第5話 試験1

「え?身分証明できるものを持ってないのですか?」

 旅に出るうえで最初の問題が発生した。

「身分証明できるものがないと街に入れませんよ?今まではどうしていたのです?」

「今までは街に用があるときは外壁を上って侵入してたから正規の門をくぐったことはないんだ。」

「そうですか。なら傭兵証明書を入手したらどうです?私も持ってますし。」

 この世界には主に魔獣、魔物の討伐を請け負う傭兵という仕事がある。

 傭兵ギルドに依頼者が依頼を出し、各傭兵がその依頼を受注するシステムだ。

 傭兵ギルドは各街に存在し、その依頼内容は特殊な魔道具にて共有されるため、遠く離れた街で魔物が発生した際に出張退治を行うこともある為、身分証明書として傭兵証明書が有効になるのだという。

「傭兵証明書ってそんな簡単に取れるものなのか?」

「傭兵ギルドで試験を受けて合格すれば貰えるはずですよ?とは言っても私が取得したのは100年近く前ですから少しその試験内容等は変わっているかもしれませんが。」

「そっか。傭兵証明書ね。今まで考えても見なかったよ。」

「試験の間、私は旅に必要な買い出しを済ませますね。」

 という事で俺は傭兵ギルドに向かい、白狐には旅の支度をする事になった。

 もちろん文無しの彼女に任せる以上、財布は俺のものを渡している。


 俺は生まれて初めて傭兵ギルドに足を踏み入れた。

 ヨルは相変わらず俺の肩に器用に2本の尻尾を使ってバランスを取り乗っている。

 そこは窓口が4つあり、壁には依頼用紙らしきものが張り出されている。

 窓口の横には簡易的な休憩スペースも存在しており軽食が取れるようになっていた。

 窓口は登録・受注用が2つと結果報告・物品買取用が2つあるようだ。

 俺は登録・受注用に並ぶ。

「はい。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 窓口に座る青年が声をかけてきた。

「傭兵登録をしたいんだけど。何か試験があるとか?」

「はい。傭兵登録ですね。試験について説明させて頂きます。試験期間は3日間、その期間内に単独撃破できた魔獣や魔物のランクに応じて、初期傭兵ランクを決定します。」

「ランク?」

「はい。魔獣や魔物にはF~Sのランクが設けられており、それに対応して傭兵ランクもF~Sまで存在します。その傭兵ランクに応じて受注できる依頼も変わってきます。」

「各ランクの詳細を教えて貰えるか?」

「Fランクは戦闘の心得がある者。魔獣、魔物はジャイアントマウス、ジャイアントトード、ホーンラビット、ゴブリン、スライムなどになります。」

「Fランクが底辺ってことか。」

「はい。次がEランクでこちらは多少腕に自信がある者。魔獣、魔物はジャイアントボア、ブレードラビット、オーク、ゴブリンソルジャー、ジャイアントスライムなどになります。」

「ジャイアントボアはEランクなのか。」

「はい。次がDランク。こちらは腕に自信がある者として魔獣、魔物はレッドボア、ハイオーク、ゴブリンジェネラル、ホブゴブリンなどになります。」

「レッドボアがDランク。」

「はい。次はCランクになりまして、こちらは村を守れる者。魔獣、魔物はジャイアントベア、ゴブリンキング、オークジェネラルなど、放置すれば村に被害をもたらす者になります。」

「ジャイアントベアはCランク。」

「はい。次はBランク。こちらは町を守れる者として、魔獣、魔物はレッドベア、オーガ、オークキングなど放置すれば町に被害がおよぶ相手になります。」

「オーガはBランクなのか。」

「はい。次はAランクですが、こちらは街を守れる者。魔獣、魔物はクリムゾンベア、トロール、サイクロプスなど放置したら街に被害が及ぶ大型の魔獣、魔物になります。」

「クリムゾンベア。聞いたことあるな。」

「はい。最後はSランク。こちらは国を守れる者。一部の英雄などしか過去に該当した人はいません。魔獣、魔物はドラゴン、オーガキング、ジャイアントキングなど国をも滅ぼし兼ねない相手です。流石にドラゴンを単騎で撃破できる人員は今の時代にはいないですね。」

「ドラゴンか。」

「はい。ただし初期登録でなれるのはBランクまでになります。Aランクに上がるには実績と信頼を得てからになります。これはAランクはお貴族様からの指定依頼などを受注する事になりますのでそれなりに身元が保証され実績がある人にしか任せられないからになります。」

「なるほど。最初に目指せるのはBランクまでなんだな。」

「はい。試験期間は3日間。その間当ギルドの職員がともに行動し、単独撃破を確認させて頂きます。もちろんギルド職員とはいえ傭兵ランク的にはCランク程度の実力があり、自衛するには問題がありませんので、ご安心ください。ただしどんな状況になろうとも当ギルド職員は手を出しません。危険と判断すれば単独で逃走する事もありますのでご自分に合った相手を選んで戦闘してくださいね。」

「あぁ。わかった。それで試験はいつから開始になる?今すぐか?」

「いえ。こちらの準備もありますので明日、また改めて当ギルドを訪ねて頂けますか?」

「わかった明日だな。」

「あ。その前に登録に必要な情報をこちらの用紙に書いて頂けますか?」

 傭兵登録用紙と書かれた紙を渡された。

 そこには<いかなる際にも全責任は傭兵本人にあり、傭兵ギルドに責任を問う事はできない>という文言がでかでかと書いてあった。

 俺は必要事項を記載して受付の青年に渡す。

「はい。用紙の記入は問題ありません。では明日またお待ちしております。」


 ひとまず試験は明日からになったが3日間空けることになる。

 このことは白狐にも伝えておかないといけないだろう。

 俺は街中で旅道具などを扱っている店に足を運んだ。すると

「これとこれを同時購入しますのでお値引きお願いできませんか?」

 白狐の声がする。

「いやー。それは厳しいよ。ねーちゃん。せめてもう一品追加してくれないと。」

「わかりました。ではこの簡易テントも追加します。それでお値引きいかがでしょうか?」

「参ったな。ねーちゃんには負けたよ。全部で銀貨16枚のところを15枚にサービスだ、」

「わー。ありがとうございます!」

 白狐は値切りは上手いらしい。銀貨1枚分浮いたとなれば結構な額が。

「あ。クロさんにヨルさん。試験はどうなりましたか?」

「あぁ。それなんだが明日から3日間、ギルド職員とともに魔物退治に出かけることになった。」

「ほうほう。3日間になったんですね。昔は1日でどれだけの魔物を退治して持っていくかでしたが、今はギルド職員も同席の上、単独撃破を確認するんですね。やっぱり以前の仕組みだと多人数で倒した魔物を個人で倒したと申告することも出来たので見直されたんですね。」

「あぁ。というわけだから3日間、ツリーハウスで待機しててもらえるか?もちろん食事代とかは置いていくから。」

「わかりました。追加で購入しておきたい旅の備品などもありますからその3日間ですべて揃えるようにしますね。」


 次の日。俺はまた傭兵ギルドに足を運んだ。昨日と同じ窓口に座る青年に声をかける。

「昨日登録試験に来た黒猫だ。今日改めて来るように言われたんだが。」

「はい。黒猫様ですね。お待ちしておりました。本日より同席させていただく人員を紹介させて頂きます。」

 そういうと窓口の青年は奥に向かい一人の中年男性を伴って戻ってきた。

「こちらが本日より3日間、黒猫様と一緒に行動して単独撃破された魔獣、魔物を確認する役のブロリーです。」

「ブロリーだ。よろしく頼む。」

 ブロリーとなのる中年は年のころで40台、左腕が欠損して肘から先なない。

 本当にCランク相当の力があるのか疑問に思っていると受付の青年が付け足してくる。

「ブロリーはもとBランク傭兵だったのですが怪我をしたことでランクダウンの上、安定収入を求めてギルド職員になられた方で、戦闘の腕は問題ないですよ。」

「そうか。ブロリー、俺は黒猫だ。よろしく頼む。」

「あぁ。頼む。」

 ブロリーは口数がすくないようだ。

 左腰に携えた長剣と少し大きめのリュックを持ってただ立っている。

 コミュニケーションに多少の不安を残しつつ、俺達はそのままギルドを後にすると西の正門を出て森に入った。

 ここで初めて気が付いたが外壁の門をくぐって街に入る際には身分証明書が必要になるが、街から出ていく際にはノーチェックだった。

 こんなことなら今まで壁上って出入りする必要もなかったなと思った。


 森を少し進むと早速獲物に遭遇した。ホーンラビットだ。

 俺的にはオーガ当たりを倒して一気にBランクになっておきたいところだが、期間が3日間と限られている以上、遭遇するかどうかも運になる。

 ここは最低ランクでも倒しておいた方が保険になるだろう。

 俺は音もなく両手にナイフを身構える。左手は逆手。右手は順手のいつもの戦闘スタイルだ。

 ホーンラビット相手であろうと油断は禁物だ。

 実際あの角に刺されて死んだ人間も多くいると聞く。

 俺はホーンラビットに素早く近づくとその首筋にナイフを一閃。

 見事その首をふっ飛ばすことに成功した。

 が、その首が飛んだ先が運悪くブロリーの方向だった。

 ブロリーはホーンラビットの頭についた角をなにごともないように捕まえ、俺に渡してくる。

「ホーンラビットの角は買取できる。採取しておいた方がいいだろう。」

「そうなのか。助かる。」

 俺はホーンラビットの角を丁寧に外すと腰に止めた小物入れの巾着に収めた。

 流石に人前で影収納を使うわけにはいかないだろうと思って昨日のうちに用意しておいたものだ。

 俺達はさらに森の奥へと入り込む。

 ただしツリーハウスに繋がるような獣道ではなく舗装された道を行く。

 これもあまりにも獣道に慣れすぎていると不要な詮索を受けるかもしれないからと昨日のうちに白狐と会話して決めたことだ。

 舗装された街道は魔獣、魔物が出にくいがしばらく森の奥に入ってから道をそれればいいと思っていた。


 案の定、舗装された街道では最初のホーンラビット以外に出会う事がなく、俺達は街道を外れて森の中に入り込むことにした。

 ここでも万が一を考えてツリーハウスがある北西ではなく南西方向に向かう事にした。

 こちらは俺もあまり来ないため、どんな魔獣、魔物が出るのか未知数だ。

 しばらく進むと叢の先にゴブリンが3体たむろしているのが見えた。

 あの子供なみの身長に緑色の体躯をして頭頂部に日本の角をもつ子鬼だ。

 ゴブリンたちはそれぞれの手に棍棒や長剣を装備していた。

 惜しい。長剣だけでなく鎧も装備しているようならゴブリンソルジャーだが、剣の装備だけではただのゴブリンだ。

 俺はブロリーにもゴブリンが見える位置に陣取ってもらいながら、音もなく3体に近づいていく。

 そして1体目に飛びかかる。狙うは目だ。

 ナイフでも目を狙えばその先の脳にまで到達する。

 1体目は見事に右目に左手のナイフを突き刺して絶命させた。

 続く2体目は反応される前に右手のナイフで首筋を切り裂く。

 3体目はさすがに反応してきて手にした長剣を振りかぶる。

 が俺は左手のナイフで振り下ろされた長剣を受け流し、右手のナイフで心臓を狙う。

 この際人体に対してナイフの刃を横にするのを忘れてはいけない。

 縦に刺すと肋骨に阻まれてて心臓に届かないことがある。

 だから必ず心臓を狙う時には刃を横にする。

 ものの数秒でゴブリン3体を倒した俺だが、ブロリーは得に驚いた様子もなくその様子を見守っていた。

 恐らくCランク相当ともなれば同じことができるのだろう。

 片腕となったブロリーがどう戦うのか見てみたい気もするが今回はあくまで観察者だ。

 その機会はないだろう。


 倒したゴブリンの死体はそのままにして、もう少し森の奥まで進む事にした俺達だった。もう暫く試験は続きそうだ。

 

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