第4話 素直に
「ねえ、颯くん。いつの間に相良さんと仲良くなったの?」
教室に戻る途中、菜々美にそう聞かれた。
「えっと……」
なんて答えるべきなんだ? これ。
裏垢がバレた、なんて言えるわけない。菜々美には絶対、裏垢のことは秘密にしなければ。
菜々美のことだ。女装してネットに際どい写真をアップしている、なんてことを知れば大説教が始まるだろう。
ネットリテラシーって知ってる!? と怒る菜々美が簡単に想像できる。
「颯くん?」
「別に、たまたま話す機会があっただけ」
そう言って俺は、走って教室を目指した。
◆
「颯くん。今日はこのプリントをやるまで帰れません。いいよね?」
放課後、菜々美に強引に図書室へ連れ込まれた。そして、テーブルの上に今日の宿題でもある数学のプリントを広げられる。
「先生から聞いたよ。颯くん、最近課題ちゃんと出してないって」
「……それは」
「真面目にやらなきゃ。颯くんはやればできるってこと、私は知ってるからね」
俺の目を見て、菜々美がにっこりと笑う。声を荒げたりきつい言葉を口にすることはないが、こうなった時の菜々美はしつこい。
それに、課題をしなきゃいけない、というのは正論だ。
「私も一緒にやるから。ね、颯くん。一緒に頑張ろうよ?」
ね? と菜々美が首を傾ける。その拍子に、菜々美の胸が大きく揺れた。昔から成長は早い方だったが、ここのところさらに大きくなっている気がする。
これだけ胸があったら、ちょっとはだけた写真撮るだけでバズりそうだな。
ふとそんなことを考えてしまい、考えた自分に嫌気がさす。俺の脳内はもうすっかり裏垢に支配されているらしい。
「……分かった」
「よかった! 分からないところがあったら、なんでも聞いてね」
菜々美は優しい。昔からずっと。
受験期に俺のメンタルが崩れてしまった時だって、菜々美は俺のことを心配してくれていた。自分の受験だってあるのに、勉強も手伝ってくれた。
裏垢がバレたら菜々美は怒るだけじゃなく心配して悲しむだろう。
実の兄が裏垢をやっているなんてバレたら、日葵も嫌な思いをするかもしれない。
両親だってたぶん、傷つける。
裏垢なんてやめるべきだ。もう受験のストレスだってない。分かっている。分かっているけれど、でも……。
『可愛い』
そう言って俺を見つめる相良の瞳に宿る熱を思い出して、俺は泣きたい気持ちになった。
◆
「じゃあまたね、颯くん!」
学校を出て少し歩いたところで菜々美と別れる。昔はもっと近所に住んでいたのだが、中学入学前に菜々美が引っ越したのだ。
図書室で勉強したせいで、空はもう暗い。部活がある日葵もそろそろ帰ってくる時間だろう。
「今日、飯どうするんだろ」
帰りが遅くなる日は親から連絡がある。確認しようとしてメッセージアプリを開くと、相良からのメッセージに気がついた。
『これ、ネットで買ったんだけど届いたの』
『これ使って写真撮ってあげようか?』
『佐倉くんが撮りたいって言うなら、撮ってあげる』
添付されていた写真に映っていたのは目隠しと手錠だ。
俺が返信を打つより先に、相良から追撃のメッセージが届く。
『それと私、結構メイクも得意なの』
『るなちゃんのことも、佐倉くんのことも、もっと可愛くしてあげられるよ』
もっと? そうしたら、相良は俺をどんな目で見るんだ?
この前よりも熱のこもった瞳で俺を見つめるのか?
どんな目で、どんな顔で、どんな声で俺を可愛いって言うんだ?
鼓動が速くなるのが自分で分かる。落ち着かなきゃ、と思うのに、頭から冷静さがどんどん抜け落ちていく。
『ねえ、佐倉くん』
『撮ってほしいって、素直におねだりしなよ』
脅されたから、なんて言い訳を相良は封じているのだ。
くそっ。なんだよ、なんで……!
震える手で、俺は相良に電話をかけた。
『もしもし、佐倉くん?』
「……今から、相良の家行っていい?」
電話越しに、相良が勝ち誇った笑みを浮かべたのが分かった。
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