女装して裏垢をやってたら、ミスコン優勝のクールな美少女と秘密の撮影会をすることになった

八星 こはく

第1話 取引しない?

「よし。1000いいねついたぞ……!」


 スマホの画面に映っているのは、俺のSNSのアカウントである。アカウント名は『るな』で、いわゆる裏垢ってやつだ。

 投稿しているのは主に写真、たまにショート動画。際どいものであればあるほど、いいねの数が多い。


 もちろん、男としての俺の写真じゃない。全部、女装した俺のものだ。


「次はそうだな、もうちょっと胸元を……」


 ワイシャツのボタンを二つ外し、自撮りアプリを起動する。顔の半分を手で隠して、何枚か写真を撮ってみた。

 胸が貧相なのは残念だが、雰囲気は悪くない。


 俺が女装して裏垢を始めたのは今から一年半前。高校受験のストレスで気が狂っていた時だ。


 最初はただ、勉強の愚痴を呟くだけのアカウントだった。女のふりをしたら知らない人から心配のメッセージをもらえて嬉しくて、俺は『るな』として振る舞った。

 そして出来心で女装した写真を投稿すると、一気にフォロワーが増えたのだ。


 まあ俺、結構可愛いからな。


 スマホを机の上に置き、鏡に映る自分を確認する。

 真っ白な肌に大きな瞳、薄い唇、特徴のない鼻。なにより小顔で、骨格が華奢なことに助けられた。

 メイクをして通販で買ったウィッグをかぶった俺は、どこからどう見ても美少女だ。


 せっかくメイクもしたし、もう少し撮影するか……なんて考えたところで、ドン! と音を立てて部屋の扉が開いた。


「お兄ちゃん! また私の服勝手に持って行ったでしょ!?」


 日葵ひまりだ。どかどかと部屋に入ってくると、俺を見て心底嫌そうな顔をする。


「てか、いい加減やめなよそれ。がちでキモいから」

「……そんなこと言ってるともう小遣いあげないぞ」

「どうせそれも、おじさんからネットでもらったお金でしょ」


 呆れたように言うと、日葵は盛大に舌打ちした。


「最初は日葵が俺に女装させたくせに」

「それはそれ! まさかお兄ちゃんがガチで女装にハマるとか思わなかったし。てか、お腹空いたから早くご飯買ってきて。コンビニじゃなくてお弁当屋さんの弁当ね」


 我儘を言うと、日葵は俺の部屋から出ていった。

 両親は仕事で忙しいため、平日の夕飯は自分たちで用意することが多いのだ。


 また俺が買いに行くのか……とは思うが、もう20時過ぎだ。日葵を一人で外へは行かせられない。


 立ち上がってウィッグを外そうとし、俺はその手をとめた。


 今まで、家以外で女装をしたことはない。外へ行く時はウィッグをとって、ちゃんとメイクを落としていた。


 もし外に出たら、俺の女装って通用するのか?


 ごくん、と唾を飲み込む。誘惑に負けた俺は、薄手のカーディガンだけを羽織り、女装したままこっそりと家を出た。





「なんか、拍子抜けしたわ」


 公園のベンチに座り、そっと息を吐く。声を出す時だけは緊張したが、特に怪しまれることもなかった。

 やっぱり俺、可愛いんだな。


 きょろきょろとあたりを見回し、近くに誰もいないことを確認する。


 せっかくだから、外でもちょっと写真撮っとくか?


 裏垢にあげる写真はいつも自室で撮影している。おかげで、構図も似通ったものになりがちだ。たまには新鮮なものをアップした方がフォロワーも増えるかもしれない。


 一瞬なら、誰もこないだろ。


 カーディガンを脱ぎ、ベンチの上で体育館座りをする。足をほどよく開き、スカートを少しめくる。


 せっかくだから、背景が外ってちゃんと分かる感じがいいよな。


 パシャッ!


 いきなりシャッター音がして、俺は慌てて立ち上がった。だって、俺はまだシャッターボタンを押していない。


「るなちゃん、だよね?」


 背後から声が聞こえた。急いで振り向くと、そこには相良麻琴さがらまことが立っている。

 相良麻琴。隣のクラスの美少女だ。去年のミスコンでは、一年生ながら優勝していた。

 艶のある黒髪に、モデルみたいに長い手足。

 可愛いよりも美しいという言葉が似合う彼女とまともに話したことは一度もない。


「ねえ、るなちゃんでしょ」


 そう言うと、相良はスマホの画面を俺に見せてきた。

 映っているのは、俺の……『るな』のアカウントだ。


「私、初期からるなちゃんのことフォローしてるんだよ。お金も送ったことある。分かんない?」


 私のアカウントはこれね、と相良が見せてくれた画面には見覚えのあるアイコンと名前が表示されていた。

『るなたその飼い主』というなかなかに気持ち悪いアカウント名だ。


 こいつ、おっさんじゃなかったのかよ!


 てっきり俺は、冴えないおじさんが中の人だと思っていた。まさか、相良だったとは。


「るなちゃんが近所に住んでるなんて思わなかったよ。こんな風に外でもえっちな写真撮ってたの?」


 ねえ、と言いながら相良が近づいてくる。とっさに俺が二歩下がると、相良は五歩近づいてきた。


 まずい。


 俺は可愛いとはいえ、近くで見れば男だとバレる可能性もある。なにより、同級生だとバレたらまずい。ここはなんとか逃げなければ……!


「もしかして、佐倉さくらくん、って呼ばないと返事してくれないの?」

「……は?」

「やっぱり。佐倉くんの声だ」


 なんで相良、俺の声なんか知ってるんだ?

 いや違う。そんなことは些細な問題だ。


 相良に、るなが俺だってバレた……!?


 さすがにまずい。女装してえろい写真をネットにあげているなんてことが学校の奴らにバレたら、俺の高校生活は終わりだ。


「ねえ、佐倉くん。私と取引しない?」

「……取引?」

「佐倉くんがるなちゃんだってこと、みんなに内緒にしててあげる。その代わり……」


 相良は腕を伸ばし、そっと俺の肩に手を置いた。


「佐倉くんのえっちな写真、私に撮らせてよ」

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