第2話
①
「秋の夕暮れって、なんでこんなに寂しいんだろうね」
コーヒー片手にぽつりと呟くスーツ姿の男性。向かいのビルに反射し、窓から差し込む夕日に目を細める。
ここはビルの十階、会計事務所の一室。
物憂げで感慨深げな男性の脇を、スタッフたちが慌ただしく往来する。「いいかげん仕事に戻ってくださいよ所長!」「終業時間になったら俺たち帰りますからね!」といった容赦のない声が、男性に投げつけられる。
そして、おなじみとも言えるその光景を横目に、部屋の一角で業務に勤しむ女性がふたり。
「所長ってばまたサボってる。仕事できるんだから、ちゃちゃっと終わらせたらいいのに」
キーボードをタカタカと叩きながら、女性のひとりが「ね、怜ちゃん」と、隣の後輩に同意を求めた。
「わたし今日一時間くらいなら残れるので。大丈夫です」
同じくキーボードをタカタカと叩きながら、怜が返す。
ほぼ迷うことなく動く指。ディスプレイの画面から顔を逸らすことなく、的確に数値を打ち込んでいく。
入社一年目の新人ではあるが、実は継続勤務四年目。大学生の頃、アルバイトとして雇われたこの事務所に、怜は卒業後もそのままお世話になっている。
ゆえに、隣に座るこの先輩スタッフとも、その頃からの付き合いだ。
「だめだよ怜ちゃん、だめだめ。終業時間遵守。コンプラは徹底しないと」
先輩スタッフの
今年三十四歳になるという彼女は、高校生と見まがうほどに若々しい。外見のせいで今ひとつ迫力には欠けるが、能力・人格ともに優れている。怜にとって、尊敬すべき先輩だ。
「今日、旦那さんは?」
「遅いんです。八時から、音楽番組の生放送があって」
「あっ、そうなんだ。……え? じゃあ、残業なんかしてる場合じゃないじゃん」
「あ、だから、一時間だけ」
「だーめだよ、だめだめ! 早く帰んなきゃ! ほらほら、PC電源落とす準備して」
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