第十一章 白花妃様
第十一章 白花妃様 1
白花妃の宮から料理を持ち帰ると、厨房はちょっとした騒ぎになった。
「また白花妃様のところにお渡りがあったの? 他のお妃様のところには、年に一度あるかないかなのに」
「陛下ったら白花妃様に夢中よねえ。もうどのくらい前からかしら? 二年前? それとも三年前くらいからだっけ?」
「確か三年前くらいに、白花妃様は後宮入りされたのよね。そのすぐ後に、皇后様がご懐妊なさって」
「でもご出産された頃から、皇后様は体調を崩されてしまったのよね。その上陛下が白花妃様にご執心なんだもの……。おいたわしいわ」
「ねえ、この八人前の料理はみんなで分けちゃいましょうよ」
「あーっ、あたし、煮豚がほしーい!」
そんな声が飛び交う中、私は春蘭を連れて庭へと抜け出した。
「はあ、あんな騒ぎになっちゃあ、落ち着かないよ」
「そうね……」
春蘭は元気のない声でそう答える。
「ねえ、春蘭。白花妃様は春蘭のお姉さんに似ていたの?」
「うん、そんな気がした」
「似ているっていうか……お姉さん本人っていう可能性はないの?」
「それが、わからないの」
困惑した顔で春蘭は言った。
「私が姉さんの顔を最後に見たのは、もう五年以上も前のことだし。それに白花妃様はお化粧が濃いし、さっきは遠目からしか見られなかったから……。絶対に姉さんだとまでは言えない。でも、なんか似てるなって思っちゃって」
「そっか」
あの場に帝がいなければ、私たちも白花妃にもっと近づいてご挨拶することができた。でもさっきは、そういう状況ではなかった。
「また料理の配膳に行くときに、白花妃様に会えるかもよ」
「うん……。でもなぜか料理を運びに行くとき、いつもいないよね、白花妃様は」
「まあ、そうだけど」
春蘭は顔を曇らせる。
「白花妃様はほとんど姿を現さないし、桃美さんもあまり白花妃様についてはお話しないよね。それに白花妃様って、外へ出るときには必ず濃いお化粧をしているの。なんだか素性を隠しているようにも思えてきた」
「確かにねえ」
「姉さんは陛下に気に入られて、妃になったのかな。身分の低い生まれ育ちであることがバレないように、白太監様の親戚と言うことにして」
「まあ、その可能性はありそうだよね」
「でも……」
春蘭は首をひねる。
「あの……。白花妃様の、陛下に笑顔でお話なさるご様子が……。まるで姉さんとは違って見えたの」
「そうだったんだ」
「うん。姉さんはあんな風に華やかな人ではないし、大きい口を開けて笑ったりもしない、ような気がする。でも五年も会ってなかったし、妃として暮らすうちに性格まで変わっちゃったのかな」
自信なさげに春蘭は言った。
「まあ、もっとよく調べてみるしかないさ」
「うん」
びゅう、と北風が吹いて、私はくしゃみをした。
「くしゅん!」
「大変、思月が風邪をひいちゃう」
春蘭は慌てて、私の背中を包み込むように、後ろから抱きしめてきた。
「わ、えっ」
驚きと恥ずかしさで、思わず小さく叫んでしまう。
「早く厨房に戻ろう。それで後片付けを終えて、部屋の布団であたたまろうよ」
「う、うん。でも大丈夫だよ、ちょっと冷えたくらいで、すぐに風邪ひいたりなんかしないから」
「するよ!」
めずらしく、春蘭が怒っている。
「わかった、わかったよ。部屋に戻るから、もうそんな、くっつかなくても平気だから」
「なに言ってるの。くっついたほうがあったかいでしょ?」
「でも、恥ずかしいっていうか……。もし、誰かに見られでもしたら」
そう言うと、春蘭はふふ、と笑った。
「私はどう思われてもかまわないよ。二輪草愛好家の噂のネタになっても気にしない。そんなことより、思月が大事だから」
「どうも、ありがとう」
春蘭が私を大事にしてくれているのは普段からわかっているが、こうして言葉にされるとより、胸に響いた。
春蘭、私なんかを大事に思ってくれて、ありがとう。
「確かに今日はあんなことがあったし、早く仕事を終わらせて部屋で休むのがいいな」
「そうだよ。っていうか私もさむいよー。走って戻ろ!」
私は春蘭と身を寄せ合い、ケラケラ笑いながら厨房へと戻った。
仕事を終えて部屋に戻り、さっそく今日あったことを琳琳と宇晴に話す。
「ええ? 白花妃様と春蘭のお姉さんが似ていたの?」
「しーっ。一応、その話はここだけの内緒にしておいて」
慌てて春蘭は琳琳の口元に指をあてる。
「あっ……。そうだよね、ごめん」
赤面しながら琳琳が謝ると、横から宇晴が声を潜めて言った。
「おまえ、このことを二輪草仲間にペラペラ話したりするなよ? もしも本当に白花妃様が春蘭のお姉さんなんだとしたら、大変なことだ。ただでさえ陛下の寵愛を受けている白花妃様を、後宮内の妃たちはどうにか引きずりおろしたくて仕方がないんだから」
「わ、私だってそんなことくらいわかってるわよ!」
琳琳はそう言うと、フン! と鼻を鳴らした。
「なあ、そういえば二人は中元節の夜祭で、白花妃様を見たんだよな? 春蘭に似ている感じがした?」
ふと思いついてたずねると、琳琳と宇晴はうーんと腕を組みながら考えこみ始めた。
「どうだったかなあ、配膳に追われていたから。まあ痩せ気味で整った顔立ちだから、似ていると言えば似ているよ」
宇晴はそう言ったが、琳琳は違った。
「えー。私は似てないと思うなあ。なんていうか、雰囲気が違うのよ。春蘭のお姉さんだっていう風には思えないわね。性格が全然違う気がするし」
「そっかあ」
やっぱり少し宴席で見かけたくらいでは、よくわからないよな。
「でもさあ、もし白花妃様が春蘭のお姉さんなんだったら、もし春蘭を見かけたらびっくりするんじゃない?」
琳琳がそう言うと、春蘭はうなずいた。
「確かにそうね、私がここにいるとは思わないだろうから」
「だから、こちらからは見抜けなくても、近くでお会いして反応を見れば、もしかしてわかるかもしれないわね」
「うん」
「これからも毎日配膳に行くから、いつかは話せる機会もあるだろ」
そう言うと、春蘭は笑顔になった。
「そうだね。いつか白花妃様とお話できる日がくるのが楽しみ」
その春蘭の願いは、意外に近いうちに叶うこととなった。
数日後、厨房に夕餉の主菜に使う食材が届かないという事件が起きたのだ。
「なんでもこの悪天候のせいで足止めを食らって、魚が来るのが遅れるらしいよ」
「夕餉の主菜を別のものに変えるべきじゃないかしら」
「朱茘様が、もう少し様子を見てから判断するそうよ」
その後雨は止み、無事に食材は到着した。
でも予定していた時間よりずいぶん遅くなってしまったため、煮物の予定が焼き魚に変更になり、厨房はバタバタと夕餉の準備に追われた。
「白花妃様のところの分ができたよ! すぐに持って行っておくれ!」
「はいっ」
私たちは慌てて料理を受け取り、台車を押して白花妃の宮へと急ぐ。
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