第4話 邂逅

 ヨルと一緒に盗賊稼業を行うにあたって決めたのは2点。

 1点目は仕事をするのは月夜の晩に限ること。

 これは月明かりの元の方が影が出来てもしも王化するような事態になった時に有利になるため。

 もう2点目は盗みに入る先は悪人の家に限ること。

 これはなんとなく今まで殺し屋稼業をしてきた自分の贖罪のような感覚。

 悪人か否かについては街の人の噂話や実際に悪事を働いてる闇ギルドを相手にするなど、自身の判断で決めている。

 悪徳商会の商会長の家や悪評高い貴族の家、誘拐で金を稼ぐ闇ギルドなど、いくつもの家々を渡り盗みを繰り返した。

 その結果、大金貨21枚、金貨126枚と実に3億3千万の大金が手に入った。

 殺し屋稼業では3人殺せば手に入る金額を得るのに結構苦労した。

 今なら一人1億と金額設定した親父の気持ちもわかる。

 1億は大金なのだ。


 月夜の晩に出る盗賊についての噂が街中に広がった頃、この街で最後の獲物となる大物貴族の家に忍び込んだ。

 噂の影響か警備の兵が想定の倍はいたが、そこは培った殺し屋時代の潜伏スキルでやり過ごしながらどうにか3階建ての3階部分に到着した。

 なぜに3階かというと、なぜか皆お宝部屋を最上階に作りたがるからだ。

 その理由としては敵が攻め込んだ際には1階から来るのがセオリーであるから、最上階に寝室とともにお宝部屋を作っておけば、攻め込まれた際にお宝持って隠し通路から脱出するとかを想定しているからだとは思うが、盗賊としては狙い目がわかりやすくていい。

 3階建ての3階部分、窓をちょちょいと開けて屋敷内に侵入。

 部屋の数は8つ。

 だが俺にはヨルからの念話がある。

 ヨルが外から窓の中を覗いてお宝部屋を探してくれる。

 途中2階から警備兵が上がってきたがヨルが外から見つけた荷物部屋に逃げ込んでセーフ。

 5つ目の部屋に窓がない事をヨルから聞いた俺は鍵のついた部屋だろうがちょこちょこやって鍵を開けこっそり侵入に成功。

 やはりそこはお宝部屋となっていた。

 お宝といえば絵画や宝石、武具や陶芸品など多岐に渡るが、俺が狙うのは貨幣のみ。

 その理由は換金の手間がない事と換金時にはリスクが伴うからだ。

 宝石など盗んで換金しようとして、それが一点ものだったせいで足が付いたなんて話は聞いた事があるだろう。

 今まで入った家々にもそれらはあったが、どんなに高級そうな物でも貨幣以外は盗まなかった。

 今回も同様である。

 だが貨幣のみとなると以外と蓄えは少ないものである。

 今まで入った所には最高でも大金貨しかなかった。

 しかしながら今回はさすが大物。

 出ました白金貨。しかも3枚も。

 これだけは特別というように小さい宝石箱に入れられた白金貨を見て飛び上がりそうになった。

 なんと言ってもこれだけで今までの収入と同じ額である。

 それに別の宝箱には大金貨、金貨もそれなりにあった。

 最終金額は帰ってから確認すればいい。

 俺はひとまずそれらを影収納に格納する。

 あとは逃げるのみ、入った時に開けた窓から抜け出して終了である。


 いつもだったらこのまま家々の屋根を走り、街の外壁を越えて森に入るわけだが、今回は勝手が違った。逃走経路として選んだ屋根の上に見知らぬ人影があったのだ。

 まさが偶然にも屋根の上を夜間散歩するのが趣味の人がいるって話ではないよな。

 と思っていると相手が語り掛けてきた。

「まさかこんな夜に人の家の屋根上を散歩しているわけではないでしょう?」

 俺と同じ事を言ってくるその声音は女のものだった。

 俺は両手にナイフを身構える。左手は逆手。右手は順手の戦闘スタイルだ。

 少し相手が近づいてきた事でその恰好がはっきり見えるようになった。

 その女は真っ白な長髪をポニーテールにし、前髪は左右に垂らしており、その目は細く吊り上がりまるで狐のようだった。

 口元には微小を浮かべ丁寧な喋り口調である。

 そして耳が横に長いように見える。

 しかし何よりも目を奪われたのは胸元である。

 女は胸元がざっくり開いた和風の着物を着用しており、そこには自己主張もこれでもかといわんばかりの胸の谷間が存在した。

 顔を見ようとしても気付けば胸元に視線が向いてしまう。罪深き谷間である。

 女は腰に一振りの刀を携えていた。

「返事がないという事はなにかやましい事でもあるんでしょうね。」

 女は一人で喋り続ける。

「ではひとまず足止めさせて頂いて、事情はあとからお聞きしましょう。」

 言うなり女は急速に距離を詰めてきた。女は抜刀術を使うらしい。

 鞘から刀を抜くことなく近づいてくる。

 鞘の角度を見るに女の斬撃は明らかに足元を狙ったものだ。

 足を引いて避ければ済む。

 だがどうにも嫌な感覚がしてとっさにおもいっきり後ろへと飛び下がった。

 その瞬間、元々俺の首があった場所を女の斬撃が通り過ぎた。

「あら?今のを避けますか?」

 女は軽い口調で言う。

 殺気はなかった。が、その言葉通り足止めするつもりなら決して狙わないであろう首元を狙ってきやがった。

 明らかに殺すつもりで放たれた斬撃である。

 俺の背中を冷たいものが流れる。

 そこで肩に乗ったヨルが言う。

『あいつはやばい。逃げるぞ。』

 すぐさま俺は後ろに下がり屋根の上から落下しつつ、

「王化!夜王!!」

 王鎧を纏い、

「影移動!」

 とヨルの術を発動させその場から逃げた。


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 抜刀した刀を鞘に戻しつつ、屋根の上から不審者が消えていった下方を見下ろす女。

「妖気、ですか。」

 その呟きを黒猫達が聞くことはなかった。


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 なんとか無事に逃げ延びてツリーハウスに戻ってきた俺達。

 あの後も追手が来る可能性を考えて森の中をひたすらに走り回り、ツリーハウスに着いた頃にはとっくに朝飯時となっていた。

 とりあえず飯にしようという事でお決まりのカレーライスをヨルと一緒に頬張る。

 にしてもあの女、凄い胸をしていた。じゃなくて凄い刀剣術の使い手だった。

 確実に足元を狙っていたはずなのに次の瞬間には刃が首元を薙いでいた。

 言葉通り足止め目的だったとは思えない。

 完全に殺す気だったに違いない。

 なのに殺気がなかった。

 つまり殺す気もなく殺せるという事だ。

 これはプロ中のプロの殺し屋が身に着けている技能の一つである。

 まるで呼吸するかのように殺気もなく殺す。

 これは相当数殺してこないと身につかない技能だ。

 今でも心臓がドキドキと脈打っているのがわかる。

 あの女の事を考えるとドキドキが止まらない。

 これが恋ってやつなのかもしれない。

「にしてもヨルが逃げろって言うのは以外だったな。てっきり儂に代われとか言い出すかと思ったよ」

『あれは普通じゃなかった。お前も感じんかったかやつの妖気を』

「妖気?殺気は感じなかったけど、妖気?」

『あぁ。あれは妖気だった。完全に人外の者だ。妖魔の類で間違いない』

「妖魔って完全に見た目は人間だったぞ?」

『人間に化ける妖魔なぞ沢山おるわ。儂だってクロに取り憑いておるんだから同じようなもんだ。』

「確かになんとなく嫌な感覚はあったけど。あれが妖気を感じてたって事かな。」

 そんな会話をしつつカレーライスを頬張っていたところ

「!?」

『妖気!?』

 これは俺でも分かるほどの圧力。これが妖気かと思っていると

『これは完全に見つかっているな。圧力かけて出てこいって言ってるんだろうな。』

「どうする?」

『出ていくしかあるまい。先に王化して出ていったら警戒される。戦闘になりそうな気配がしたらすぐに儂に代われ。』

「わかった。」

 俺達はツリーハウスから下に降りて行った。


「あら。やっぱりここにいましたのね。」

 女は相変わらずにこやかに丁寧な喋り口調で話しかけてくる。女の他に誰かいる気配はない。

「完全に撒いたと思ったんだけどな。なんでここがわかった?」

「逃走された際に懐かしい気配の妖気を残されていったでしょう?一生懸命にそれを辿ってきたんです。」

『なんだと?』

「それで何の用かな?逃げた俺をとっ捕まえにきたのか?夜に散歩してただけで捕まりたくはないな。」

「あぁ。貴族の警備役なら今朝方解雇されてしまいました。盗賊にまんまと逃げられたからって。だから今は私の個人的な用事でお伺いしましたのです。」

「じゃあ尚更なんの用?さっき懐かしい気配とか言ってたけど、もしかしてヨルの知り合い?」

「ヨル?それがそちらの子猫さんの事ならそうですね。そちら夜王さんですよね?」

『なに?儂が夜王だと知るお前は何者だ?』

「お忘れですか?私ですよ。妖狐の破王ですよ。」

『破王だと?!あの暴れん坊がなぜに人の姿などしている?』

「人化の術を使ったのです。刀剣に興味を持ちましてね。刀剣を振るうなら人の姿になった方がいいかと思いまして。寿命の件があったので普通の人族ではなくエルフに寄せた見た目にしました。この姿になってかれこれ100年は経ちますが、夜王さんはその間どこに?全く噂すら聞きませんでしたが?」

「ヨルは封印されてたのさ。」

「封印?夜王さんが?どうしてまたそんな事に?」

『儂の話はいい。とにかく最近そこのクロに封印を解いて貰ったのよ。』

「クロさんとおっしゃるのですね。初めまして。私元妖狐の破王、白狐びゃっこと申します。」

『まぁ良い。本当に懐かしくて思い出話をしに来たわけではあるまい。本当の要件はなんだ?』

「先程申し上げた通り貴族の警備役を今朝方クビになりまして。」

『それは聞いた』

「つまりお金がないのです。貴方を逃したせいでクビになったのですから責任取ってください!」

「責任を取れだと!?」

 俺は親父から女について口酸っぱく言われていた事を思い出した。

「女に責任取ってと言われたら最後だ。男たるもの責任逃れは出来ない。だから言われる前に逃げるんだ」

 親父。俺、責任取るよ。言われちまったからな。仕方ないよな。

「わかった。責任は取る。戸籍とかないから事実婚にはなるがよろしく頼む。」

「はい?責任取って私にお食事奢ってください!実は3日前からなにも食べてなくて。」

「何?カレーライスならすぐ作れるけど」

「カレーライス!お願いします!!」

 という事でツリーハウスに戻りカレーライスを振舞う事になった。


 白狐がカレーライスを食べている間にこれまでの経緯を説明する。

「なるほど。では今は夜王さんは精神体のみが外に出ている状態で霊体はクロさんの中にあると?」

『そうだ。お前霊体を外に出す方法なにか知らないか?』

「んー。私も聞いた事ない状態ですからねー。でも契約時の条件が影響している気がします。」

『契約時の条件?』

「はい。体を貸せば助けてやる。って言ったんですよね?」

「あぁ。確かそんな感じだったはずだ。」

「つまり助けてほしい時に体を貸すって契約になってしまったんじゃないですかね?特に期限とか設けなかったわけでしょう?」

『確かにあの時は期限の話はしなかったが、助けてやるって言ったらその場を潜り抜けてやるって意味だろうが。』

「クロさんにはその場をって認識がなかったんじゃないですかね?なにか悩み事でもあったりしませんでした?」

「あぁ。確かにあの時は普通に生きるってなんだろうって必死に考えて悩んでたはずだ。」

「多分そのせいですよ。期限なしで助けてくれる相手と認識したんでしょうね。」

『やっぱり原因はクロにあるんじゃねーか!』

「そんな事言われても俺にもわかんねーよ!」

「まぁまぁ。二人とも落ち着いてください。要するに霊体を外に出す方法を見つければいいんですよね?」

『まぁそうだけど』

「なら探しに行きましょう。私達3人で。いつまでもこの街に留まってても解決しませんよ?」

「確かにこの街での盗みのターゲットもいなくなった事だし。次の街に向かうにはいいタイミングか。」

「そうと決まれば、ほら旅の支度をしましょう。私は流浪の身だったので身支度は十分ですがクロさんは準備が必要でしょう?」

「あぁ。旅か。したことないな。なにを準備すればいいんだ?」

「そう言う事なら任せてください。なんせ100年間旅して回ってますから旅の必需品とかばっちりです」


 親父に拾われて20数年。

 初めて違う街に行くことになった俺。

 内心ドキドキであるが一人じゃない。

 旅に詳しい妻も出来た。

 親父、俺行ってくるわ。

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