増税国家ニッポン!

武蔵野純平@蛮族転生!コミカライズ

第1話 増税国家ニッポン!

 20XX年。

 日本政府は増税を続け、ついに国民負担率は八十パーセントを突破した。

 国民はお金がなくて困っていた。



 東京に住む青年が道を歩いていた。

 仕事の面接に行く途中である。


 青年の前方から緑色の制服を着た中年男性が二人近寄ってきた。


「おはようございます! 国土交通省通行税徴収係です。この先は国道になっておりますので、通行税のお支払いをお願いします」


「道路の補修、維持にご協力下さい!」


 青年は渋い顔をした。


「またですか~! さっき払ったよ! ほら! これ!」


 青年は財布の中から領収書を取り出し、緑色の制服の二人に見せた。


「これは都道の通行税ですね。東京都に支払った領収書です」


「ここからは国道ですから。別なんですよ。国道の通行税千円をお願いします」


「あー……。今、失業中なんですよ。お金がなくて……」


「申し訳ありません。それではお通しできません」


「国道は一日千円の通行税がかかりますから。次は準備して下さいね」


「わかりました……」


 青年は来た道を引き返した。


 道路を歩くのは有料である。

 国道、都道、市道、それぞれに通行税が課せられるのだ。


 国道は千円。

 都道は五百円。

 市道は二百円。


 通行税の導入で外出する人は減った。



 首相官邸で内閣総理大臣が頭を痛めていた。

 日本の税収は年々減っているのである。


「うーむ。これは仕方ない。増税しよう。財務省さん、何か増税のアイデアはありませんか?」


 首相官邸担当の財務省職員が答えた。


「所得税を上げましょう」


「しかし、選挙が近いですからね~。支持率が下がると困るんですよ」


「大丈夫です。何か口実をつけて、選挙前に二万円ほど配れば支持率は維持できます」


「緊急経済対策ですか……。その線でまとめて下さい。あと各省庁の増税希望も取りまとめて下さい」


「かしこまりました!」


 所得税率は七十パーセントを超えているが、また一つ増税が決まった。

 財務省職員は、ほくほく顔をした。



 夜。

 大人の男女がラブホテルに入った。


 受け付けでキーを受け取ろうとすると、受付の中年女性に妙なことを聞かれた。


「今日は何回くらいしますか?」


「「えっ!?」」


 大人の男女は驚いて目を見合わせる。

 男性が問い質した。


「どういうことでしょう?」


「今日から交合税が導入されました」


「「交合税!?」」


「厚生労働省に納めなくちゃいけないんですよ。その……アレ一回につき二千円です」


「「二千円!?」」


 日本政府は、夜の営みにも課税したのだ。

 人間、やることはやりたいだろう。ならば払うだろう。

 という厚生労働省内の雑な議論を経て導入されたのだ。


 大人の男が眉根を寄せた。


「あの……この人はプロなんだけど……。それでも払うの?」


「ああ~! えっと、ちょっと待って下さいね。税務署の人がいるから」


「「税務署!?」」


 受付横のドアが開いてスーツ姿の中年男性が現れた。


「どうも。鶯谷税務署夜間営業担当の梅松と申します。抜き打ちの検査で、今日はこちらのラブホにお邪魔してるんですよ。そちらのプロ女性の方、マイナンバーカードはお持ちですか?」


「はい。持ってます」


 大人の女性はハンドバッグからマイナンバーカードを取り出し税務署員の梅松に渡した。

 税務署員梅松は、専用のカードリーダーにマイナンバーカードを読み込ませた。


「おっ! ちゃんと確定申告をされてますね! 納税ありがとうございます! 頑張って下さい!」


 何を頑張れというのか……。

 大人の女性は、マイナンバーカードを受け取りながら梅松の言葉に困惑した。


 梅松は大人の男性にテキパキと説明した。


「交合税は所得税とは別なんですよ。厚労省の所管なんです。一発二千円。受付にお支払い下さい」


 大人の男性は困惑した。


「一発って……。あの……、売春をすすめているように聞こえますが、大丈夫なんですか?」


「ああ。そっちは厚労省。私は税務署。担当が違います。お仕事が何であれ、税金を払ってくれる人は良い人です。じゃあ、頑張って下さいね~」


 税務署員梅松は、受付横のドアを開いて中へ消えた。

 大人の男女はポカーンと梅松を見送った。


 子作りするにもお金がかかる。

 少子化は超マッハで加速した。



 ――十年後。

 国民負担率は九十五パーセントを超えた。


『まだ、行ける!』


 それでも政府は増税に意欲を燃やした。


 稼ぐ能力のある人は海外に移住した。

 通行税のおかげで人は出歩かなくなり町の景気は悪くなるばかり。

 交合税のおかげで子供を作る人は減った。

 日本の未来は暗かった。



 港の倉庫で怪しげな男たちが、怪しげな取り引きをしていた。


「ブツはこれだ」


 頬に傷がある男がアタッシュケースを開くと、ビニール袋に入った白い粉が現れた。

 サングラスをかけた男が、ボストンバッグを開いた。中には札束がギッシリと詰まっている。


 怪しげな男たちは、アタッシュケースとボストンバッグを交換した。


 すると勢いよく扉が開いた。

 拳銃を構えたスーツ姿の男が飛び込んできた。


「麻薬取締官だ! 逮捕する!」


「ゲッ! マトリか!」


「クソッ!」


 頬に傷がある男は両手を上げた。

 だが、サングラスの男はスマホをポチポチいじりだした。

 この状況から助かろうと、知り合いに連絡をしているのである。


 麻薬取締官は眉根を寄せてサングラス男に近寄る。


「オイ! 聞こえなかったのか? 逮捕だ! 逮捕!」


「いや、聞こえてますよ。逮捕ですよね? でも、納得いかないな~。俺は小麦粉を取り引きしていただけなのに」


「嘘をつくな! 検査すれば分かることだぞ!」


「いや、小麦粉ですって!」


 サングラス男はあくまでシラを切る。

 時間稼ぎである。


 麻薬取締官は検査キットを取り出して、サングラス男の目の前で検査を行った。

 白い粉は麻薬だった。


「ホラ見ろ! この白い粉は麻薬だ! 両手を出せ!」


「あれ~おかしいな~」


 サングラス男は、何だかんだと言い訳して逮捕を逃れようとする。

 麻薬取締官がサングラス男の様子に不審がっていると、ドアが蹴破られ完全装備の男たちが突入してきた。


「財務省強襲徴税課だ! 全員動くな!」


 財務省強襲徴税課とは、財務省所属の特殊部隊である。

 交戦が予想される徴税先に突入するため、警視庁のSATと同等の武力を所持している。


 麻薬取締官は拳銃。

 財務省強襲徴税課は小銃を持っている。


 麻薬取締官は自分に小銃を向けられて困惑した。


「ちょっと! 財務省さん! これはマトリの手入れなんですから邪魔しないで下さい!」


「この場を制圧するように、上位の者から命令を受けました。一旦、武器を置いて下さい。置かなければ撃ちます」


 強襲徴税課隊員の言葉に、麻薬取締官はシブシブと拳銃を倉庫の床に置いた。

 完全武装の強襲徴税課の後ろから、スーツ姿の男が現れた。


「厚生労働省さん、ご苦労様です。この場はお預かりします」


「ふざけないで下さい! 一年内偵してようやく、取引現場を抑えたんだ!」


「上の方と話はついています」


 スーツ姿の男はスマートフォンを麻薬取締官に差し出した。


「もしもし?」


「財務省から要請があった。引き上げだ」


 電話の相手は麻薬取締官の上司の上司の上司だった。


「局長!? どっ、どういうことでしょうか!?」


「その取り引きだが、二人ともちゃんと納税しているそうなんだ」


「納税って……。いや、待って下さい! 麻薬取締法違反ですよ? 納税もへったくれもないでしょう!」


「最近は税収が減っているからな。犯罪でも納税していれば、目こぼしする政府方針なんだ」


「そんなバカな!」


「バカなことはないぞ。我々が定年になった時に、天下り先がなくては困るだろう? 天下り先にしゃぶらす飴が必要なのだ。君もわかるよな?」


「それとこれとは――」


「これは高度な政治的判断なのだよ! 我々官僚組織を維持するために税収が必要なのだ!」


 麻薬取締官は拳を握り肩をふるわせた。

 自分の捜査はなんだったのかと。


「まあ、だが、財務省もこちらの顔を立てた。一応検察に送致するが、証拠不十分で不起訴にする。つまり書類の上では逮捕。君は立派に仕事を完遂したことになる」


「証拠不十分……? あっ!? オイ! 何をする!」


 麻薬取締官が視線を動かすと、麻薬の入ったアタッシュケースと現金の入ったボストンバッグを、財務省強襲徴税課の隊員が持ち去ろうとしていた。


「証拠品は財務省でお預かりいたします。ご苦労様でした」


「貴様!」


 麻薬取締官は怒りに震える。

 スマートフォン越しに局長の厳しい声が聞こえた。


「何もするんじゃない! 撃たれるぞ!」


「クッ……!」


「まあ、そう怒るな。君に昇進の内定が出たぞ。おめでとう!」


「……」


「だから、下手を打ってくれるなよ!」


 麻薬取締官は観念した。



 こうして犯罪も税金を払えば見逃されるようになった。

 日本は世界有数の犯罪大国になり、税収の柱は麻薬取引や売春などの犯罪収益になった。


 それでも日本政府は考えている。


『増税出来ないかな?』

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