④
オーブンの甲高い終了音が部屋じゅうに響く。ミトンを装着してドアを開ければ、チーズの香り立つグラタンがぐらぐらと煮立っていた。視覚と嗅覚の両方を蕩かすホワイトソース。実に蠱惑的で小憎らしい。
見た目は悪くない。
とりあえず安堵した怜は、それらをテーブルの上に並べた。
「美味そうじゃん」
そこへ、同じくパーカーに着替えた十夜がやって来た。だぼっとした装いが、痩身をより際立たせている。
「もう食べられるよ。食べる?」
「ああ。飲みモン出すわ。何がいい?」
「え、いいよ。十夜は座ってて」
「いやいや、そんくらいオレやるし。で、何がいい?」
制そうとした十夜に制されて、なかば強引に椅子へと座らされてしまった怜。「じゃあウーロン茶」と答えるも、カウンターの上に置いたままとなっているシーザーサラダが気にかかる。
しかし、テーブルに戻ってきた十夜の手には、飲み物と一緒にサラダを載せたトレーが握られていた。
「ん」
「あ、ありがとう」
サラダをそれぞれのグラタン皿の横に並べ、怜にはウーロン茶、そして自分にはビールを用意して、十夜は腰を落ち着けた。
なんとなく乾杯し、両手を合わせてフォークを取る。熱々のグラタンを口に入れれば、得も言われぬ至福感が十夜の胸中を埋め尽くした。
「ヤバ。んま」
「ほんと? よかった」
「店で食うよか断然美味い」
十夜は、まるでリスが頬袋に餌を詰めるかのごとく、次から次へもきゅもきゅと頬張った。御年二十九。とてもアラサーとは思えぬ食べっぷり。この細い体のいったいどこに入っているというのか。
6つ年上の彼に愛らしさをおぼえた怜は、照れた表情に嬉しさを滲ませ、目を細めた。
「なに。食わねぇの?」
「ううん、食べるよ。熱いから、冷めるの待ってる」
「あー、オマエ猫舌だもんな」
淡泊で素っ気ない。だが、そこには、思いやりと愛情が幾重にもかさなっているのだ。
七年分の。
「ニャンって鳴いてみ?」
「なんで。やだよ」
「んだよ、ベッドの中じゃあんなに素直で可愛——いってぇ!! 蹴んなよ足折れんだろっ!?」
「十夜が変なこと言うからだろっ!!」
出会った当時は思いもしなかった。想像すらしていなかった。
まさか結婚することになるなんて。
夫婦に、なるなんて。
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