異世界から飛ばされた元魔王と異世界から戻ってきた元勇者〜過去のお話〜

もりくぼの小隊

第1話

『勇者よ、覚悟するがよいッ』

「なんの、まだだッ!!」


 我が右掌に広がりし闇黒焔ダークフレイムに向かって白銀の聖剣シルヴァリオンが振り降ろされる。ふん、どうやら多少は頭が回るやつのようじゃ。ワシの暗黒魔力が充分と発動する前に全力の一撃を叩き込んでくるとはのぅ。残念じゃ。


「な……に、ッ!?」

『ハッハッハッハッ、我が漆黒の鎧の前には聖剣といえど簡単に傷をつけられるとは思わぬ事じゃ。さぁヌシもまた、ワシの前に挑んできた数多の勇者と同じように無に帰するがよいぞ』


 つまらぬな、虚しいのぅ、多少は歯応えがあるものかと思うたが、所詮は生命儚き人間よの。我が暗黒魔力の前では無に――ッ、ぬっ!?


「無理だとッ、誰が決めたぁッ! 俺の心はまだ、まだ諦めちゃいねぇってんだよオオォぉぉッ!!」


 白銀の聖剣が軋みをあげて眩い光を放ち始め、我が右掌に燃える暗黒焔ダークフレイムが取り込まれ、漆黒の鎧にヒビが走り始める。


 おお、暖かな光がワシの腕を喰らってゆくのがわかるぞ。我が暗黒魔力を全て喰らい尽くすつもりのようじゃな。

 これは実に素晴らしい!


『ハッハッハッハッ! 面白いッ!』


 これならば、もっと遊んでやってもよいッ。人間の勇者よ、キサマの全力を寄越せッ!


「魔王さまッッ!!?」

『邪魔立てをするなよッ! ワシに向けられた此奴の戦牙は、全てワシのものよッ!!』


 無粋な横入りなぞはさせるものか。のぅ、勇者よ!


「テメェのものにッ、誰がなるかあぁァァっ!!!!!」


 おおっ、光が、光がワシの腕を喰ろうてゆくッ。わかるわかるぞ、ワシの暗黒魔力がキサマの光に融け込まれて――ハッハッハッハッ!!!












 ****






『――ハッハッハッハッ……は?』


 気づけばワシは見知らぬ地に立っていた。勇者も啞然とした表情で辺りを見つめ、白銀の聖剣はワシの目の前で粉々に砕け散っていた。後に残るはヒビ割れのおさまった漆黒の鎧に包まれたワシの右腕。


『ほう、ここは……魔王城キングガッデムから瞬間移動させられたか、勇者よこれもキサマの――』

「――ここは、俺の?」


 なんじゃ此奴め、心ここにあらずと惚けた表情をしおってからに。しかし、ここは奇妙な地じゃな。不可思議な石の建物。夜の帳が下りる世界を淡き光が喰ろうておる。


『ふん、光の魔道具か』

「いや、あれは街灯てやつだ。LEDの」


 ガイトウ? エルイーデー? 此奴、いま詠唱を唱えたのか。


『させはせ……ぬ』


 暗黒焔ダークフレイムを咄嗟に放とうとしたワシの腕がヒドく重い、動けぬ、これは……漆黒の鎧の全てが重くなっている。


「お、おい、大丈夫か?」


 勇者が手を差し伸べてくる。く、これが屈辱というものか。


『よもや、このような詠唱罠チャントラップに引っかかるとは、ワシも落ちたものよ』

「いや、詠唱罠チャントラップもクソもないんだけど、まぁ落ち着けよ。ほら立てるか?」


 勇者は差し伸ばした手でワシの身体を引き起こす。グッ、やはり力が入らぬ。どんな魔法を彼奴は。


「たぶんさ、ここは俺の世界だと思うんだよ」

『キサマの世界?……固有結界レアレティ・マーヴルというやつか』

「いやいやいや、魔法とかじゃなくてさ、俺の故郷てこと。わかる?」


 故郷? 勇者の生まれた地? 確か小奴ら勇者共は異世界から召喚されし異空存在のはず。つまりは。


『ここは、異世界だと?』

「そのとおり、大正解!」


 勇者は何やら嬉しそうにバシバシと背中を叩く。なんじゃ此奴さっきから妙に馴れ馴れしく。今の今までワシらは生死をかけた戦をしとったんじゃが。


『キサマ――』

「――あぁ、君たちちょっといいかい?」


 ワシが勇者に向かって声を張ろうとした時、突然横から妙な声が割入ってくる。顔を向けると妙な格好をした男が光魔法を照らしながら近づいてくる。


「ゲッ、おまわりさんッ」

「ゲッてなにゲッて? ん~、君たち季節外れの仮装行事でもあったの? こんな夜中に騒がしくして?」


 勇者はオマワリサンと呼んだこの妙な男に怯えておる様子じゃが、よくよく見るとこんな魔力のひとつも感じられぬ存在に何を恐れる必要がある。


『邪魔じゃ、失せろ』

「バッ、よせっ!」


 ワシは躊躇無く暗黒焔ダークフレイムを発動し、オマワリサンとやらを黙らせる事とした。勇者もそれに気づき止めようとするが、ワシの腕はやはりうまく上がらず、暗黒焔は失敗に終わった。


「なに今の、なにしようとしてたの君たち? なんか怪しいよね、うん怪しいね。ちょっといい、身分証明書見せてもらえる?」

「いや、そんな全然怪しくないんですよ僕たち」

「怪しくない人はね、怪しくないなんて言わないしそもそもこんな真夜中に職質なんてされないの。ほら、身分証明書見せてくれるだけでいいから見せて、マイナンバーとか運転免許証とかあるでしょ?」

「ま、マイナンバーて、なんかニュースで言ってたやつか。そんなもん俺持って――ま、まずい」

「は? 何がまずいの、言ってみて?」

「う、うわあぁッ! ゴメンナサイおまわりさんッ!――テレポーション――」


 何やら不毛で一方的な言い争いになろうとした瞬間、勇者は奇声をあげながら転移魔法を唱えていた。







 ***




「ハア、ハァ、魔法て一応俺もこっちで使えるのか、いやでも、向こうで使うよりも万倍と疲れる感じがあるぞ」


 転移魔法を成功させた勇者は肩で息をしながら両手を見つめて震えていた。何を驚いているのかは知らんがあのオマワリサンとやらを撒く事には成功したようじゃ。しかし、なんじゃこの目の前の建物は。


『これは、酒場サルーンか?』

「ん、いやここはアパートだよ。共同で同じ建物に何人も住んでるんだ」

『つまりは、城か?』

「まぁ、契約すれば自分の城を持てるようなもんかな?」


 勇者は曖昧な返事をしながら頷いておる。よくは分からんが、此奴は一国一城の主だったという事か。


「うーん、戸歩市営とあるしえいアパート「コーポ土古神野どこかの」かぁ。ずいぶん様変わりはしたけど、ここは土古神野どこかので間違いないようだなぁ」

『ドコカノン? ワシらの世界に戻ってきたというのか?』

異世界ドコカノンの事じゃなくて土古神野街どこかのまち。似てるけど、俺の生まれ故郷も「どこかの」ていうんだよ」


 フン、なんじゃ紛らわしい。ワシは勇者を無視してアパートとやらを眺める。


『見れば見るほど不思議な建物じゃ』

「ま、おまえさんの世界から見れば、どこも不思議なもんしか無いかもな……と、お、ラッキー。異世界ドコカノンに召喚される前の持ち物は俺の手元に残る仕組みみたいだな。これで少し腹ごしらえはできるな。何年経ってるか分からんが、現金が使えなくなってるなんて事はねえだろ」


 また勇者は妙な独り言をブツブツと言いながら、顔をあげてくる。


「とりあえず、近くのコンビニにでも行って飯でも買ってくるぜ。オマエの分も特別にオゴリだ」

『コン、ビニ……?』


 また知らん言葉が出てきたが、ようは食い物屋という事か。フン、特に腹は減っとらんがどうも力が入らんのは事実。ここは馳走になるとしようかのぅ。



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