第3話 妖術
『まずは王化の持続時間の確認だな。』
「持続時間っても俺、時計とか高級なもの持ってないぞ?」
『問題ない。儂は夜の王だからな。あとどのくらいで夜になるか体感でわかる』
「体内時計ってやつか。それはそれで凄い技能だな。」
『うむ。日没まであと1時間ってところだな。さっそく王化してくれ。』
「わかった。王化!夜王!!」
すると次の瞬間、左耳のピアスにはまった石から真っ黒な靄が噴出し、全身を覆い、その靄は体に吸い込まれるように消え、俺はまた王鎧姿になった。
「よし。まずは簡単な術から試すか。”
そう言うと夜王は自分の影に左右の手を伸ばす。
するとその手は影の中に吸い込まれていく。
そして影から出した手には1本ずつのナイフが握られていた。
「
『すげぇ。影の中に入れておけるのか?』
「あぁ。影に入るの大きさに限るが、ほぼ無限に収納できる。それが”影収納”だ。」
『ナイフがメイン装備ってのも俺と一緒だな』
「そうなのか?お前もナイフ使いか。それは奇遇だな。」
『なぁ。この術って王化してない状態でも使えたりしないか?』
「儂の霊体がお前の中にあるのだ。妖気もお前の体から発してる状態だからな。たぶん使えると思うぞ。」
そう言うと夜王はまた影の中にナイフを仕舞った。
「次は移動術だな。それ。”
すると夜王は自身の影の中に沈み込む。と少し離れた木の影から夜王が姿を現した。
『すっげぇ。影の中を移動したのか?』
「うむ。これは自身の影から他の影に移動できる術だ。視界にある影に限るがな。」
『これも王化してない時でも使えるか?』
「いや。これは感覚的に出現先の影の位置を把握しているからできる術だ。お前が使えば最悪一生自身の影の中だろうな。」
『難しいか。残念。』
「次の術には相手がいるな。」
そう言いつつ、夜王はまた影収納から別のナイフを1本取り出した。
「どこかに手頃な獲物がいないものか。」
『それならここから少し先に入ったところにジャイアントボアの生息地があるぞ』
という事で少し移動したところで運よくジャイアントボアが1頭、食事中だった。
「よし。次はこれだ。"
夜王はジャイアントボアの影に向かって手にしたナイフを投げた。
ナイフが影に刺さった瞬間、ジャイアントボアの動きが止まった。
『相手の動きを止められるのか?』
「うむ。相手の力にもよるがあやつ程度の相手なら丸一日は止めて置ける。強者となれば数秒まで縮むが、その数秒があれば相手の命を刈り取る事も可能なわけよ。」
そう言うと夜王は影収納からまた別のナイフを1本取り出した。
「こやつには今晩の夕飯になって貰おう。」
夜王はジャイアントボアの首筋にナイフを入れ、血抜きを始めた。
解体の手も淀みなく進み、あっという間にジャイアントボアは肉と皮と内臓に分けられた。
夜王は影縫いに使ったナイフを回収し、解体用のナイフとジャイアントボアの肉と共に影収納に収めた。
「次の術は日没後にしか使えん。あと30分はあるな。しばらく狩りでもするか。」
そう言うと夜王はホーンラビット3匹、ブレードラビット1匹、ジャイアントボア1頭を追加で仕留めた。
いずれも解体の手は適格で皮と内臓はそのままに肉のみを影収納に収めていった。
「よし。日没だ。次の術も相手がいるが、お。ちょうどよいのがいるではないか。」
そう言う夜王の数m先にはレッドボアがいた。
レッドボアはジャイアントボアの進化種で全身を火で覆った”
下手に刺激すると火達磨になってあっちこっちに突進して森を焼く厄介な存在である。
「では。”
夜王がレッドボアに手をかざしながら術の名前を言った。
途端にレッドボアの周りを真黒い影が包み込む。
異変に気付いたレッドボアが火達磨を発動するもその火の勢いも暗闇の中に包まれた。
「からの”
レッドボアを包みこんだ暗闇に次々と針が出現した。
「これは暗黒牢の中で無数の針山を突き立てる連続技だな。暗黒針舞単独でも使用出来るが暗黒牢に閉じ込めた方が確実に当たるからな。」
そんな事を言っている間に暗黒牢の暗闇は晴れ、残ったのは無数の針で刺され血みどろになったレッドボアだった。
「いかんな。これでは夕飯にできないな。」
『やる前に気付けよ。』
そんなこんなで王化してから2時間が経過したところで、王鎧が霧となって左耳のビアスにはまった黒い石に吸い込まれていった。
夜王が言うにはこの黒い石は
つまりこの石が欠けでもしたら王化できなくなるわけだが、この王玉の硬さはどんな鉱石よりも硬いらしく、傷つけることすら難しいそうだ。
王化が解けたところでお待ちかねの実演タイムだ。
「どうやったら影収納が使えるんだ?」
『影収納と唱えながら自分の影に手を入れるだけだ。』
存外簡単な話だった。
妖気を込めてとか言われたらどうやるのかって話だったから助かった。
「影収納!」
俺は自身の影に手を入れた。すると頭の中に今現在収納されている物のリストが浮んできた。
<黒刃・右月:1本>
<黒刃・左月:1本>
<ナイフ300本>
<ダイヤモンド:29個>
<サファイア:34個>
<エメラルド:32個>
<ルビー:41個>
夜王が名前を付けてるナイフ以外は全て”ナイフ”としてカウントされているらしい。にしてもナイフ以外は宝石ばかりだな。
「宝石好きなのか?」
『うむ。光るものを欲するのはドラゴン同様、強者の性だな』
「そういうものなのか。」
貨幣が入っている事も期待したがそれはなかった。
人間の価値観で作られたものに興味はないそうだ。
そうなるとやはり仕事しないと金欠である。
だがこの影収納を使える事で一つ閃いた。
殺し屋稼業を辞めて普通に生きる。
そう。盗賊になろう。
盗んだものをその場で影収納に収めれば行きも帰りも身軽な状態となる。
そうなれば殺し屋として培った技能を駆使し誰にも見つからずに侵入しお宝を頂いて逃走する事も可能だ。
「俺盗賊になるよ。」
『うむ。お前の好きにすればいい。』
「いつまでもお前とか読んでるのもアレだし、お前は夜の王だから”ヨル”って呼ぶ事にするよ」
『じゃあ儂もお前じゃなく名前で呼ぶか?お前、名前は?』
「黒猫。」
『なに?くろねこ?』
「あぁ。親父の名前が
『そうか。黒猫か。ではお前は"クロ"だな。』
これは黒猫と名付けられた青年と神より加護を得た12人の王との物語である。
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