第二章 尚食局の役立たず 2
「あらどうしたの宇晴、怖い顔をして」
「春蘭、思月のやつ、またヘマをしたんだ。よりによって凝った彩色の茶碗を割って。この前割ったばかりだろう。このことが上官にバレれば、いよいよ尚食局にはいられなくなるぞ」
宇晴にそう言われ、春蘭の顔が青ざめる。
「ごめんね、宇晴。確かに茶碗を何度も割るのはよくないことだよね。でも私、思月には恩があるの。思月はここにいられなくなったら、他に行く場所がない。私からよく注意しておくから、お願い、今回だけは大目に見てもらえないかな?」
「まあ、春蘭がそう言うなら仕方がないが、でも……」
口ごもる宇晴を前に春蘭は地に伏し、頭を下げる。
「ごめんなさい。この通りよ、宇晴」
「そんな、私なんかに頭を下げるのはやめてくれよ、春蘭。もういい、もういい!」
そう言って、宇晴は慌ててその場から去っていった。
すると春蘭はゆっくりと顔を上げ、目を細め、「よかったね」というふうに私に微笑んだ。
地に伏して頭を下げていたせいで、額に土がついて汚れてしまっている。
「あ、春蘭、ちょっと目を閉じて」
「うん?」
首を傾げながら、春蘭が瞼を閉じた。私は手でそっと彼女の額を撫で、汚れを払う。
「あ、汚れちゃってた?」
「うん。ちょっとそのまま目をつぶってて」
すっすっ、と指先で、春蘭の額についた土を払いのけていく。私のせいで文字通り春蘭の面を汚してしまった。せめてできるだけ綺麗にしてあげなくちゃ。
「こ、これでもう大丈夫」
春蘭の額から手を離すと、彼女がぱちっと目を開く。
至近距離で目が合う。う、なんか気まずい。
思わず目をそらしてうつむいた私を見て、春蘭はふふふ、と笑いを漏らす。
「どうしたの? めずらしく申し訳なさそうにして。まあ、今度からは気をつけよっか」
「う、うん……。ごめんね、謝ってもらっちゃって。へへっ」
申し訳なさもあるけど、実は春蘭が私のことを庇ってくれたのが、嬉しくもあった。
でも喜ぶことじゃない気がする……。だからとりあえず、ごまかすように笑いながら謝った。
「いいのいいの。私はね、思月のためならいくらでも頭下げるよ」
爽やかにそう言ってのける春蘭を、そこはかとなく不安に思う。
春蘭の私を大事に思う気持ちには底がない。
それを感じるたび、わああ、と滑り落ちてしまいそうな感覚に襲われる。
どうしてこの子は、私なんかにそんな感情を向けちゃってるの?
自分にその価値があるだろうか?
そうは思えない。だから多分、春蘭は間違っている。
「さてと、仕事に戻ろうかぁ」
伸びをしながらそう言うと、春蘭はまた厨房の方へ、スタスタと戻っていく。
私は慌ててその後についていく。
もう春蘭に迷惑はかけたくない。だから茶碗は割らないように気をつける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます