第十二章 占い師の女官 5
秋菊に睨みつけられて、私は慌てて弁解する。
「いやあ、私は確かに化け猫ですけど、春蘭を騙してはないですよ! 春蘭を守るために、一緒に行動してるんです!」
すると今度は、春蘭にまで睨まれてしまった。
「ちょっと思月! だめでしょ! 化け猫とか言ったら!」
「え! 言っちゃだめだった!? ごめん、春蘭のお姉さんだから、言ってもいいのかと思っちゃって」
「そんなことして、思月が捕まっちゃうかもしれないよ!」
「そんなあ!」
すると私たちの様子を見ていた秋菊が、ふいに笑い出した。
「ふふふ。あなたたち、仲が良さそうね」
「へ、へい、まあ」
照れながらそう答えると、春蘭が真剣な表情で秋菊に言った。
「そうだよ。思月は私にとって、すごく大事な人なの。母さんと姉さんと同じくらい、大事な人なの。自分の命と同じくらい、大事な人なの」
「はいはい、わかったわ」
春蘭の様子を見て察したように秋菊はそう言うと、今度は私をじっと見つめた。
そしてなにかを確かめるようにうなずきながら言った。
「うん、確かに、あなたは化け猫ね。でも魂の形がほとんど人間と近くなってる。春蘭のことを好いてくれているみたいね。ありがとう」
「え、そんなの見えるんすか?」
「見えるわ。ちゃんと意識を集中すれば」
「そうなんすね……」
見える人からしたら私が化け猫なのとかモロバレなんかい。超怖いやんけ。
と思いつつも平静を装っていると、春蘭が今度は秋菊に怒り始めた。
「それより姉さん! どうして母さんの死を伝えた時に、連絡がつかずに行方不明っていうことになっていたの? そもそも今だって、明安っていう偽名を使って仕事をしているみたいだし」
「それには簡単には明かせない事情があるのよ……」
伏し目がちにそう言った秋菊に、春蘭はたたみかけるように言った。
「私は姉さんがどうなったのか、その真実を知るために後宮へ来たのよ。ちゃんと本当のことがわかるまで、何度でも姉さんの元をたずねるわ」
その声音からは、春蘭の意志の強さが感じられた。
もう言い訳はできないと思ったのか、秋菊はあきらめたように笑った。
「そうね、こうして会えたことだし、あんたには話しておくわ。絶対に誰にも秘密にしておかなきゃだめよ? もしうかつに人にばらせば、あんたがどうなるか、わかったもんじゃない」
「絶対に誰にも言わないって約束する」
「いいでしょう」
深くうなずき、秋菊さんは自分の任務について語り出した。
「実はね、後宮のどこかに、皇后様と太子様に呪術をかけている者がいるようなのよ。そのせいでお二人はずっと体調を崩されていて、帝はその犯人捜しのために様々な手を尽くしているの。私がここで占いをしているのも、その犯人捜しのためなの。ここに来た女官の気を見たり、色々な情報を得るためにしているのよ。極秘任務だから名前も変えたし、元の秋菊は行方不明扱いになっているわ」
「そうだったのね……。姉さんがいなくなった日、姉さんは帝に声をかけられて姿を消したのだという噂を聞いたのだけれど」
「あら、そんなことを覚えてくれている女官がまだいたのね。そうよ、私は宴席で直接帝から声をかけられたの。帝は常に側近の巫術師に特殊な能力の持ち主を探させていて、その側近の方が私の力を見抜いたの。その日から、私はこの極秘任務に関わるようになったのよ」
「姉さんに、占いの力がなかったらよかったのに」
残念そうにそう言う春蘭に、秋菊は首を振った。
「あら、この力があって良かったわよ。私だって、皇后様と太子様を苦しめる呪術師を捕まえて、光瞬国の平和を守りたいもの」
「ああ、確かに姉さん、正義感が人一倍強いたちだものね」
「そうよ。よくそのことを忘れないでいてくれたわね」
そう言って、秋菊は春蘭の頭を撫でた。
すると春蘭の目からぽろぽろと涙がこぼれ落ち、春蘭はそのまま秋菊に抱きついた。
「姉さん。無事に生きてて、よかったよ」
「当たり前じゃないのー。私がそう簡単にくたばってやるもんですか」
秋菊は嬉しそうに笑いながら、泣きじゃくる春蘭の背中をさすり続けていた。
そうこうしているうちに日が暮れてきて、また仕事に戻らなければならない時間になった。厨房に戻って、夕餉を白花妃の宮に届けなければならない。
秋菊に別れを告げ、私たちは書庫を後にした。
私が化け猫であることは、どうやら秘密にしておいてくれるらしい。
「ねえ、思月」
厨房への帰り道、橙色の夕日に照らされながら、春蘭が私のほうへ振り向く。
「なにぃ?」
たずねると、春蘭は申し訳なさそうな顔で言った。
「あのね、姉さんが探している呪術師を、私も探したいの。あんなに毎日占いを繰り返していたら、姉さんが本当に病気になってしまいそうで心配だから。それでね、思月にも犯人捜しを、手伝ってもらいたいの」
「いいよー。っていうか、そんなに申し訳なさそうに言わなくても、普通に探すけど」
思わず笑ってそう答えたけれど、春蘭は笑顔にはならなかった。
「思月を危険なことに巻き込んじゃうかもしれないし、本当は私も、そんなの嫌だから」
「私はかまわないよ。春蘭があの雪の日に助けてくれなかったら、私はとっくに死んじゃってたんだからね。私の命は、春蘭のために使えばいいって思ってる」
「私は、そんなの嫌だよ」
不安げな春蘭を見て、私は思わず彼女の手を握った。
「あ、やっぱり。また冷たくなってる」
「え?」
つないだ手を不思議そうに見る春蘭に、私は言った。
「春蘭は悲しい時とか不安になっている時には、手が氷みたいに冷たくなっちゃうんだ。いっつもそうだよ」
「そうだったんだ。私、あんまり気づいてなかったかも」
「春蘭が気づかなくても、私が気づいてあげるから大丈夫」
私は氷みたいに冷え切った春蘭の手を、両手で包んで温めた。
「春蘭の願いが私の願いで、春蘭の幸せが私の幸せだ」
握った手を見つめながらそう言うと、春蘭が不思議そうにたずねた。
「ねえ、一体いつから、そうなったんだっけ?」
「さあねえ。段々、じゃない?」
「そうかもね」
春蘭の冷え切った指先が、少しずつ温もりを帯びていく。
「仕事遅れちゃうから、急ごう」
「うん」
私たちは手をつないだまま、厨房へと走り出した。
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