第1話 憑依

 俺は所謂捨て子で、赤子の時に森で拾われた。

 その拾った男の職業は殺し屋で、当然のように俺も殺し屋として育つよう幼少期より英才教育を受けた。

 初めて生物を殺したのは5歳の時。相手はホーンラビットだった。

 ホーンラビットは多少戦闘の心得がある者であれば倒せる相手ではあるが、それを5歳児にやらせるとか頭がおかしいとしか思えない。

 また10歳になる頃にはナイフ1本と水筒1つを持たされて森の奥深くに放置されたこともあった。

 俺は死に物狂いでホーンラビットやその上位種ブレードラビット、時にはジャイアントボアを倒しつつ、拠点である森の中のツリーハウスに戻ったものだ。


 そのツリーハウスは小高い丘にあり、その丘には木戸で封された洞窟が存在した。

 洞窟といっても父がツリーハウスを建てた時にはすでに木戸で封されており、その中がどれほど広いのか、その中になにがあるのか、むしろ本当に洞窟なのかも曖昧であったが、親父からは洞窟があるとだけ聞いていた。

 得にその洞窟に対しての興味もなく、広い森の中でツリーハウスの目印としてだけ認識していた。


 12歳になる頃には親父の仕事に同行し、初めて人を殺した。

 殺してみた感想としては存外刺してから死ぬまでの時間が長いな、程度だった。

 そもそも幼少期より殺し屋を目指して育てられた俺には大したインパクトのない出来事だった。

 15歳になる頃には一人で仕事に向かうことも増えた。

 恐らくだがこの時点で俺の殺しの技術は親父に並んでいたのだと思う。

 これは俺の技術向上に加え、親父の高齢化による能力低下が原因だろう。

 17歳になる頃には完全に一人で現場に向かい、親父は契約と報酬の受け取りのみを担当するようになっていった。

 これまで契約の場には絶対に連れていかれなかったが、契約金は知っていた。

 これは必ず1億リラで請け負っていると親父から聞いたからだ。

「人の命の重さは一緒だ。だからどんなターゲットであろうと同じ金額で請け負うのが正しいんだ」

 と言っていた。


 ちなみに1億リラは白金貨にして1枚、大金貨なら10枚だ。

 通貨は鉄貨、大鉄貨、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨、大白金貨、と10単位で上がっていき、銅貨なら100リラ、大銅貨なら1000リラとなる。

 物価はリンゴ1個がだいたい銅貨1枚、飯屋に行けば大銅貨2枚もあれば満腹になれて、宿屋に泊まるにも大体大銅貨8枚~12枚というのが相場だ。高級店になればその限りではないが。

 そんな中で1件の仕事で1億リラ稼ぐのだからツリーハウス住みの我が家には大層な額が貯蓄されているものかと思いきや、親父は酒・たばこ・ギャンブル・女と金がかかる事すべてを嗜んでおり、時には1カ月も街中の宿屋に泊まり込み贅沢三昧を繰り返していた。

 そんなわけで我が家には常に金貨が数枚あるかないかの生活となっていた。

 それでも得に不便はなく肉は野生の獣や魔獣を狩って手に入れ、米や野菜は時々街に忍び込んで購入してくるだけで生活はできた。


 そんな日々が続いていた中、突然親父が倒れた。

 脳に影響が出ているらしく手足に軽い麻痺が出ていた。

 それでも正門から街に入るには身分証が必要であり、そんなものを持ってないから外壁上って忍び込んでたわけだから親父を病院に診せることはできなかった。

 俺が街の薬局に痺れ止めやら考えられる限りの薬を購入し、片っ端から服用させてどの薬が効果があるか試した。

 親父がそんな状態だから仕事の依頼は受けられず、貯蓄を切り崩して生活していたわけで、どうにか一人でも仕事ができるようにならないかと仕事の受け方を教えて貰おうとしたが、なぜか親父は教えてはくれなかった。


 そんな親父だが食欲は衰えず、たまに喋り難そうにしていたが、布団の中では元気そうに見えた。

 その日も普通に昼食のカレーを俺が作り、一緒に食いながらいつもの格言を言っていた。

「いいか”後悔役に立たず”って言葉がある。これは後悔なんかしても元には戻らないから無駄である。って意味だ。つまり後悔するぐらいなら反省して、次に活かせるようにしろってことなんだ」

 いつも聞かされていた話だが、この頃になって本当は”後悔先に立たず”が正解だと知っていた。

 親父は間違えて覚えていたようだが、不思議とその言葉が気に入り、気分がいい時など何度も口にしていた。

 そんな昼食を終え、俺が街に買い物に出かけようかと思っていた矢先、親父が血を吐いて痙攣し始めた。

 ただ事ではないと思い駆け寄ると親父は途切れ途切れにこう言った。

「いいか。お前はもう殺し屋なんて辞めて、普通の生活をしろ。いいか普通に生きるんだ。普通に・・・。」

 そう言い残し親父は死んだ。

 人死になんて慣れていたはずだったのにこの時は狼狽えしばらく動けなくなった。

 なによりも最後の言葉が気になった。

 普通に生きろと。今まで殺し屋として生きるのが普通だった俺に殺し屋を辞めて普通に生きろとはどういう事なのか。

 もしかしたら親父は俺の育て方に迷いがあったのかもしれない。

 自分と同じ殺し屋に育て上げる事に罪悪感があったのかもしれない。

 でも俺にとっての普通は殺し屋稼業であってその他の普通の生活がどういうものなのかわからない。


 しばらく悩んでいた俺だったが、親父の亡骸をそのままにしておくわけにはいかないと思い至り、墓を掘る事にした。

 スコップだけを持ってツリーハウスから出た俺は、目印となっていた木戸が見える位置に穴を掘り始めた。

 あまり浅い穴に埋めると獣や魔獣に掘り返される恐れがある為、3m近く掘る事にした。

 スコップを刺しては土を掘り返す単調な作業。

 そんな作業の中でも頭の中は普通に生きるとは?でいっぱいだった。

 “普通“の文字が頭の中でぐるぐると回っていた。


 どうにか3m掘り進めた辺りでそれに気が付いた。オーガだ。しかも3体。

 かなり近くにまで接近していやがる。

 考え事をしていたせいで気配に気付くのが遅れた。

 しかも手にしているのはスコップのみ。

 いつもの獲物である2本のナイフはツリーハウスに置いてきたままだった。

 普段の装備をしていても一度に相手取るのは2体までが限界だった。

 そんな相手にスコップ1つで立ち向かうのは無謀以外の何物でもない。

 俺はツリーハウスに走り獲物を持ってくる事を優先した。

 駈け出した俺に対して、一番近場にいたオーガも走り寄ってくる。

 丘の下まで着いたのと、オーガが振り上げたこん棒が当たるのはほぼ同時だった。


 普通なら棍棒でぶん殴られればふっ飛ばされ、岩やら木やらに体をしこたま打ち付けるところだが、運が良かった。

 ふっ飛ばされた先が例の木戸だったのだ。

 俺は木戸をぶち抜き、中の洞窟に転がり込んだ。

 洞窟は思ったより長く5mくらいあった。

 転がり込んだ俺は途中何かにぶつかりながらも奥の壁にぶつかって止まった。

 さらに運が良いことに洞窟の入り口が小さく、オーガの巨体が入ってこれない状態だった。

 ひとまず安全な状態にある事を確認した俺は一息ついて自分の現状を確認する。

 棍棒でぶん殴られれた際に右腕が折れたらしい。

 変な角度に曲がっている。右足もひびが入ったようで動かすと痛む。

 しばらくは動けそうにないことを確認した俺は洞窟内を観察する事にした。

 入口から入る光は小さいもののどうにな周りが見渡せる状態だったのだ。

 洞窟の入り口と奥の壁の中間あたりに木片が散らばっていた。

 元は社だったようで俺が転がり込んだ際に壊したものと思われた。

 その木片の近くには割れた鏡も落ちていた。

 ちょうど木片が下に入り込み、こちらに鏡面を向けている。

 何か儀式にでも使いそうな装飾が施された鏡は売ればそれなりの金額になりそうだった。

 恐らく俺が入ってきた際に割ってしまったのだろう。勿体ない事をした。


 木片の散らばった個所に対するように鎮座されていたのは小さな猫の石像だった。

 本物と見紛うほどに繊細に掘られた猫の像は真っすぐに俺の方を向いていた。

 入口に背を向けているにも関わらず左耳に嵌められたピアスの石が怪しく光っているのが見えた。

 とりあえずは洞窟内に武器になりそうなものもない。

 洞窟の外にはまだオーガが陣取っており、俺が出てくるのを待っている。

 時たま洞窟に腕を伸ばしてくるが流石に5m近くある奥には届かない。が、俺が取れる手段も限られる。

 このままオーガ達が立ち去るまで待つか、負傷した体のまま外に出てやつらに殺されるか。

 正直参った。困ったなぁと思った時、急に声が頭の中で響いた。

 <助けてやろうか?>

 最初は空耳だと思ったのだが、

 <困ってるんだろ?儂が助けてやろうか?>

 今度ははっきりと声が聞こえた。その声は目の前の石像から聞こえるような気がした。

 <儂に体を貸せば助けてやるぞ?儂に任せれば大丈夫だぞ?>

 俺は頭でも打ったのだろう。幻聴が聞こえるようになったのだ。きっとそうだろう。

「助けてくれるなら頼むよ」

 俺は頭に響く声に反応していた。

 <よし。契約成立だ。大声で”王化。夜王”と叫ぶがよい>

 俺は言われるがままに叫ぶ。

「ん?こうか?王化!夜王!!」

 その瞬間、猫の石像から黒い靄が飛び出て、俺の中に入ってきた。

「いてっ」

 左耳に刺すような痛みを感じる。

 石像についていたピアスが俺の左耳に刺さったのだとわかった。

 次の瞬間、ピアスについた黒い石から真っ黒な靄が噴出し、俺の体を覆った。

 と思ったら次は体に吸い込まれるように靄が晴れた。

 ちょうどこちらを向いていた鏡に映った俺は猫を模したようなフルフェイスの兜と丸みを帯びた全身鎧に身を包んだ俺だった。


「よし!儂は自由だ!!」

 俺の口から俺の声音とは別の声が漏れる。

 しかも体がいう事をきかない。

 勝手に立ち上がる俺。

 そこで始めて洞窟の高さが身長より高い事に気が付いた。

 入口に比べて中は随分と広かったようだ。

 足にひびが入っていたはずなのに足取りは問題なく、折れていたはずの右腕の痛みも引いた。

 だがやはり体が勝手に動き出す。


 俺は洞窟内を走り入口に向かってスライディングをかましていた。

 入口付近にいたオーガの足にクリーンヒットしてオーガを転ばせる事に成功。

 そのまま倒れこんだオーガの首元に移動した俺は思いっきり頭を踏み抜いた。

 これだけでオーガ1体を倒した。

 次の2体目は洞口から飛び出た俺に気付き、棍棒を振り上げてきた。

 が、振り下ろされた棍棒は俺の右腕にしっかりと受け止められた。

 そのまま受け止めた棍棒を上に弾くと、2体目のオーガに向かって跳躍、左腕で繰り出したフックが見事に顎先に入り、2体目のオーガの意識を刈り取る。

 遅れて棍棒を振り上げた3体目には近付いて右膝を右の正拳突きで破壊、バランスを崩して倒れこんだところに廻し蹴りをクリーンヒットさせ首を折った。

 最後に意識のない2体目の頭も踏み抜いて戦闘終了。

 スライディングで飛び出してから1分足らずでの出来事だった。

 俺はそれを膜を通したような視界の中で見ていた。

『どうなってんだこれは?』

「儂に任せれば大丈夫だと言っただろうに」

『それは聞いたけど、これはどうゆう状態なんだよ。体が勝手に動くし、そもそもお前ナニモンだよ?!』

「うむ。儂は猫又にして暗黒新の加護を受けし夜の王、夜王だ!」

『猫又?夜の王??』

「うむ、猫又とはつまり化け猫よ。そして神の加護を受けし本当の王、その一人がこの儂、夜王だ。」

『神の加護を受けた本当の王?』

「そして今は儂がお前の体を乗っ取った状態だ!だから体の主導権は儂にある。」


 こうして俺は化け猫に憑依された。

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