第2話 初めての撮影会

「じゃあ佐倉くん……いや、るなちゃん、ここに座って」


 相良はにっこりと笑って、リビングのソファーを指差した。

 ここは相良の家であるマンションだ。一人暮らしのくせに、3LDKの立派なマンションである。

 親が海外に長期出張中で、相良は一時的に一人暮らしをしているらしい。


「るなちゃん? 反抗的な態度とるなら、ネットに個人情報晒すよ?」


 清楚な笑顔から発されているとは思えない台詞だ。こんなことを言われてしまったら、相良の命令に背くことはできない。


 昨日の夜、相良に俺が『るな』だということがバレた。

 そして今日、女装姿で相良の家に呼び出された。


「……これでいいわけ?」


 ソファーに座り、相良を睨むように見つめる。すると相良は、はぁ、とあからさまに溜息を吐いた。


「男みたいな座り方やめて。るなちゃんに相応しくない」


 相良は俺に近づいてくると、俺の足を掴んで強引に閉じさせた。


「それから、私服も可愛いけど新鮮味がないわね。ちょっと待ってて、るなちゃん用の衣装持ってきてあげる」


 そう言うと、相良はリビングから出ていき、すぐに戻ってきた。

 戻ってきた相良の手にあるのは、いかにもコスプレ用という質感のメイド服だ。


「着替えて」

「……拒否権は?」

「あるわけないでしょ。学生証ネットに晒されたい?」

「……分かった」


 くそっ。相良ってこういう奴だったのかよ。

 てか、こいつは何を考えてるんだ?


「じゃあ、着替え終わったら呼んでね」


 俺が着替える間、いなくなってくれるくらいの気遣いはしてくれるのか。

 いや、俺の着替えなんて見たくないだけか?





「やっぱりめちゃくちゃ可愛い! うん、似合ってる、るなちゃん最高よ……!」


 メイド服に着替えた俺を見るなり、相良は大興奮で近寄ってきた。とても美少女がしていい表情ではない。


「もう本当にるなちゃんって可愛いんだから……!」


 相良はスマホを取り出すと、無言で何枚か写真を撮った。もちろん、はっきりと俺の顔が映っているだろう。


「相良、顔は……!」


 俺がそう言った瞬間、相良の顔から表情が消えた。


「佐倉くんに拒否権ないから」

「……はい」


 俺が頷くと、再び相良はでれっとした顔に戻る。


「じゃあるなちゃん、撮影開始ね。まずはそうね……やっぱり立って、スカート自分でめくれる? ぎりぎり下着が見えないくらいに」


 相良の指示に従ってポーズをとると、ばっちりよ、と相良に笑顔で褒められた。


「胸元をはだけさせた方がいいわね」


 相良が俺のシャツのボタンを上から三つ分開けた。そして満足そうに頷き、改めてスマホのカメラを俺に向けてくる。


「顔、隠さないでね。ちゃんと私の方見て」

「……分かった」


 ここまできたらもう、相良の命令に従うしかない。

 覚悟を決めて、じっと相良を見つめる。目が合うと、心臓がどくんっ、と飛び跳ねた。


 なんか、ぞくぞくする……。

 俺今、相良にエロい写真撮られてるんだよな。


 今まで裏垢に載せてきた写真は全部自撮りだ。誰かにエロい格好をしているところを直接見られたこともない。


 でも今、相良がカメラ越しに俺を見つめている。

 そう考えるとどうしようもなく身体が熱くなった。


「るなちゃん。次はSNS用の写真撮ろうね。顔も隠してあげるから」

「……SNS用?」

「そう。あんな写真をあげるなんて、るなちゃんはいろんな人にえっちな写真を見てほしいんでしょ? 私がバズる写真を撮ってあげる」


 ふふっ、と笑うと相良は俺に近づいてきた。


「足、できるだけ開いて」

「……こうか?」

「うん。で、上目遣いで……いい感じ。るなちゃん、可愛いよ」


 可愛い。


 リプライで、DMのメッセージで、幾度となく言われた言葉だ。しかし、文字で見るのと実際に言われるのとでは感じ方が違う。


「るなちゃんって写真撮る時、いつもこんな顔してたんだ?」

「こんな顔ってなんだよ」

「もっと見て! って、えっちな顔」


 ふふ、と相良は楽しそうに笑い、何枚も俺の写真を撮る。シャッター音が部屋に響くたびに、ぞくぞくして身体が震えた。


 まずい。

 これは、まずい。


 女装して、エロい写真をネットにあげるだけでもだいぶやばかったのに。

 今の俺は、同級生の女子にエロい写真を撮られて興奮している。


「ねえ、るなちゃん。もっと撮ってほしい?」

「……そんなわけないだろ」


 ネットに本名を晒されるわけにはいかない。だからこれは、相良に脅されて仕方なく……だ。それだけだ。


「ふーん。まあいいけど。じゃあ、次は四つん這いになってね、るなちゃん?」





「じゃあ、今日のところはここまでね。ありがとう、るなちゃん」


 たっぷり2時間ほど撮影をした後、相良が満足そうに言った。俺に見せてきたカメラロールには、大量に俺のエロい写真がある。

 そしてその大半が、俺の顔がはっきりと映ったものだ。


 女装してるとはいえ、仲いい奴だったら、俺だって気づくかもしれない写真だよな。

 もし相良が今日の写真を学校でばらまいたりしたら、俺の人生はマジで終わる。


「後で写真送るから、好きなのネットにあげていいよ」


 あげねえよ、と言えないことが悔しい。そんな俺を見て相良は楽しそうに笑った。


「じゃあ、次の撮影会も楽しみにしてるね、るなちゃん?」





「……マジかよ」


 帰り道で俺は、相良から送られてきた写真の一つをSNSにアップした。

 その結果は、今までで一番のいいね数。


『るなちゃんやばい』

『マジでエロイぞこれ』

『てかこのアングル自撮りじゃないよな? 誰が撮ったんだ?』

『絶対顔可愛いからもっと顔も見たい』


 次々と送られてくるリプライ。増えていくフォロワー。


「……まずいって、マジでこれは」


 もしかしたら俺は、開けちゃいけないドアを開けてしまったのかもしれない。

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