第七章 灯篭の夜祭り
第七章 灯篭の夜祭り 1
七夕節が終わるとすぐに、今度は中元節の準備が始まった。天香城ではこの中元節の時期になると宮廷中に灯篭を設置し、数日にわたって夜祭が開かれ、様々な儀式が行われる。だから後宮中の女官たちは、夏になると普段の倍も忙しくなる。
その影響はもちろん尚食局にも出ていた。
普段は女官たちを取り仕切り、日々の品書きも考えている朱茘が、中元節に行われる後宮内での宴の準備にかかりきりになってしまっているのだ。代わりに他の上級女官たちが普段朱茘がやっている業務をしているが、食材の調達も調理もうまく回らず、みな四苦八苦している。
「ねえ、朱茘様はなんでそんなに忙しいわけ?」
皿を洗いながら、隣の宇晴にたずねる。私は相変わらずの万年皿洗い。宇晴はたまたま当番で皿洗いをしている。
「そりゃ、中元節の品書きを考えなきゃならないからね」
宇晴の話によると、中元節には後宮でも大規模な宴が開かれるため、朱茘はその宴で振舞う料理を決めるのに苦労しているのだという。宴には帝の他、普段あまり姿を見せない皇后も出席するらしく、そこが一番やっかいな問題らしい。
「朱茘様が尚食局の主席女官になってから、皇后様に料理をお出しするのは初めてのことなんだよ」
「なんで初めてなの? 皇后様って他の妃みたいに尚食局のもの食べないの?」
「皇后様は他のお妃様たちと違って、後宮内じゃなくて皇帝陛下と同じ宮殿の中に住んでるんだよ。清花宮っていうとこなんだけどさ」
「へえ、初めて知った」
「おまえって何も知らないよな、ほんとに」
バカにしたように宇晴がそう言ったが、聞こえないふりをして受け流す。
私はいまだに、この天香城の後宮のことについて、知らないことだらけだ。一方後宮に来て五年になり、一応上級女官になることを目指しているらしい宇晴は、宮廷内の事情についてもそれなりに詳しい。宇晴から色々教わることができて、助かってもいた。
「で、その清花宮ってとこの料理は、誰が作ってくれるの?」
「陛下と同じように、宮廷料理人が作るんだよ。つまり皇后様は腕利きの料理人が作る豪華絢爛なお料理を毎日召し上がっているんだ。それに引けを取らないようなお品書きを考えなきゃならないのだから、大変なことだよ」
「ふうん。朱茘様の考える料理だって充分うまいけどな」
私は普段の料理を思い浮かべる。お妃様に出すような上等な料理をいただいているわけではないが、下っ端女官に出される飯だって、なかなか悪くない。一日の中で食事の時間を特に楽しみにしているくらいだ。
「まあ、そうは言ってもなあ。まず扱う食材からして違うんだろうし」
「皇后様だって、たまには庶民的な飯を食いたいかもしれないじゃないか」
「そんな適当なこと言って。庶民みたいな料理を出して皇后様のご機嫌を損ねれば、それだけで朱茘様は主席女官から外されちまうよ」
「そういうもんなのか。理不尽だな」
あんなに仕事のできる朱茘の評価がそんなことで決まってしまうなんて、恐ろしいことだ。もしも失敗したら、と想像すると、段々朱茘がかわいそうに思えてきた。魅了されているからではあるのだが、朱茘は私のこと、かわいがってくれるし。煮干しが欲しいってこの前言ったら、後でいっぱいくれたし。
「でもここ二・三年はご体調を崩されたとかで、皇后様はめっきり中元節の宴にも出席されなくなっていたんだけどなー。回復されたのかな」
「へー」
体調が悪いのなら、米だけの粥でも食べたほうがいいんじゃないだろうか。
そういえば前に死にそうだったとき、春蘭が私に米だけの薄い粥を作ってくれたっけ。
私にとって、あれは人生で一番特別な食事だった。まあ人生っていうか、猫生だけど。
「とにかく、うまくいくといいな」
他人事のようにそう言うと、宇晴がまた、あきれ顔で言う。
「うまくいくためには私たちだって頑張らなきゃならないんだぞ」
「え、なんで?」
たずねると、宇晴はため息をついた。
「その後宮内の中元節の宴の料理は、私たち尚食局の女官が作るんだ。朱茘様がお考えになった特別な料理を宴の日までに何度も試作して、当日には後宮内の妃全員分用意しなくちゃならない。その他に、女官用の料理の用意もあるからな」
「ええ?? 私らがやるのか?」
「まあ、宴用のものは尚食局内でも上級の女官が担当するけどな。その分そっちに人手がとられた状態で、私たち下級女官は中元節用の女官の食事を任されることになる」
「そうか、なんとなくわかった。その日は大変なことになる」
「そう、大変なことになるんだ。おまえはそれだけわかってればいいよ」
いつも通りバカにしたような口調で、宇晴はそう言った。
まったく、そうやってかわいくない態度をとるから、琳琳にかわいがってもらえないのに。
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