第十五章 灯篭に照らされながら
第十五章 灯篭に照らされながら 1
「うーん、やっぱりまだ体が重いな」
もうほとんど雪が解けて歩きやすくなった路地を歩き、私は書庫へと向かっていた。今日は天気が良くて、明るい日差しを浴びると少し体調も良くなる感じがする。
書庫に着くと小芳の姿が見えなかった。もう三度も案内されて場所もわかっていることだし、と私は勝手に書庫の奥の書斎へと向かった。
するとそこには猿の面をした秋菊と、まだお面をつけていない小芳の姿があった。お面を付けていない顔を初めて見たが、気の強い子供みたいな顔をしていた。お面も子供の顔だけど、中身も子供みたいな顔だったのか。
「あら思月、来てくれたのね。仕事のほうは大丈夫なの?」
「あなた勝手に奥まで来ちゃったんですか!?」
小芳は大慌てで女児のお面をかぶっている。
「昨日の話がどうなったのか聞きたかったんで、来ちゃいました。仕事は体調不良で休んでます」
「そう。ではそこに掛けて」
いつも通り書斎の椅子に座ると秋菊も相向かいの椅子に座り、話を始めた。
「昨日あの後、皇后様と面会してきたわ。皇后様も玲玉妃様に、あの不思議な灯篭を見せられたそうよ。それも、太子様がお生まれになって間もない頃に」
「そうだったんすね」
やっぱりあの灯篭は怪しい。小芳が話していたように、あれは命灯という呪いの灯篭なのかもしれない。
「玲玉妃様は箱に灯篭を入れて持ってきて、皇后様と太子様にそれを見せたらしいわ。お二人が見せられた箱の中には二つの灯篭が入っていて、二人が灯篭を見つめた瞬間に灯篭に明かりが灯ったそうよ。きっと命灯の可能性が高いわ」
「呪いをかけるのに、一人に一つ灯篭が必要なんすね」
「どうもそうみたいね。皇后様は命灯の話を聞いて不吉に思われて、すぐに帝にご相談なさったわ。実は今から、帝が巫力のある者たちや武官を引き連れて、玲玉妃様の宮を訪問することになっているのよ。そして灯篭について、直接玲玉妃様から話を聞くそうよ。私と小芳も、そこに同行することになったわ」
「えっ」
今日、さっそく玲玉妃のところへ向かうとは。帝の行動の速さに思わず驚く。
「どうして、お二人も同行するんです?」
「玲玉妃様が呪術を使用する可能性があるので、護衛のためについていくのよ。私は占いをする能力だけでなく、呪術を見抜く力もあるし、術を無効化する儀式を行うこともできるの。小芳にはそういった力はないけど、儀式に関して熟知していて、助手として手助けしてもらうことができるわ」
なんだか嫌な予感がする。春蘭の大切なお姉さんに、危険な目にあってほしくない。
「そんなに危険な目にあいそうなのに、帝が直接行くんですか?」
「ええ。帝は皇后様を深く愛しておいでなので、いてもたってもいられず、ご自身で動かれたいという思いがお強いようなの。それに実際、玲玉妃様が帝に呪術をかけるとは考えにくいわ。彼女が呪術を行っているとすれば、その目的は自分が帝に見初められたいからでしょう。それに帝に妙な真似をすれば、護衛の武官に即座に首を跳ねられてしまうからね」
「まあ、そうかもしれませんが……」
「でもだからといって、玲玉妃様が素直に灯篭について事実を明かすとも思えないわ。皇后様と太子様に呪術をかけていたとなれば、重罪だものね。認めれば処刑されることになるでしょう」
追いつめられた玲玉妃は自暴自棄になって、どんな行動に出るかわからない。もしかしたら呪いで誰かを殺めてしまうかもしれない。
そうなったとき、私にだったらそれを止めることができるだろう。
私は人を魅了して、その心を奪うことができるのだから。
秋菊は春蘭のたった一人の大事な家族だ。もう春蘭に、家族を失う悲しみを味わってほしくない。
「秋菊さん、私もそこに同行させてもらえませんか。もしもの時に、お力になれると思うんで」
「えっ」
おどろいたように秋菊は声をあげる。
「でも、あなたも危険な目にあうかもしれないのよ。それに、急に新たな人物を同行させることなどできないのよ……」
すると黙って話を聞いていた小芳が、お面を脱いで、私に向かって言った。
「あなた、特別な力があるんですよね」
「うん。人を魅了する能力があるんだ。玲玉妃様が暴走しそうなときに私が魅了すれば、暴走を止めることができると思う」
「だったら、私のかわりにあなたが同行してください」
そう言って小芳は、お面を手渡してきた。
「え、いいんすか」
思わずそうたずねると、小芳は悔しそうな顔をしながら言った。
「私よりもあなたのほうが、人を守る力があるでしょう。私が同行しても、儀式の雑用係にしかなれませんから。明安様のことを、特によろしく頼みますよ」
その声を聞いて、私は小芳がどんなに秋菊を大事にしているかがわかった。明安として生きている秋菊を、小芳は一番近くで見守ってきたのだ。
「ありがとう、小芳さん。じゃあ、私が同行させてもらうね」
私はお面を受け取り、それを頭にかぶった。
「これで、同行できます?」
たずねると、秋菊は言った。
「まあ、胸の大きさと背の高さに多少違和感があるけど……。きっと誰も気にないでしょう。そのお面さえかぶっていれば、小芳だと思われるわ」
「そすか」
「思月さん、よろしくお願いします!」
小芳に深々と頭を下げられ、私は深くうなずいた。
「大丈夫、私の魅了の力があれば、人が死ぬことはないっすよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます