第十章 配膳係の仕事 2

「今まで白花妃の元へ料理の配膳をしていた女官たちが、どうしても他の係りに移りたいと嘆願してきたのです。今や白花妃の悪評は尾ひれ背びれがついて後宮内に飛び交っていますからね。他のものにもあたってみましたが、誰も白花妃の宮への配膳を引き受ける女官はいません」


「そうだったのですね」


 春蘭は難しい顔をして考え込み始めた。


 ずっと配膳係を希望してきたものの、厄介ごとに巻き込まれる危険性を考えると二つ返事で引き受けることもできないのだろう。


 わからないことがあって迷っているなら、きけばいいじゃにゃいか。

 元が猫ゆえに単純思考なのか、私にはそうとしか思えなかったから、上級女官様にたずねてみた。


「で、実際のところ、白花妃様ってお方はやっかいな性格なんですか? 例えば私がなにか粗相をしたら殺されます?」


 すると上級女官様はあきれた顔で答えた。


「あんまり物騒な物言いをするものではありませんよ、まったく……。私の知る限り、白花妃様は短気な方ではありませんから、そんなことはおきないでしょうね。ただ、おまえほどの無礼者だとどうかはわからないけれど」


 そう言って、ぎろりとまた、私を睨みつける。


「え、私全然無礼じゃないっす」


「まずその言葉遣いをどうにかなさい。おまえが殺されなくても私がお叱りを受けるわ」


 食い気味に、上級女官様はそうおっしゃった。

 そのやりとりを見て気持ちがほぐれたのか、春蘭は上級女官様に言った。


「あの、白花妃様のお食事の配膳、お引き受けしたいと思います」


「あらそう?」


 春蘭の言葉をきいて、上級女官様の顔がぱっと明るくなる。


「はい、こういうきっかけでなければ、なかなか配膳係になれないと思いましたので」


「そうねえ。まあ、確かにそうよね。本来なら尚食局でも勤務年数の長い女官が担当する仕事だものね。でも春蘭なら真面目で気も効くし、落ち着いているから大丈夫よ。ちょっと思月のほうが心配だけれどね……。実は白花妃様はお心の広いお方なのよ。きっと思月でも問題ないでしょう」


「そうなんだ」


 ほっとした私に、上級女官様は言った。


「でもだからって気を抜くんじゃないわよ。くれぐれも白花妃様に失礼のないように、日々きちんとお勤めをするよう心掛けなさい」


「はーい」


 私はにこにこ笑顔で間の抜けた返事をした。

 


 それから数日後、私たちは白花妃の住まう宮へ、初めて朝餉の配膳に伺うことになった。


「緊張しちゃうね」


 春蘭はめずらしく顔をこわばらせ、手を小刻みに震わせている。 

 私は思わずその手をとり、ぎゅっと握りしめた。


「大丈夫だ。特に春蘭はな。料理を運ぶだけだし、配膳の仕方はちゃんと教わった。私は失敗するだろうけど、春蘭は大丈夫だよ」


「思月も失敗しちゃ、だめだよ」


 春蘭は手を震わせたまま、苦笑いする。


「こんなに、怖がってたんだね」


「だって、白花妃様の評判は悪いもの。もし粗相があったら、どうなるかわからない」


「あの上官様の話しぶりだと、そこまで悪い人じゃなさそうだったけどね」


「思月は楽天的だから」


 ふぅ、と春蘭はため息を漏らす。


「だけど、楽天的な私といられてよかったろ?」


 そう言うと、春蘭はクスクスと笑った。


「私といられてよかったろ? って、なにそれ。自信家にも程があるじゃん」


「だってほんとのことだもん」


「まあ……」


 今までのことを振り返るように春蘭は空を見上げる。


「そうだね……」


 とその時、厨房の女官から声をかけられた。


「白花妃様のところの朝餉、準備できたよ! 冷めないうちに運んでおくれ!」


「は、はいっ」


「はーい」


 私たちは慌てて木製の配膳台車に朝餉を載せ、さっそく白花妃の宮へと向かった。

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