③
オーブンで焼いているあいだ、リビングで洗濯物を片していると、玄関で物音がした。壁の電波時計は、午後七時半を少し回ったところだった。通話をしてからおよそ二時間。家主のご帰還である。
「ただいま」
リビングのドアを開けて登場したのは、先ほど街頭のディスプレイをジャックしていたアンニュイなご尊顔。
金髪のさらさらミディアムヘアに、長い前髪から覗く切れ長の胡桃色。両耳には計7つのピアスが光っており、両手には計4つの指輪が嵌められている。
Tシャツから見える(いかにも引きこもり気味の)真白い腕。百八十の長身を支えている(なんとも頼りない)細い脚。
四人組男性ロックバンド〝
「おかえり。もう少しで夕飯できるよ」
「サンキュ。夕飯、何?」
「グラタン」
「……マジか」
怜の口から自身の好物を告げられるやいなや、十夜のテンションは急激に上昇した。
顔色も声色も何ひとつとして変わっていないが、明らかにハイになっている。怜の目には、それが瞭然だった。
「久しぶりだから、味の保証はないけど」
「いや、大丈夫だろ。オマエが作ったんなら」
抑揚もなくこう言い切ると、十夜はリビングから出ていった。おそらく、着替えるために自室へと向かったのだろう。心なしか、後ろ姿が軽やかに見える。
口数が多いとは言えない。表情が豊富であるとも言えない。それはお互いさまだが、考えていることはだいたいわかる。
出会い、同じ屋根の下で暮らすこと七年。ずっとそばで見てきた。
「着替えてるあいだに焼き上がるかな」
洗濯物を片す手をいったん休め、怜はキッチンへと向かった。いまだ加熱中のオーブンに目を向ければ、残り時間は三分弱となっていた。
黒いドア越しに見える、焼けたチーズのクリーム色。あれが狐色になれば完成だ。
「美味しくできるといいな」
十夜の多忙具合が常軌を逸しているため、家で食卓を囲む機会はほとんどない。普段は仕事の打ち合わせの延長で外食することが多いし、毎年全国ツアーの時期はそもそも家にいること自体少ない。
よって、今日のグラタンは怜にとって特別なのだ。
十夜にとっても、そうあってほしい。
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