第4話 素直に

「ねえ、颯くん。いつの間に相良さんと仲良くなったの?」


 教室に戻る途中、菜々美にそう聞かれた。


「えっと……」


 なんて答えるべきなんだ? これ。

 裏垢がバレた、なんて言えるわけない。菜々美には絶対、裏垢のことは秘密にしなければ。


 菜々美のことだ。女装してネットに際どい写真をアップしている、なんてことを知れば大説教が始まるだろう。

 ネットリテラシーって知ってる!? と怒る菜々美が簡単に想像できる。


「颯くん?」

「別に、たまたま話す機会があっただけ」


 そう言って俺は、走って教室を目指した。





「颯くん。今日はこのプリントをやるまで帰れません。いいよね?」


 放課後、菜々美に強引に図書室へ連れ込まれた。そして、テーブルの上に今日の宿題でもある数学のプリントを広げられる。


「先生から聞いたよ。颯くん、最近課題ちゃんと出してないって」

「……それは」

「真面目にやらなきゃ。颯くんはやればできるってこと、私は知ってるからね」


 俺の目を見て、菜々美がにっこりと笑う。声を荒げたりきつい言葉を口にすることはないが、こうなった時の菜々美はしつこい。

 それに、課題をしなきゃいけない、というのは正論だ。


「私も一緒にやるから。ね、颯くん。一緒に頑張ろうよ?」


 ね? と菜々美が首を傾ける。その拍子に、菜々美の胸が大きく揺れた。昔から成長は早い方だったが、ここのところさらに大きくなっている気がする。


 これだけ胸があったら、ちょっとはだけた写真撮るだけでバズりそうだな。


 ふとそんなことを考えてしまい、考えた自分に嫌気がさす。俺の脳内はもうすっかり裏垢に支配されているらしい。


「……分かった」

「よかった! 分からないところがあったら、なんでも聞いてね」


 菜々美は優しい。昔からずっと。

 受験期に俺のメンタルが崩れてしまった時だって、菜々美は俺のことを心配してくれていた。自分の受験だってあるのに、勉強も手伝ってくれた。


 裏垢がバレたら菜々美は怒るだけじゃなく心配して悲しむだろう。

 実の兄が裏垢をやっているなんてバレたら、日葵も嫌な思いをするかもしれない。

 両親だってたぶん、傷つける。


 裏垢なんてやめるべきだ。もう受験のストレスだってない。分かっている。分かっているけれど、でも……。


『可愛い』


 そう言って俺を見つめる相良の瞳に宿る熱を思い出して、俺は泣きたい気持ちになった。





「じゃあまたね、颯くん!」


 学校を出て少し歩いたところで菜々美と別れる。昔はもっと近所に住んでいたのだが、中学入学前に菜々美が引っ越したのだ。


 図書室で勉強したせいで、空はもう暗い。部活がある日葵もそろそろ帰ってくる時間だろう。


「今日、飯どうするんだろ」


 帰りが遅くなる日は親から連絡がある。確認しようとしてメッセージアプリを開くと、相良からのメッセージに気がついた。


『これ、ネットで買ったんだけど届いたの』

『これ使って写真撮ってあげようか?』

『佐倉くんが撮りたいって言うなら、撮ってあげる』


 添付されていた写真に映っていたのは目隠しと手錠だ。


 俺が返信を打つより先に、相良から追撃のメッセージが届く。


『それと私、結構メイクも得意なの』

『るなちゃんのことも、佐倉くんのことも、もっと可愛くしてあげられるよ』


 もっと? そうしたら、相良は俺をどんな目で見るんだ?

 この前よりも熱のこもった瞳で俺を見つめるのか?

 どんな目で、どんな顔で、どんな声で俺を可愛いって言うんだ?


 鼓動が速くなるのが自分で分かる。落ち着かなきゃ、と思うのに、頭から冷静さがどんどん抜け落ちていく。


『ねえ、佐倉くん』

『撮ってほしいって、素直におねだりしなよ』


 脅されたから、なんて言い訳を相良は封じているのだ。


 くそっ。なんだよ、なんで……!


 震える手で、俺は相良に電話をかけた。


『もしもし、佐倉くん?』

「……今から、相良の家行っていい?」


 電話越しに、相良が勝ち誇った笑みを浮かべたのが分かった。

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