第9話 幻想術

 黒いスライムは愛嬌のある動きをしながらゴムボールのように跳ねている。一応この世界の魔物的な存在らしいが……。


「あのスライムだったら蹴れば倒せたぞ」

「確か包帯もスライムから手に入れたんですよね」

「ああ」



 俺はゆっくり近づいてくるスライムに向けて歩いて近づく。そして距離が近づいた時に俺はボールを軽く蹴るようにスライムを軽く蹴り上げた。1mくらい上に飛びそのまま地面に落ちて消えていった。



「なんか可哀そうですね」

「気持ちはわかるけどよ……気にしない方がいいぞ」



 地面に落ちた青色のキューブを俺は拾った。



「えーっとこれがアイテムドロップですか。確かフラグメントでしたよね」

「そういやそんな名前だったな」

「でもこれをどうするんです?」

「あってるか分からないけどちょっと力を入れると……」



 手の中にあるキューブが破裂し黒い粒子があふれ出る。すると手の中にペットボトルが収まっていた。



「……水?」

「水……だな」

「何でです?」

「さあ……なんでだ? ま、まあ喉乾いたら飲めるし当たりじゃないか……?」


 リリアに渡すわけにもいかないので俺はそのペットボトルを袋に入れた。というか俺はこの身体で飲めるのか疑問だが、気にしないでおこう。周囲を見渡すけど他にあのスライムはいないみたいだ。



「この辺はあまりナイトメアがいないようですね」

「1番浅い場所だしこんなもんなんだろ」



 確か一番安全な階層だって言ってたしな。ようはこのフラグメントは経験値みたいなもんなんだろ。ならいつまでも弱い所にいても仕方ねぇ。




「リリア。もう第12階層の方へ行かないか?」

「ですね。残り3か月って考えるとここで過ごしても意味なさそうですし。よし1つ下に行ってみましょう。何かあればディズ君の力で蹴散らかしちゃってください!」


 そういうとリリアはシャドウボクシングのように拳を振っている。なんというか妙に微笑ましい。



「おう、任せろ」

「そうだ! ディズ君!! 幻想術ファンタズマ使ってみてください! そういえば私ちゃんと見た事ないです」

「といっても俺もよく使い方がわかってないんだよな」



 あの時はどうしてたっけ。確か力を込めて殴っていたような気がする。どこかにいい的があるといいんだが……。



「あ、ほら! ちょうどあそこにスライムいますよ!」

「ほんとだな」



 

 

 右手に力を込めて拳を上に振り上げる。そしてあのスライムがいる場所を見ながら拳を振り下ろした。するとスライムの上の空間が歪みまるで見えないハンマーが振り下ろされたかのようにスライムもろとも地面も潰れて行く。


 

「おお! すごいです。ホントに魔法みたいです!」

「改めて見るとすげぇな。どうなってんだ?」



 リリアは潰れたスライムがいた場所、というか円状に破壊された跡地を見て回っている。俺はその間にフラグメントを拾い上げた。



「うーん。凄い威力です。さっきは拳を振り下ろしてましたよね。違う方法で出せます?」

「よし試してみるか」




 周囲にスライムはいない。だから適当に誰も居なそうな壁に向かって使う事にする。同じように右手に力を入れて今度は正拳突きのように拳を正面に突き出した。すると俺が拳を突き立てた正面の壁は大きく陥没し破壊されていく。



「おお。すげぇな」

「いいですね! 次は逆の手で行ってみましょう! あと拳じゃなくてこう手刀でやってみてください!」



 シュパーンとです、シュパーンとリリアは擬音を口に出しながら斜めに手を振っている。俺はそれを見ながら同じようにまた壁に向かって手を振った。



「はいはいシュパーンっと」



 俺もそう口にしながら左手を同じように振り抜いた。




 そしてその軌跡を辿るように目の前の壁、すぐ下の地面、そして離れた家の屋根も斜めに破壊されていく。



「お?」



 その破壊の範囲に俺は驚いた。単純な破壊力だけで言えばさっきまでの方が強かった。だが範囲はどうだ? 目の前の壁だけじゃない。すぐそばの地面ならともかく10m以上も向こうの家の屋根も破壊された。




「なんだ。どういう事だ?」

「んー。単純にディズ君の攻撃が少し離れた場所に発生するだけかと思ったですが、そう単純な話でもなさそうですね、ぜひ検証したいです」

「検証ならこっちを先に検証しようぜ」



 俺はそういうとさっき拾ったフラグメントを差しだした。



「さっきのですね。何を検証するんです?」

「キーウの説明通りなら、このフラグメントはゲームの経験値みたいなもんなんだろ?」

「確か青い奴で100個くらいでしたっけ? 確かにスライムが落とすのは青いフラグメントですね」

「とりあえず俺が実験体になる。使っても問題なさそうならリリアの経験値稼ぎをしようぜ」

「え、私です?」

「ああ。俺は戦えるし大丈夫そうだろ? ならリリアの方が優先だ。もう少し奥の方へ行けばもっといいフラグメントも取れるだろうし、多分すぐリリアも幻想術ファンタズマを覚えられるだろ」



 人との喧嘩なら負けたことはないけど、ナイトメアなんていう魔物も同じように通じるかわかんねぇ。そうなるとリリアを俺一人でどこまで守れるか分からなくなってくる。ならリリアも一緒に強くなればいい。単純な方法だが確実だ。



 

「いいんです……?」

「ああ。それにリリアもこういう力使ってみたい口だろ?」

「実は……かなり興味あるです!」

「なら決まりだ。さてこれをどう使えばいいんだろな」



 



 手の中にあるフラグメントを色んな角度で見てみる。壊すのは違う。多分また何かしらのアイテムが出てくるんだろう。包帯、水と来たから消耗品が出るのか? とりあえず今すぐ必要ではなさそうだ。ならどうするか。




「こうか?」




 俺はフラグメントを自分に押し当てるように力を込める。すると黒い粒子となり自分の身体に吸収されていった。






 頭の中に何かが鮮明に過る。



 11人の友人たち。超能力のような力を手に入れ子供のように皆がはしゃいでいる。みんな年齢はバラバラだったけど一番子供だったのは間違いなく俺だ。その中でも面倒を見てくれた姉のような人がいた気がする。





『オーちゃん。ヴぁ――なに?』

『”ヴァンダリム”。君の幻想術ファンタズマの名前だよ。我ながらいい名前を付けたと思っているね』

『ヴぁんだりむ?』

『そうだ。ちゃんと言えているね。出来れば私の名前も言えるようになってもらいたい所だが……ほら君の友達が遊びに来ているよ。行っておいで』







 


 



「ディズ君?」

「!? リリアか。いや大丈夫だ。少しぼうっとしちまったな。うん、とりあえず身体に押し付ければ吸収できるみたいだぜ」

「なるほど。あ、ちょうどスライムが2匹います。よし次はあいつに使ってみましょう! 今度は同じように手刀で一気に両断する感じです」



 そういうとリリアは何故か俺の後ろへ回っていく。




「ん、どうしたんだリリア」

「ちょっと同じ視線の位置で見ておきたいんです。ほら今です!」

「お、おう」



 右の手のひらをまっすぐ伸ばし水平に腕を曲げてそのまま振り抜く。すると先ほどと同じように遠く離れた場所も含めて一直線に破壊されていく。そして2匹のスライムは青いフラグメントを落として消えていった。




「今度は50m以上も向こうの建物にも攻撃が及んでいますです。下手するともっと遠くまで狙えそうな気も……いやあれは……」

「ん? どうしたんだリリア」

「見てください! 最初にシュパーンって攻撃した破壊跡とついさっき攻撃した破壊跡です!」

「そんなもん。似たようなもんじゃねぇか?」

「全然違うです!」



 リリアは俺の顔の前まで来て首を横に振っている。そして指を指して説明を始めた。



「ほらよく見るです! 最初にシュパーンってした後は大体幅10cmくらいの破壊が線のように伸びていますが、ついさっき攻撃した奴は幅が30cm以上も広がっています。それに破壊力自体も上がっているですよ!」

「んー言われてみると? もしかしてフラグメントを吸収したからか!?」

「いえ、違うと思うです。ほら次はあっちを見るです」



 リリアはまた違う方向を指さした。そこは最初に手刀で攻撃した際に何故か破壊された遠くの家の屋根の方だ。




「どうみてもあっちの屋根の方が酷く破壊されています。恐らくですがディズ君の幻想術ファンタズマは距離が離れれば離れるほど威力が上がるのだと思います! あとは腕を振った時の力とかにも影響はありそうですが、やっぱりすごいです。こういう技って漫画だと普通逆なんですよ? だってこんな遠距離攻撃反則です! 威力が減衰しない、いや寧ろ逆に威力が上がるとなると、射程距離無制限且つ威力も無制限に広がっていくチートみたいないな幻想術ファンタズマかも知れないです!!」

「――ヴァンダリム」



 さっき頭に過った言葉が思わず出る。




「ん、なんです? ヴァンダリムって」

「……名前だ。せっかく強そうな幻想術ファンタズマなんだ。名前があった方が箔がつくだろ?」

「ヴァンダリムですか。多分破壊主義者をもじっているのだと思いますが、カッコいいと思います! 私好みです! いやぁディズ君の事少し誤解してました! ちゃんとこちら側だったんですね!」



 なんだ……妙なものと同じ括りにされた気がするぞ。


 

 


 

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