第十四章 不思議な灯篭 5
「あなたは……!」
書庫の奥から出迎えてくれた小芳が、私の姿を見て言葉を失った。そして警戒する様子でたずねる。
「今日は一体、なんのご用ですか?」
「占い師さんにお伝えしたいことがあって来たんだ。きっとお役に立てる情報だと思うんだけど」
「……少々お待ちください」
小芳は奥へと下がっていく。そして再び姿を見せた。
「どうぞ、こちらへ。話を聞きたいそうです」
「そりゃあよかった」
私は小芳に連れられ、書庫の奥へと向かった。
前に来た時と同じように猿の面をして、秋菊は薄暗い書庫の奥にある書斎の椅子に腰かけていた。
「も、もし変な真似をすれば、あなたに呪いをかけまくって苦しめますからね!」
おびえながらそう言う小芳を、秋菊がなだめる。
「大丈夫よ、小芳。たしかにこの人は妖術を使えるけれど、悪い人じゃないの。前にも言ったでしょう?」
「でも、獣の妖怪のことなんか、私は信じられませんよ! 明安様が騙されているんじゃないかと心配です!」
「うふふふ。心配してくれてありがとう。まあひとまず、話を聞くだけ聞きましょうよ」
「まあ、はい」
不満げにしつつも、小芳は一旦落ち着いた。
「思月、どうぞそこの椅子に座って。ぜひ話を聞かせて」
秋菊にうながされ、私は椅子に座った。そして不思議な灯篭について、自分が知る限りのことを話した。
「なるほどねえ。玲玉妃様は、紅凰妃様と白花妃様にその灯篭を見せているのね。確かに紅凰妃様は、急に体調を崩されたのよ。その頃のことはよく覚えているわ。後宮中の噂になっていたから。元々優しいお方だったのに、体調を崩されてからは急に人が変わったようになったって」
「そうなんすよ。私もそばで見ていたから、覚えてて。なぜ急に体調を崩したのか、原因もわからないとお付きの女官たちが話していたんです」
「確かになにかあるような気がするわね」
すると隣で話を聞いていた小芳が言った。
「私、その灯篭に心当たりがあるかもしれません。昔、呪物に関する書物で見たものに似ている気がします」
「え、その灯篭のこと、知ってるのか?」
たずねると、秋菊が言った。
「実は小芳は、巫力はそれほどではないけれど、呪術に関する知識が豊富なの。だから私の助手として、この極秘任務に就いているのよ」
「へえ。でもどうして呪術の知識がそんなにあるんすか?」
単純に疑問に思ってたずねると、小芳は自慢げに答える。
「私、子供の頃から呪術が大好きだったんです! 官吏をしている父に、様々な呪術に関する書物をおねだりして入手してもらっては読んでいて。この後宮へ来たのも、呪術の書物をたくさん読むのが目的でした」
「へえ、そいつは変わってますね。なんで呪術が好きなんですか?」
「そりゃあ、力が手に入るからですよ。気に食わない奴を呪い殺す力がね!」
小芳はククク、と肩を震わせて笑う。笑顔の女児のお面をかぶったまま物騒なことを言うから、その姿は余計に不気味に見える。
「それで小芳、あなたが見た書物にあった呪いの灯篭って、どんなものだったの?」
秋菊にたずねられ、小芳は語り始めた。
「私が見たのは確か……『
「ええ? でもそれだったら、命灯を持っている人は、人を殺し放題じゃないか」
驚いてそう言うと、小芳は首を横に振る。
「命灯はそこまで便利なものではありません。命の灯りを消すにはそれ相応の対価が必要なのです。命灯の火を消す時には、火を消した人の命の炎も消えてしまいます」
「え、じゃあ誰かを殺そうとすると自分も死ぬってこと?」
「そうです。だからまあ、殺したい人の命灯を持っておくことで、いつでもヤれる状態にはなりますけど、安易に炎を消すこともできないんですよ」
「ふうん。便利なようでいて、使い勝手が悪いな」
「まあそうですねえ。でも人の命を奪えるんだから画期的ですよ」
そんな私と小芳の会話を聞いて、秋菊は眉をひそめた。
「人を呪い殺す道具の話なのよ? 便利だの画期的だの、楽しげに話すのはおやめなさいよ」
「わ、私は決して、楽しそうになどしておりません!」
小芳は必死に弁明している。でも正直、私より小芳のほうがずっと楽しそうに話していた気がする。
秋菊さんは、ハア、とため息をついてから言った。
「まあとにかく、もしも玲玉妃様の灯篭がその命灯ってものだったら大変なことだわね。今すぐ皇后様に、玲玉妃様から不思議な灯篭を見せられたことはないか、確認に行ってみましょう。小芳も準備なさい」
「はいっ」
小芳は慌てて書斎に散らばった書物をまとめ始める。
「えっと、じゃあ私はもう、戻っていいんすかね」
おろおろしながらそうたずねると、秋菊さんはうなずいた。
「ええ。ここから先は私たちに任せてちょうだい。それよりあなた……。力の使い過ぎには気をつけなさいね」
「え……はい」
「早く部屋に戻って休みなさい」
「そうします」
私の体調のことまで秋菊さんにはお見通しなのか、と驚いた。
部屋に戻り、布団の中で丸くなっていると、休憩時間になったようで同室の三人が戻ってきた。
「思月、調子はどう? お粥持ってきたよ」
「ありがとう。調子は悪くないよ」
もぞもぞと布団から這い出て、春蘭が運んできてくれた粥を食べ始める。
あーおいしー。体があったまる。
「どうだ、思月。もう明日から仕事はできそうか?」
そう宇晴にたずねられ、少し考えこんだ。
体調的には明日からでも仕事はできそうだが、私は明日も秋菊のところへ一人で行きたい。そして皇后に不思議な灯篭について聞いた結果どうだったか、早く知りたい。
「ちょっと明日はまだ無理かもだ。体がだるい。明日も休む」
すると宇晴はあからさまに怪しんできた。
「お前、もしかして仕事をさぼりたくてそんなことを言っているんじゃないだろうなあ」
「宇晴、そんなことは言うもんじゃないわよ!」
すぐに琳琳が宇晴をたしなめた。
「体調がどうかなんて、その人にしかわからないものなの! 思月はのんきそうに見えて、実は強がっているようなところがあるんだから! 本人が休みたいっていうなら休ませてあげるべきよ!」
「えええ……。琳琳は思月に甘すぎるだろ。誰だって、多少は体調が悪くても毎日仕事をしているんだから」
うんざりしたような顔で宇晴がそう言ったが、琳琳の意志は揺るがない。
「今は尚食局も忙しい時期じゃないんだし、人手も足りているじゃないの。思月の病がちゃんと治ってからお仕事すればいいでしょ!」
「どうしてお前は小さな子供を庇うみたいに思月を庇うんだよ! どっちかっていうと容姿だけ見ればお前のほうが子供っぽいだろ!」
余計なことを口走った宇晴に対して、琳琳は顔を真っ赤にして言い返す。
「子供っぽいってどういうことなのよ! たしかに私より思月のほうが背も高いし胸もおっきいけど、私は思月の先輩なんだから、庇って当然でしょ! 私の方が子供っぽいわけがないでしょーが! それより、そんな無神経なことを言える宇晴のほうが、私からしてみたらずっとお子ちゃまなのよ!」
それからしばらく、二人の言い合いは続いた。
「喧嘩になっちゃったね……。思月、とりあえず冷める前にお粥食べちゃったら?」
そう春蘭に耳打ちされ、私はうなずいて、肩身の狭い思いがしながらもちまちまとお粥を口に運んだ。
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