いライスが現れ、ライスの中に入った黒い海藻のようなものが味濃く主張してくる。


「これも美味いが、やはり」


 ワシはもう一度スプーンでトウフを掬って口にする。


「ワシはこっちの方が好みじゃな」


 気づけばワシは、ユドウフを全てたいらげていた。まだ欲しい物足りないと感じてしまう程にワシはこの「トウフ」という食べ物を好きになってしまったようじゃ。


「勇者よ、この世界にいればワシはこのトウフを再び食す事ができるじゃろうか?」

「ん、まぁこの世界というかこの国にいれば食える確率は高いな。この日本て国が豆腐の本場だからな」

「そうか、ならばワシは、この世界、ニホンとやらにしばらく暮らす事とするぞ」

「へ〜――ンッ、なんだってっ!?」


 勇者は魔王城のモンスターといきなり対峙したような顔でワシの顔を眼力で射抜くように見つめてくる。ワシの決断に驚くのも無理からぬ話じゃろうが、どのみちあっちの世界ドコカノンに帰れる術はまだ無い。ならば、ここで暮らしてゆく事を考えるのが自然というものじゃぁなかろうかのぅ。


「というわけで、しばらくお世話になるぞ勇者よ」

「お、お世話になるって……まさか、俺と一緒に暮らそうていうんじゃないだろうな」

「そのまさかじゃぞ? ワシは当然ながらこっちに知り合いなんぞおらん、不本意じゃがキサマと一緒におらんと右も左もわからん異邦人イマジンよ、なので一緒に暮らす権利をやる。ありがたく思うことじゃな」

「暮らす権利をやるって、上からだなおい。ていうかその、曲がりなりにも男と女が一緒に暮らすて意味わかってんのかと――」

「――必要ならばツガイのふりでも何でもしてやるわい、共に暮らすならその方が自然かも知れんしのぅ。ま、つべこべ言わずにワシと暮らせばいいんじゃオヌシは」

「ツガイのふりって――オイオイ、勘弁してくれよ。アンタをそうゆう眼でみるつもりは無いんだぜ俺は」

「ふりじゃと言うとろうが。ワシとて本気でツガイになるつもりは無い。魔族と人間、魔王と勇者、あちらに戻れば敵同士、馴れ合うつもりは毛頭ないと宣言はしておいてやろう。これで安心じゃろう。ワシはな、トウフを食すために魔族のプライドを今は捨て去る覚悟よ」

「湯豆腐ひとつでとんでもない事になっちまったなぁ、とりあえず実家には行ってみるつもりだが、なんていやいいんだ」


 勇者は何やらブツブツと言っておるが、まぁなんとかなるじゃろ、いざとなれば多少無理をしてでも魔法を使って解決するのみよ。ワッハッハ、何やらこっちの暮らしが楽しみになってきたぞいッ。

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