第2話 巨大熊

「うわああああっ!」


俺は情けない悲鳴を上げながら脱兎のごとく走り出した。


「く、くそ~~っ! 何なんだよあいつ!いつの間に移動したんだ!?」


くそったれ、なんで俺がこんな目に......。

俺はありったけの悪態を吐きながら全速力で走った。熊に遭遇したら走ってはいけないと何処かで習った気がするが知るもんか。

俺は転ばないように気を配りながら走りつつ、後ろを振り返ってみる。


「畜生! やっぱり追ってきてる!」


巨体に似合わず素早い身のこなしで奴は俺の後ろにピッタリと張り付いてきていた。大きな足で地面を掘り起こしながら迫って来る様はまるでパニック映画のワンシーンを思い起こさせた。


「はぁっ!、はぁっ!」


俺は悲鳴を上げる心臓を無視しつつとにかく走った。立ち止まったらそこで終わりなのだからたとえ心臓が破裂したとしても、走り続けないといけない。


こんなことならさっさと引き返すべきだったと後悔したが後の祭り。今はとにかく走ってこの化け物の追跡を振り切らないといけない。俺はさらにスピードを上げ右へ左へと木々の間を縫うように走った。奴の巨体ではこの狭い空間を走ってくるのは容易では無いだろうとの選択だった。

 

俺がまた後ろを振り返ってみると狙い通りやつは木々にぶつかりながら追ってきていた。ただ予想が外れていたのはヤツのとんでもないタフさだった。


「マジかよっ! あいつ木を薙ぎ倒しながら走って来やがる!」


熊の化け物はその巨体でもって俺の胴ほどもある太さの巨木を気にもせず、肩口でぶつかりへし折りながらこちらに一直線に走ってきた。

どうやら奴は俺の知っている熊とは違うらしい。そもそも体長五、六メートル超えの熊の生態など知る由もないのだが。


「だからってまさか木を避けずにアホみたいに突っ込んでくるとは思わないだろ~! だいたいなんであいつはアレだけまともにぶつかり続けて平気なんだよ! 普通骨が折れるぞ!」


そんな不満を喚き散らした所で奴は止まってくれる訳でもなく、依然として俺の背後にピッタリと張り付いてきていた。

そんな絶望的な状況だったが俺はふと水の流れる音を聞き、周りを見回した。


「も、もしかして川があるのか? はぁ、はぁ」


俺の息もだいぶ上がって来ている。足も鉛のように重く、既に限界など疾うの昔に超えていて感覚が無くなっていた。自分でもどうやって走ってるのか分からないぐらいだ。


「!? 川だっ」


その時俺はようやくお目当ての川を見つけた。奴との追いかけっ子をしているうちにどうやら俺は森を抜けたらしい。

俺は進路を変え、川沿いへと下っていった。木々を抜け、開けた場所へと躍り出た俺の背を奴は執拗に追いかけ続けた。

このままこいつと鬼ごっこをしていても仕方ない。俺が取る手段は一つだ。


「こんなアクション映画紛いのこと普通はやらないんだけどな!」


俺は流れの早い川を見て一瞬怯むがすぐそこまで来ている凶爪を感じ取り意を決して飛び込んだ。



___________________________________



ある深い森にて一人の少女が釣り竿を持って歩いていた。


「今日は大漁だと良いなぁ。昨日は全然釣れなかったし村のみんなにも沢山食べさせてあげたいもんね」


その少女はウキウキしながら暫く森を歩き、森を出た後も川沿いへと向かって更に歩いていく。その川では魚達が泳いでいてその様子を見た少女は期待に胸を膨らませた。

川の流れは穏やかで釣りをするには絶好のタイミングだ。今日こそいけるかもしれない。

少女は一人納得すると川岸の大きめの岩に座り釣り針に餌を付け始めた。その後釣り竿を大きく振りかぶる。


「今日こそは沢山釣れますようにっ!」


そう願掛けを込め少女は竿を振り下ろした。

ポチャンと小気味よい音を立てながら、彼女の放った釣り針は重りに引かれ川底へと吸い込まれていった。


「ふぅ、あとは待つだけだね~。釣りは忍耐、忍耐っと」


そう言いながら少女はその小さな腰を岩場の上に降ろし、そして周りの川をぐるっと眺めた。


「こうしてみるとやっぱり今日はきれいだな。昨日よりも大分澄んで見えるし、何より魚がここからでもよく見えるもんね」


少女の言う通りその川では生きの良い魚たちが泳いでいた。皆黒ぐろとした背の部分と銀色に輝きながらもよく膨らんだ腹を持っていて一目見て旨い魚だと分かる姿をしていた。


「焼き魚が良いかな? それより鍋で煮込む? ああ~! 今から考えるだけで涎が出ちゃいそうだよ~!」


今晩のおかずに早くも思いを馳せた少女は我慢できず釣り竿を持ったままバタバタと足を動かした。

と、その時視界の隅に何かが映り少女は動きを止めた。


「なんだろうあれ? 昨日はあんなのあったっけ?」


少女は川の向こう岸を見つめながらそう呟いた。その目には何か大きい塊が草むらに落ちているのが映っている。


「取り敢えず確かめてみよう。もし魔獣の死骸だとしたら放っておけないし」


そう言うと彼女は持っていた釣り竿を岩場に残し、軽々と岩の上を跳躍していった。

人間離れした動きを見せ怪しい塊のある草むらに近寄る少女。万が一魔獣だった場合を考え腰のナイフを静かに抜いた。

少女は息を殺しナイフを前にして草を掻き分け慎重に近づく。足音も立てないように柔らかく足運びをした。


「……!! こ、こいつはっ!?」


少女は獲物の正体に気付き思わず大声を出してしまった。

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