第十二章 占い師の女官 4

 翌日、私と春蘭は再び、占い師のいる書庫へ向かった。

 昨日と同じように、女児のお面を被った女官が出迎えてくれた。


「あら、昨日付き添いでいらっしゃった方ですよね」


「はい。実は私も、占いをお願いしたくて」


 春蘭がそう告げると、女児のお面の女官は「そうでしたか、ではこちらへ」と穏やかな声で答え、奥の書斎まで案内してくれた。


 書斎には昨日と同じ様子で、猿のお面の女官が座っている。

 春蘭は昨日の宇晴と同じように、占い師と相向かいの席に座る。そして占い料代わりに持ってきた手作りの菓子を、机の端に置いた。


「あの、ですね……。ちょっと私の相談事というのが、申し上げにくいことなのです」


 春蘭はそう言って、ちらりと助手の女官に目をやった。


「なのでできれば、占い師のお方と、二人きりでお話がしたいのですが……」


 遠慮がちに春蘭がそうたずねると、助手は態度を急変させ、厳しい口調で言った。


「いかなる理由があっても、明安様と二人きりになることは許されません! 占いの内容については秘密を厳守いたしますので、ご心配なく。それでも気になられるようでしたら、占いはせずにお帰りください!」


「いえ、あの……でも」


「ご納得いただけないのなら、お引き取りください!」


 助手は春蘭に近寄り、席から立つようにうながす。

 春蘭は困った顔になり、たじろいでいる。


 これはもう、どうにもならないか……。仕方がない。

 魅了を使おう。


「あの、すみません!」


 私は女児のお面を被った助手の肩をつかみ、こちらに振り向かせた。


「な、なにをするんです!」


 助手がこちらに振り向く。きっとお面の下では私を睨んでいることだろう。殺気立っているのがわかる。


 私は彼女を見つめたまま、体中の気を集めた。体の中が熱くなり、気の塊のようなものがグググ、と上がって来るのを感じる。


 あとはこれを、この助手めがけてぶつけるだけだ。そうすれば彼女は私に魅了され、私の言うことを聞くようになる……。


 しかしそこで猿が声を上げた。


「おやめなさいっ!」


「へっ!?」


 びっくりして私と春蘭は猿を見た。猿が声を発するとは思わなかったからだ。

 猿は続けて話す。


「わかりました。特別に許可します。小芳しょうほう、あなたは書庫の外で待っていなさい」


「でも」


「私なら大丈夫ですから。私も、彼女たちのことが気になっています」


「……かしこまりました」


 猿の言葉を聞き、助手は納得がいったのか、言うことを聞いてすぐに書庫から出ていった。



 私と春蘭と占い師の三人だけになり、書庫の中は静まり返った。

 猿は、ただ黙って私たちを見つめている。

 春蘭は椅子に掛け直し、再び猿と向き合った。


「姉さん、だよね。声聞いて、わかった」


 静かな書庫の中に、春蘭の声が響き渡る。


「違うわ」


 猿はそう答えたが、その声は震えていた。

 猿の声を無視するように、春蘭は話をつづけた。


「姉さん。あのね。母さんが、亡くなったよ。二年前に」


「え…………」


 猿は両手で、お面を抑えた。そして動揺した様子で口走った。


「そんな、だって、治療のためのお金も生活費も、十分に工面できたはずでしょう」


「確かに姉さんのおかげで、母さんはちゃんと薬を買えるようになった。栄養のあるものを食べて、治療に専念することができたよ。でも、それでも、病に負けて亡くなった」


「嘘よ……」


 猿のお面から涙がポタリと落ちて、手元に置いてある紙が濡れる。


「母さんが亡くなったとき、後宮にいる姉さんに便りを送ったの。でも姉さんは行方不明だという知らせと共に、便りが戻ってきてしまった。私は姉さんがどうなったのか、その手がかりを知りたくて、ここに来たの」


「どうして来たの。あんたがこんなところへ来なくてもいいように、私は後宮へ来たのに」


「私には、母さんと姉さんしか、大事な人はいなかったの。行方不明の姉さんを探しにここへ来ること以外、やりたいことなんて、なにもなかったの」


「バカね、本当にバカ」


 猿はそう言って、ボタボタ涙をこぼした。そして邪魔になったのか、猿のお面も外してしまった。


 お面を外した彼女の顔は、春蘭によく似た美しい顔だった。でも後宮へ来てから相当な苦労があったのか、目の下には隈ができ、唇も紫に近い色で血色が悪い。


「姉さん、やっぱり。占いをやりすぎているんでしょう? その顔色の悪さ……病気になってからの母さんとそっくりだよ」


 怒りのこもった声で春蘭がそう言うと、彼女は苦笑いした。


「仕方がないのよ。これも国の安泰のためなんだから。私はここへ来たときから、もう自分の人生は捨てたも同然だと考えていたの。だからせめて、意義のあることに自分の力を使って人生を全うしたいのよ。そのためなら、自分が病気になろうがどうだっていいの」


「そんなこと、私が許さない。もう占いをするのはやめてよ」


「そういうわけにいかないことくらい、後宮へ来たのなら、あんたにもわかっているでしょう。子供みたいなことを言うのはやめなさい」


 そう言って秋菊は、春蘭をなだめようとするが、春蘭は首を横に振る。

 すると話題をそらすかのように、秋菊は私に向かって言った。


「それより、あなたは何者なの? さっき小芳に対して妖術を使おうとしていたでしょう。もしかして私の妹を騙しているんじゃあないでしょうね?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る