⑤
「あ」
「あ?」
ひと悶着ありつつも、久々に夫婦水入らずで夕食を堪能した後。
洗い物をしようとシンクの前に立った怜に、怪訝そうな声で十夜が反応した。
スポンジを持ったまま固まる妻。その様子を、カウンター越しに夫が見つめる。
「どした?」
「……洗剤買うの忘れた」
言葉を吐き出しながら、怜は萎れるように肩を落とした。
今朝、家を出るときまでは覚えていたのだ。仕事帰りに買って帰ろうと。なんなら、店に入るときまで覚えていた。大容量の詰め替え用を買って帰ろうと。
どうやら、グラタンの材料を求めて店内をうろうろしているあいだに、失念してしまったようだ。
「ショックだ……」
「オマエ、頭めちゃくちゃいいのに、そういうとこ抜けてるよな」
「……呆れた?」
「バカ。むしろ安心してんだよ。オマエもうっかりすること普通にあんだなって」
ふっと笑って、妻のもとへと歩み寄る。
いまだ立ち尽くす彼女に向かって、十夜はこんな提案をした。
「今から買いに行くか? 行くなら車出すけど」
今の時間なら、行きつけのドラッグストアもまだ開いている。洗剤を買って帰るくらいなら、急がなくてもじゅうぶん間に合うだろう。
妻と家庭を気遣う夫の提案。いたって普通の。
しかし、その提案を、妻は全力で拒んだ。
「えっ? い、いい! 大丈夫! 食洗機用の洗剤はあるから、今夜は食洗機にお世話になる……!」
「ああ? 食洗機はなんか信用できねーっつって、いつも手で洗ってんだろ。なんなら、洗剤買ってきてオレが洗うし」
「と、十夜にそんなことさせられないよ! 今日、せっかく早く帰れたのに……」
ぶんぶんと、音が鳴りそうなほどかぶりを振る。その勢いで、数ヶ月間しまったままとなっていた食洗機用の洗剤を取り出し、まごまごしながらビルトイン食洗機を起動した。
夫には、家でゆっくり休んでいてほしい。それが真意だ。そこに嘘や偽りなどはまったくない。
だが、怜の本心は、実は別のところにあったのだ。それには、十夜も気づいている。
「なあ、レイ」
「……な、なに?」
「いいかげん公表しねぇ? オレたちが結婚してること」
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