2.紙村弥生②

九月十五日(日)【紙村かみむら弥生やよい



***



 三連休のど真ん中。わたしは旅行に行ったりもせず、家事以外の時間は読書やアニメ鑑賞に費やして一日を過ごしていた。


 スマートフォンにLINE通話の着信があったのは、もう日が変わりそうな時間。相手は──火曜日に友達登録したばかりの赤池冬美さんだった。


 火曜日、わたしは赤池さんに一つを教えていた。普段なら、こういった情報は会社の同僚に教えたりはしないのだが──


 赤池さんの彼氏は心霊スポットで物を壊したり、落書きをしたり、廃墟から物を持ち帰ったり、おやしろにさえ敬意を払わず傍若無人な振る舞いをして、それを誇ったり自慢するような人間であると聞かされていた。そんな男にはなにか良いクスリが必要だと思い、特例でその場所を紹介したのである。


 赤池さんに教えたその場所は、住宅街の真ん中にある小さな稲荷いなり神社(正確にはその近く)で、観光するにはあまりにも退屈すぎる場所だが、聞いている限りの彼氏さんにとってはうってつけの処方箋しょほうせんになってくれると考えていた。良薬は口に苦し……なんていうレベルでは済まない経験をすることになるかもしれないけれど。


 そんな赤池さんからの着信。三連休に早速行ってみると言っていたので、もしかしたら今日そこに行ったのかもしれない。


 そしてこの着信は、なのかもしれない。


 わたしは呼吸を整えてから、LINE通話に応答をする。


「はい、紙村です」


『紙村さん。あなたねぇ、とんでもないことをしてくれたじゃない……』


 案の定、クレームだった。説明すれば分かってくれると考えた上で情報を提供したのだけど、やはり会社の上司に怒られるのは怖い。


「赤池主任。ちゃんと説明できてなくて申し訳ございません。たぶん赤池主任の彼氏さんはとんでもなく恐怖体験をしてしまったかもしれませんが、命に別条はないはずです」


『……ちっ、うるさい。うるさいって!』


「は?」


『あ、こっちの話よ。で、なによそれ。なんで彼だけが酷い目にうって言うのよ。私だって大変なことになって──ああ、もう、うるさい!』


 彼女の怒声に、わたしは思わず身をすくませた。どうやら、どういうわけか、この様子だとわたしの処方した劇薬は彼氏さんだけでなく、彼女にも大きく効果が出ているらしい。


「あの、わたしの教えた場所はですね、が見えるようになる場所なんです」


『──どういう意味よ』


「そのままの意味です。だからたくさんの霊に取り憑かれているのなら、しばらくは大変だと思います。たまに心霊スポット巡りに付き合わされているだけの赤池主任なら大したことにはならないと思っていたのですけど、その、すみません」


『ああそれで──彼だけが酷い目にうって知っているみたいに言ったのね』


「はい」


『場所を教えてもらうときに車で行かない方が良いって言っていたけど、これが原因で事故になるからよね……。確かに事故を起こしかけたわ』


「車で行ったんですか?」


『行ったわよ。本当に大変だったわ──あ、彼氏がね。車の中も外も幽霊だらけだって。帰ってからも、どこに行っても誰か──が付いてきて、部屋にいても必ずどこかに幽霊がいて、鏡なんて見れたものじゃなくて、常に数えきれないほどの幽霊にまとわりつかれて気が変になりそう……って言っていたわ』


「あとは耳元でずっと声が聞こえるとか……?」


『よく分かっているじゃない! ねえ、まさかこれって一生続くの? あと取り殺されたりしないわよね?』


 わたしは一瞬、答えにきゅうした。今、聞かされた彼氏さんの惨状は、わたしが想像していたものより何倍もひどい。


「えっと、個人差もありますが、三日もあれば消えると思います。あと見えるようになるだけなので、そのせいで取り殺されたりはしません」


『三日も続くの!? あのね、明後日から平日なのに、これじゃ仕事にならないじゃない』


「すみません。赤池主任には害がないと思っていたので……」


『まあいいけど……ねえ、何度も訊くけど、本当に取り殺されたりはしないのよね?』


「はあ、元々、取り憑いていた霊が見えるようになっただけなので──もし取り殺されるとすれば、見えていなかったとしても運命は変わらないと思います」


『────』


 赤池主任が、まるで発注金額のけた間違いに気付いたかのように絶句する。


「赤池主任は心配ないと思います。心霊スポットには、たまにしか行っていないんですよね?」


『私はそうだとして、彼はどうなの? 彼も大丈夫なんでしょう?』


「はあ、その、とても言いつらいことなんですけど」


『言いなさい』


「はい……赤池主任のお話を聞いている限り──。遅かれ早かれ、霊のせいで死ぬ運命にあります」

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